第104話 お仕事(3)

「え…」


理沙は少し驚いたように高宮を見た。


「総務はこっちの3倍も人がいるんだよ? しかも、みんな定時で帰ってて、残業してる姿も見たことないし。 もっと仕事を振り分けるべきですって。」

理沙はものすごくテンポよく話をする彼の前で固まってしまった。


「あと。 きみが総務や経理で使った湯のみ茶碗まで洗う必要はないと思うけど、」


「は?」

そんなことまで見ていたのか、と驚く。


「あ、っとそれは私が一番下なんで。」


「もっと暇な人、たくさんいるでしょ? せめて、ここの混乱が収まるまで、誰かにしてもらったほうがいい。女子社員のことはぼくから言うと角が立つといけないので、それも総務部長にさりげなく言っておきました。」


「高宮さん・・」


「きみは今、茶碗を洗っている場合じゃないんですから、」

高宮はにっこりと彼女に笑いかけた。


ここにやってきてから、他の人と雑談する姿など見たことがなく。

とにかくものすごい勢いで仕事をして。


とても怖い顔をして。

笑った顔など

見たことなかったのに。


たまに

さっきのように

メールを見て微笑んだりしている。



「もう遅いから帰ったら?」

高宮は理沙に声をかける。


「あ、はい・・」

いつも9時を過ぎるとそう声をかけてくれる。


それでも

彼がまだまだここに残って山積みの仕事を片付けていることがわかっていて、帰るのも気が引けた。


戸惑っている彼女に気づき、


「おれも、今日は終わりにしようかな、」

パタンとファイルを閉じた。


「なんか食べていく?」

一緒に社を出た彼女に声をかけた。


「え・・」


「なんか腹減ったかなって。 でも、この辺の店、よくわかんないし。」


「なにが、お好きですか?」


「まだ大阪っぽいもの食べてないんだよね・・」


「じゃあ、いいお店があります。」

理沙は笑顔を見せた。



「これが串揚げかあ・・・」

高宮は少し感動してしまった。


「ここはわりとしゃれた串揚げ屋さんですね。 若い人も気軽に入れて。」


「しかも、安いよね。 東京じゃ考えられない。」

メニューを見て驚く。


次々と運ばれてくる串揚げに、

「それで、うまいし・・」

そう言われて理沙は嬉しそうに微笑んだ。


彼女にも

食べさせてやりたいな。


高宮は夏希のことを思った。


「大阪の人ってけっこう保守的なんだね、」


「え? そうですか?」


「イメージだと、もっともっと革新的な感じなのかと思ってた。」


「東京のほうが若い社員の方が多いと聞いています。 そのせいかもしれません、」


「いろんなことを急に変えようとしても。 おまえなんか東京からぽっと来たくせにって反感買うだろうし。 だけど、このまんまじゃいけないって思いもある。 半年間でどうなるかわからないけど。 少しでもいい形で支社長が戻ってきた時に仕事を渡せればって。」


半年間

そう。

彼に約束された時間はたったの半年なのだ。


理沙はビールグラスから手に伝わってくる冷たさが少し痛かった。

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