第57話 夏空(3)

「ふうん、南の島ねえ。」

高宮は食後のコーヒーのカップにミルクを少しだけ入れて、スプーンでかき回した。


「あー。うらやましい。」

夏希は、はあっとため息をついた。


「あの二人、なんで結婚しないの?」


「さあ。 知りませんけど。 でもほんっと夫婦同然ですよ? 生活ぶりは。」


「斯波さんて、しゃべってるのほとんど聞いたことないくらい。 無口だし。 どこがいいんだろ、」

高宮はコーヒーに口をつけた。


「え、斯波さんってすっごいステキな人なんですよ、」

夏希は声のトーンを少し上げて言った。


「あたしが入った頃は、ほんっと毎日のようにすっごく怒られて、怖い人だなあって思ったけど。 口にしないだけで、本当は優しい人で。 あたしが捻挫をして大変だった時も、黙って隣の部屋を貸してくれたし。 すっごく照れ屋さんで、なかなか本心を口に出せないだけで。 誤解されやすいと思うんですけど、男らしくて、なんていうか。頼りがいもあって、」


夢見るように言う彼女だったが、


「ふうん、」

認めるのも悔しいくらい斯波のことを褒めるので、わざとそっけなく返事をした。



「あ~、おいしかったあ…」


「そろそろ行こう、」

高宮は伝票を手にしようとしたが、それを制するように


「今日はあたしが。」

夏希はにっこり笑って伝票を手にした。


「え?」


「ランチくらい。 いっつも高宮さんにはごちそうになってしまってますから。 ね? ちょっとおごったりとかしてみたいんですよぉ。」

屈託ない笑顔で言う。


「そう。 ありがとう。」

つられて高宮も笑顔になってしまった。


「いいええ。たいしたことないですから。 ・・も言ってみたかったんですけど!」


はしゃぐ彼女がおかしくて、かわいくて。


「ねえ、」

高宮は夏希に問いかける。


「はい?」


「加瀬さんは趣味とかあるの?」



「趣味…」

会計に向かいながら夏希は考えた。


「野球?」

自分にも問いかけるように言った。


「野球は趣味とかじゃないでしょ?」


「え、なんだろ。 そう言われるとないなあ。」


「映画鑑賞とか、好きなアーティストのライブに行くとか。」


「あたし、ほんっと青春を野球に捧げてたので。 そういう暇もなかったし。 高宮さんは?」

おつりをしまいながら聞いてみた。


「おれは、そうだなあ。 車も好きだし、泳いだりとか、向こうにいたときは友達にサーフィンに連れて行ってもらったり、」

と言うと、


「サーフィン??」


明らかに夏希の反応のメーターが上がった。


「サーフィンっておもしろいですか? 高宮さんはうまいんですか?」

矢継ぎ早の質問だった。


「え、ま、普通かな。 一応波には乗れるけど、」


「あたし、サーフィンってやってみたかったんですよ、 水泳も大好きだし。 スイミングとかやってなかったんですけど、中学の頃、市の大会に出たら記録出しちゃって。 けっこう自慢なんですけど。 サーフィンかあ、いいなあ。」


予想外の食いつきに、


「・・じゃ、行ってみる?」


と自然に言うと、間髪をおかず、


「ハイ。」

元気な返事が返ってきた。

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