第33話 転機(5)

斯波は翌朝7時くらいに夏希の部屋のインターホンを鳴らした。

しかし

いくら鳴らしても出てこない。


まさか?

出て行った???


焦っていると、エレベーターが開く音がして夏希がジャージ姿で降りてきた。


「あれ??」


「あ・・おはようございます。」

気まずそうにちょこんと頭を下げた。


「こんな朝っぱらから、何してきたの?」


「え・・走ってきました、」


「へ?」


「もう足もだいぶよくなったので。 ゆっくり走ってきました。 体、動かしてないとほんと、ストレス溜まるんで、」


「なんだ・・」

斯波は少しほっとした。


「なにか?」

夏希は遠慮がちに彼の顔色をうかがうように言う。


「えっと。」

もう目が泳いでいて彼の心の動揺がじんじん伝わってくる。



ほんと

おんなじ人かなあ。

あの怖かった人と。


夏希は傍観してしまった。


「あのさ!」

勢いをつけて話し始める彼の言葉を遮るように、


「あたし、ここ住んでもいいんですか?」


夏希はそう言った。


「へ?」

斯波は気が抜けたリアクションをしてしまった。


「やっぱり家賃12万とか言いませんか?」

さらに予想外の問いかけが彼を畳み掛ける。


「や…それは、いいけども。 え? いいの??」

逆に聞いてしまった。


「よかったァ。 それが心配で。 あ、あと、敷金と礼金。 分割にしていただけると助かるんですが。」

夏希はすがるような目で斯波を見る。


「いいよ、それは。 不動産屋には適当に言っておくから。」


「え! ほんとですか!? 適当ってよくわかんないですけどっ! ほんと、お金なくって! まだ月の半ばだって言うのに、もうお昼もランチ行けなくて。コンビニのおにぎり1個で過ごしてるんで。学生のころも、食費がかさんで。 親から振り込んでもらった定期代を食費に充てちゃって! もう、バイト代入るまで、学校の近くの友達の家に居候したりって。 そういう知恵だけはついたんですけど。 でも、もういちおう社会人だし。 逆に親に仕送りしなくちゃだし!って。 いろいろ負荷があって、」


夏希がどうでもいいことをベラベラとしゃべるのを斯波は唖然として聞いていた。


「というわけなんで。」


と一気に説明した後、夏希のおなかがグーっとタイミングよく鳴った。


「…メシ・・食う?」


斯波はようやく言葉を発することができた。



「は? 引っ越す?」


志藤は少し驚いて南を見た。


「ウン。 なんかね。 斯波ちゃんトコのマンションに。 そのまま引っ越してくることになったみたい。」


「なに? 下宿屋でも始めたの?」


「さあ。 しかも。 あの都会のマンションに格安の家賃で入れてもらったみたいよ。」


「ふうん。」


一応、斯波には事業部のことは任せてあるが、お世辞にも人付き合いはうまくないし、後輩の面倒見もいいとは言えなかった。

仕事は抜群にできるが、それが心配と言えば心配だったのだが。


「ま。 犬や猫もちょっといつくと情が沸くって言うしな。」

志藤はタバコをくわえながら言った。


「ハハっ! 犬猫~?」

南は彼のセリフにウケてしまった。


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