第84話 決心(1)

「もうおれは必要ないはずだ、」

高宮は母にそういいきった。


「ひ、必要なんだなんて!」

夏希が思わずそう言うと、高宮の母は初めて彼女の存在に気づきハッとした。


「あなた、 誰?」


「あ・・ええっと、」


こんな時にどう言ったらいいんだろ。


夏希は困ってしまった。



「彼女は会社の同僚だよ。 おれが昨日と今日、休んだから心配して来てくれたんだ。 色々手続きをしたかったし、引越し先も探したりしていたし。」

高宮は言った。



「心配って。あなた、隆之介とどういう関係なんですか?」

ものすごい怖い顔で歩み寄られて、


「ど、どういうと・・言われましても・・」

もうこの状況をどうしていいのかもわからない。


「彼女は関係ない。 とにかく、おれはここを出て行くし、オヤジ名義の車も返す。 もう親の世話にならずに一人でやっていく。 放っておいてくれ、」

高宮はイライラしながらそう言った。


「放ってなんかおけるわけないでしょう! 恵と城ヶ崎さんのことをおいておいても!あなたは高宮家の跡取りなんだから! お父さまだって本当に心配して!」

母のボルテージも上がってきた。


「オヤジが心配をしているのはおれじゃない! 自分の跡継ぎが心配なんだ!」


「城ヶ崎さんは申し分ない人だけど、高宮の家を継ぐのはあなたなのよ!」


「もう、全部恵と城ヶ崎さんにやるから!」



どんどんエスカレートする言い争いの中に入ってしまった夏希はどうしたものかとオロオロしてしまった。



いたたまれなくなった夏希は


「あのっ・・」


思わず力を込めて二人に言った。


「はあ?」

高宮の母にものすごい怖い顔で振り向かれ、ビビりつつも、


「なんかよくわかんないですけど。 た、高宮さんがどうしても選挙に出ないといけないんですか?」

素直な気持ちを口にした。


「当たり前でしょう! もう高宮の祖父の代から国会議員をして地盤を継いできているのに! 私だって、できれば隆之介に継いでもらいたいのに! あなたがなかなか承知しないから。 お父さまが業を煮やして…」


母は逆上したように言った。


「地盤ってなんですか? 土地のことですか?」

またシロウトくさい質問もしてしまい、


「あなた、なにを言っているの?」

完璧に呆れられた。


「地盤はね。 地元で支持してくれている人のことだよ。」

高宮は優しく言う。


「あ、そーなんだ。」


母はこの状況で間抜けな質問をしてくる夏希にさらに怒りが爆発し、


「隆之介! いったいなんなのこの人は!!」


その矛先を彼に向けた。

高宮は、はあっとため息をついて、いきなり夏希の手をぎゅっと掴んで、


「行こう、」

といきなり走り始めた。


「ちょ、ちょっと、高宮さん!」

鬼の形相の母親と彼の顔を見比べて、夏希は戸惑いながら走る。


「隆之介!」

母の声を背中にしながら。

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