第34話 転機(6)

「じゃあ。 荷物は来週の日曜日に運ばせてもらいます。」

夏希は斯波に言う。


「ん。」

いつものように全く興味がないように仕事をしながら答えた。


「良かったなあ。 加瀬。 これでもしお金に困っても食べさせてもらえるやん、」

南がからかう。


「や~、そんな。 たかるようなマネなんか・・」

夏希はやんわりと否定したが、


「今朝もウチでメシ食っただろ、」

斯波からボソっと突っ込まれて、


「たっ、たまたまおなかが鳴っちゃったんです! 斯波さんがメシ食う?とか言ったんじゃないですか。」

夏希は慌てた。


「今度の日曜は私もお休みだから手伝うわ。」

萌香も嬉しそうに言った。



しかし。

その状況がおもしろくない男が一人。


なんだ、なんだ

斯波さんまで。

あのジャージ女を隣に住まわせるなんて。


八神は嫉妬心丸出しで夏希を睨んだ。


ほんっと

ガサツだし。

声はデカいし。


最初の出会いが最悪だったのでどうしても素直になれなかった。



昼休み

夏希は自分のデスクでコンビニのおにぎりを食べていた。

しかし、隣の席の八神の弁当が気になって仕方がない。


鶏のから揚げ

ブリの照り焼き

だしまき玉子

インゲンの胡麻和えにポテトサラダ。


「お母さんに作ってもらったんですか?」

思わず声をかけてしまった。


「は?」

八神は夏希を見る。


「すんごい・・おいしそうなお弁当ですね。」

彼女の視線から隠すように背を向けて、


「おれは一人暮らしだから、」

と答えた。


「え? じゃあ彼女が作ってくれたんですか?」

さらに問い詰めると、


「おれが作ったの!」

鬱陶しそうに答えた。


「え! これ? 八神さんが作ったんですか???」


オドロキだった。

そのくらいキレイで美味しそうなお弁当だった。



「・・のわりにキティちゃんのお弁当箱ですけど、」

すかさず突っ込むと、


「いーだろ! 別に!」

キレそうだった。


その様子を見ていた南がやってきて、


「八神は料理が趣味で、めっちゃ上手いんやで。 こうやって生活費苦しくなると自分で弁当作ってな~。」

と、からかった。


「余計なお世話です・・」


「え~、そうなんですかあ…」

夏希は妙に彼に親近感が沸いてしまった。


「実家はどこなんですか?」


「山梨の勝沼ってトコ。 ほら、ワインとかで有名やろ? って、なんであたしが説明してんねん。」


「ノリツッコミやめてください・・」

八神はもくもくと弁当を食べ始める。


「で、なんでキテイちゃんなんですか?」

まだしつこくきいてくる夏希に、


「いーだろ! 別に…も~。」


イラついてデスクをバン!と叩いた。


「彼女用の弁当箱やんなあ、」

南は笑った。


「え!やっぱ彼女いるんですか!?」


「なんで驚くの? え? 悪い?」

八神は開き直った。


「たまに、彼女の弁当も作ってやってんねんもんな。」

南はニヤニヤしながら言う。


「おれの弁当箱、ヒビが入っちゃって。 今朝気づいたから…」


「へええ。 そうなんだあ。 尽くしてるんですねえ、」

納得されて、


「尽くしてねえぞ!」

八神はまたゴハンをかきこんだ。


「ほんと…おいしそうですねえ・・」

すでにおにぎりを食べ終えてしまった夏希はよだれをたらさんばかりに覗き込んだ。


「やらねえぞ! こっちだって生活苦しいんだから!」


「必死すぎるわ、もう・・」

南はその様子がおかしくて大笑いしてしまった。

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