第65話 意識(3)
おっはよーございまーす!」
夏希がいつものように元気に女子ロッカーに入っていくと、
あれ?
鈍い彼女でもはっきりわかるほど、空気が異様だった。
数人いた先輩女子社員の誰一人、挨拶を返すことはなかった。
そして、夏希をチラチラ見て、ヒソヒソ話をしたり。
なんだろ…
ロッカーに荷物をしまっていると、
「あなた、クラシック事業部の加瀬さん、だっけ?」
一人の見知らぬ先輩女子社員が声をかけてきた。
「あ、はい、」
髪をとかしていた手を止めた。
「あなた、秘書課の高宮さんとつきあってるって、ホントなの?」
いきなりそう言われて、ドキっとした。
「えっ…」
「よく二人ででかけてるとかって噂だけど、」
ものすごい敵対した目で言われて、
「つきあってるとかそんなんじゃなくて。 ゴハンを一緒に行ったりはしますけど、」
戸惑いつつ答えた。
「彼のお父さま、元大臣してた代議士って知ってるわよね?」
「はあ・・」
「お母さまも名家の出身で。ほんっとエリートを絵に描いたような彼となんであなたとつきあってるってことになってるのか、よくわかんないのよね、」
あたしだってよくわかんないって、
夏希はそう突っ込みたかった。
みんな聞いてるのに聞こえないフリをして助けてもくれない。
「や、あたしは別に…」
「事業部には専務の奥さんもいるし? 彼女に取り入って好き勝手やってるのかもしれないけど? 少しはわきまえたら?」
ゾっとした。
その女子社員はそれだけ言うと、すっと行ってしまった。
なに
今の…
夏希は呆然としてしまった。
それから
総務や経理に行っても女性の社員は誰も口をきいてくれなくなった。
「早く出してって言ったでしょ!」
「すみません、」
きつく当たられたりした。
「あ、加瀬さん!」
廊下を歩いていると高宮がやってきた。
「ね、今度の日曜、またサーフィンに行かない?」
いきなり堂々と誘われて、夏希は周囲を気にしてから
「あ~っと・・今度の日曜は友達とでかけることに・・」
とっさにウソをついてしまった。
「そう・・」
「すみません、じゃあ。」
夏希はそっけなく行ってしまう。
いつもの彼女じゃない気がして、高宮は怪訝な顔をした。
先輩社員からだけではなく、同期の女子たちからも夏希は口を利いてもらえなくなった。
話しかけようとしても、そのまま無視して行かれてしまったり。
原因が自分と高宮のことにあると思うと、複雑だった。
「んで、そこで飲んでると、ダンナが飼ってる犬が平気でくるわけ。 その犬がパグなんだけどさあ、ダンナとそっくりで。」
「え~、ほんと~?」
「ほんとほんと、今度、行ってみ。」
八神は経理で女子社員たちと世間話で盛り上がっていた。
そこに
「しつれいしまーす・・」
夏希が書類を持ってやって来た。
一瞬、みんなの空気がかわる。
「そこ、置いといて。」
書類を出すと冷たくそう言われて、
「お願いします、」
いつもの元気がなく夏希は出て行った。
「・・・・?」
八神は何だか彼女の行動に違和感を感じた。
「彼女、高宮さんとつきあってんでしょ?」
八神はコソっと話をしていた女子社員にそういわれた。
「え、」
「も、芸能部の森山さんてボスがさあ。高宮さんが入社してきてからずっと狙ってたみたいで。 もう大変よ。なんであんな子と!?って。 この前も女子ロッカーで本人に向かってキツいこと言っちゃってさあ・・」
「加瀬が、」
「ま、確かに、彼女、高宮さんとはちょっと違う感じじゃない? もっと納得いく子だったら黙ってたのかもしれないけど。 彼女、女子社員の中でもけっこう力持ってるからさあ。」
そんなことに
なってたんだあ。
八神は黙って話を聞いていた。
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