第92話 繋がる(2)

「は? マジ? なんでまた急に。 加瀬、捨てられたの?」


「もう、捨てられたなんて縁起でもない。 黙って行かれただけやんか、」


「同じじゃないですか?」


部署でもなんとなく南や八神たちが夏希に気を遣いながら噂をしていた。


斯波は

そんな会話に入るわけでもないが、黙って聞いていた。



だから

あんなヤツ

やめときゃよかったんだ。

恋愛初心者のクセして、あんなのいきなり大物過ぎる。


何考えてんだ?

さんざんエサやっといて

いきなりいなくなるなんて。

そういう上級者のテクなんか使うなって!


ふつふつと高宮に対する怒りが沸いてくる。



「あ、南さーん! コレ、経理から回ってきたんですけど。 これでいいんですか?」

夏希が元気な声で部屋に入ってきた。


「あ、ウン。 あれ? これなに? 『以下のとうり』 って書いてあるよ。」


「だって変換できなくって。 おかしいですよ。 このパソコン。」


「『とうり』やなくて『とおり』やろ?」

と指摘すると、


「えっ! そうなんですか??」

リアルに驚いていた。


「知らなかったの?」

半ば呆れて言うと、


「え~、知りませんよ。あたし、ずうっと『そのとうり』とか書いてましたよ?」


「もー、しゃあないなあ、加瀬は・・」


そんなやり取りを見ていて。



加瀬は

ほんっとに人間としてどうなんだって思うくらいバカで。


人を疑ったりとか

人を恨んだりすることも

ないんじゃないかと思うくらい


素直で。


心配になってしまうくらい。


斯波は明るく笑う彼女を

頬杖をついてぼんやりと見ていた。




疲れた・・・


なんか

たった1日なのに

10日間くらい働きづめだった気がするほど。


夏希は自宅のドアの鍵を内側からガチャンと閉めたとたん、もう何もする気が起きないほど疲れきってしまった。


ぼうっとして

どのくらい時間が経ったのか。


携帯の音で我に返った。

のそっと手を伸ばすと、ディスプレイに

『高宮さん』と出た。


胸が

チクンと音を立てた。


「も、しもし・・」

かすれた声で出ると、


「あ、加瀬さん?」


電話の向こうの彼は

まるですぐ近くにいるようで。


「はい、」


「あ、あのさ、」

彼が何かを言おうとしたとき、


「どっ・・どーして!」


夏希は今日一日ずっと我慢していたことをぶつけるように、大きな声を出してしまった。


「どうして・・!」


それ以上言葉が続かない。



涙が

言葉を発したとたんスイッチを押したかのように、どっと出てきてしまった。


泣いてる・・?



電話の向こうの彼女の様子を察した高宮は驚く。



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