第97話 再び、走る(3)

「あんた、なにしてんの、」

電話をしていた南がその様子に二人のところに歩み寄る。


「こいつがおれのたいやきを1個食ったんだっ!」

真尋の怒りは収まらない。


「すっ、すみません!! ほんっと! 美味しそうで…」

夏希が平謝りすると、南は呆れたように


「1個くらいええやん。」

と真尋に言った。


「お、お金は返しますから。」

夏希はポケットから財布を出すが、


「ああ、ええって。 も~、ほんっまたいやき1個くらいで卑しいな。相変わらず。」


「たいやき6個と5個じゃ、えらい違いだろっ!」


まだ怒ってるし。

なんなんだろ・・この人。


普通ピアニストって

華奢で王子のような人がやるもんじゃないの?


この人

ピアニストって言うよりは

完璧、プロレスラーかやり投げ選手って感じだし。



真尋は仕方なくその場で、野獣のようにたいやきをものすごい勢いで食べ始めた。

その様子を傍観していると、またジロっと睨まれて、


「気がきかねえなあ、お茶くらい持ってこいよ!」

と命令されてしまった。


「は、はい!」



そのうち、外出していた斯波も戻ってきて、

「あ! おまえ、またおれのデスクでなんか食ったろ!」

真尋を見て怒鳴りつけた。


「あ、ごめーん。 あんこついてた?」

悪びれることなくそう言った。


「だいたい。帰るのは明日のはずだっただろ!」


「いいじゃん、1日くらい。」


おなかがいっぱいになった彼は立ち上がり、


「んじゃ、帰る。」

いきなり帰ってしまった。


「何しに来たんだっ!」

斯波はその彼の後姿に吼えた。



たぶん

たいやきを食べにきたんですよ・・


夏希はそう思ったがもちろん言わなかった。



なんかすごいもん見ちゃった。


さすがの夏希もそんな感じだった。


そのくらい

真尋は異様な雰囲気を体中から発していた。



「あの~~、」

夏希は帰りに女子ロッカーで一緒になった南に、


「あの・・さっきの。えっと・・北都マサヒロさんは、本当にピアニストなんですよね?」

わかっていてもそう聞かずにはいられなかった。


「え? 真尋? そうだよ。 ま、ぜんっぜん見えないけどね。 渋谷に出没するプロレスラーみたいやろ?」

南はアハハと笑った。


その通りですよ…


そう思ったが、それは言えなかったのでつきあって少しだけ笑った。


「あたしが真太郎と知り合ったとき、真尋はまだ中学生やってん。 あの子は小さい頃からピアノやってたけど、それだけに満足する子やなかったから・・普通に高校生してて、普通に部活で野球部とかにも入ってて。あたしも実際、その頃はそんなすごいピアニストなんて知らなかった。 でも、高校卒業するときにね、留学したいっていきなり言い出して。やりたいことは全部やりつくしたからピアニストを目指してちゃんと勉強したいって。 んで、ウイーンに行ったの。 そんな簡単に行けちゃうほど、ま、すごい実力はあったみたいやねんけど。 普段はもう、アホが服着て歩いてるみたいで。 笑っちゃうんやけどな。」


南は化粧を直しながらおかしそうにそう言った。


「へえ…」


「で。北都フィルを立ち上げる時に。 まだ向こうの学生やった真尋を、志藤ちゃんが見てな。 めっちゃほれ込んで。 けっこう業界では評判なんやで。」


「はあああ・・あたし、ほんっと知りませんでした。」

夏希は全くそんな風に見えなかった彼を思い起こしてうなずいた。


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