第115話 愛って(1)

絵梨沙との仕事が続く夏希は彼女の家を訪れることも多くなった。


竜生や真鈴たちとも、すっかり仲良くなって時間がある時は一緒に遊んだりしていた。

「ね~、早くヒコーキ飛ばそうよ~。」


竜生が夏希の手を引っ張る。


「ウン、ちょっと待ってて。」


「竜生、加瀬さんはお仕事があるんだから。 もう会社に戻らないと、」


絵梨沙がたしなめるが、


「30分だけ。 昼休み終わるまでには戻りますから。」


夏希はにっこり笑って庭で子供たちの相手をしてくれた。


と言うより


一緒になって遊んでいた。



昼ごはんも絵梨沙に作ってもらってごちそうになってしまった。


「あ~、おいしーですぅ~。 いっぱい食べてしまいました、」


「たくさん食べてくれて嬉しいわ、」


「真尋さんは、お仕事なんですか?」



だいたい


いつも彼は家にいないようだった。


「スタジオ。 だいたい日本にいるときは昼間はそこに。」


絵梨沙はにっこりと笑う。


「でも、ここの地下にも立派な練習場があるって聞きましたけど、」


「そうなんだけど。 でも、家じゃないところで一人になりたいみたいで。」


「そんなにピアノに集中したいんでしょうか・・」


「ピアノじゃないことに集中したいからよ、」


絵梨沙はまた笑った。



ああ


あんなことや


こんなこととか?



夏希は彼がスタジオでエロビデオを見たり、ピアノの蓋の上でケーキを食べたりしていたことを思い出した。


「明日、彼の渋谷のライブ。 加瀬さんも行かない?」


「え?」


「私も行きますから。 一緒にどうですか? お仕事がなければ。」


「はい、」


「彼のピアノは生で聴くのが一番だから。」


そう言う彼女の横顔は


本当に嬉しそうで。




「あのう。」


夏希は常日頃から思っていた疑問点を彼女にぶつけてみた。


「絵梨沙さんは、真尋さんのどういうところが好きなんですか・・」


「え?」


その質問に絵梨沙は驚いたように彼女を見た。




「や、なんか・・・。 なんでかなあって、」


素直すぎる質問に絵梨沙は笑いながら、






「最初はね。 彼のこと大っきらいだった。」


あっけらかんとそう言った。






「は?」









「私。 ピアノしかしてこなかったから。 ピアノ以外に楽しいこともなかったし。 ウイーンに住んでいたんだけど、両親が離婚して。 10歳の頃に日本に戻ってきたの。日本語もおぼつかなくて、友達もできなくて。 一人っ子で、母はずっと仕事だったし。 もうピアノやるしかなくって。 ジュニア時代からいくつもコンクールで優勝するくらいになって。 そして、ウイーンに留学した先で、あの人と出会ったの。」





絵梨沙は食後のデザートの手作りのプリンを出してくれた。








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