第119話 愛って(5)

「絵梨沙さんは今、竜生ぼっちゃまのスクールまでお迎えに行っていますので。加瀬さんがいらしたら、少しお待ちいただくようにとおおせつかっています。」


いつものように


絵梨沙を迎えに北都邸を訪れた。


「あ、はい。 ちょっと早かったかな、」


「どうぞ、」


お手伝いさんが夏希を中にいれてくれた。




ようやく慣れてきたなあ


この大豪邸にも。


ソファに座りながらそんなことを考えていると。



「だからっ! 今日までに仕上げるって言ったでしょ! ほんっと時間守ってくださいっ!」


リビングのドアの向こうから騒がしい声が聞こえてくる。



「わかってるっつーの! もうちょっとなんだから!」


「暢気に風呂なんか入って!」


「だってこの仕事で3日も入ってなかったんだもん、」


「今、入ることないでしょ! もう行く時間なのにっ!」


リビングのドアがバーンと開いた。



へ・・・・。


顔を上げた夏希は目がテンになった。



目の前には


真尋の全裸の姿が。


「@*$%&?★△!!!!!」



完璧


文字化けしてしまった。



「いたの?」


真尋は慌てもせず、夏希に言い放った。


「加瀬!」


一緒にいた八神も驚いた。


「隠して!!」


彼の大事なところにバスタオルを押し当てた。


「いちおう、女なんですから…」



夏希は


もう


自分的キャパが満杯になるほど


驚いて


気が遠くなった。




真尋は腰にタオルを巻いて、ソファに腰掛けてタバコを吸い始めた。


「も~~~! 一服してる時間ないですから!」


八神は泣きそうだった。



「ど・・・」


夏希は頭がクラクラしながら八神に問いかけようとしたが。


言葉が続かない。


「どうしたんですかって?」



八神が先回りしてそう言うと、ひきつった顔でうなずいた。


「真尋さん、来年の2月にCD出すことになってて。 定番のほかにオリジナルも収録するんだけど、その曲が、も、ぜんっぜんできてなくってさ。 もうレコーディング始まってんのに、」


本当に


泣いてしまいそうだった。



「せかされると余計にできないの!」


真尋は子供のように八神に言い放ち。


目の前で足を組んだりするので、また見えそうになり


「だから、見えるって!」


八神は雑誌で彼の股間を隠した。



「はああああ、なんなんですか、この人・・」


夏希は目を逸らしつつ、大きなため息をついた。



「おれなんか、こんな人にもう2年もついてるんだぞ!」


八神に逆ギレをされて、


「こんな人ってなんだよっ、」


真尋は彼をにらみつけた。



「すんげえ寿命が縮まってると思う。 時間は守らないし、勝手な行動はするし、ライブでもパンフにない曲を始めたり、ヘンな格好で出ちゃったり。 いっつもおれが志藤さんや斯波さんに怒られるんですよっ、」


八神さんて


すごいなあ。


こんな人の面倒を2年間も見てるんだ…


夏希はそこに感動してしまった。



「早く服着てくださいよ…」


八神が言うが、


「めんどくさい。 八神、着せて。」


などと言い出し、


「なんでおれがあんたのパンツまで穿かさないとなんないんだっ!」


また絶叫した。



本当に


あのピアノを弾いている 北都マサヒロと同一人物なんだろうか。


『本能が服着て歩いてる』


って南さんは言っていたけど。


こんな不思議な人がこの世にいるなんて。


夏希の視線に気づいた真尋は、


「なに?」


と問いかけた。



「い、いえ・・。」



「ほらあ、こいつ。 男に免疫ゼロですから! こんなとこで裸になってないで・・」


八神がそう言うと、


「えっ! そうなの? いまどき?」


真尋はおもしろがって笑った。


「いけませんか…」


夏希は恨めしそうに彼を見た。


「あ~、そうなんだァ。 へ~~~。」


その無意味な相槌も腹立たしかった。




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