第31話 転機(3)
「なんでって・・」
斯波は少し動揺していた。
こんな
姿。
初めて見た。
夏希はジッと彼を見てしまった。
「彼女・・本当に嬉しそうだから、」
ポツリと言った。
「え…」
「あんなに楽しそうにしてるの、初めて見たから…」
恥ずかしそうにまたうつむいた。
「栗栖さんが?」
「彼女、ちょっといろいろあったから。 友達もあんまりいないし。 おれもあんまりしゃべる方じゃないし。 おまえが来てから、世話をしたりするのが本当に楽しいみたいで。 あんなに笑ってるところも初めて見たし、」
斯波は朴訥にそう語り始めた。
栗栖さんの
ために。
もう、ラブラドールどころか。
すっごい巨人が胸の中にやってきて、その中枢をぐわっと鷲掴みにされた感じで。
「あ…」
よく考えもなしに言葉を口にするって、周りから言われる。
ちゃんと物事考えてからしゃべらないと、っていつも気をつけてるけど。
「あたし。栗栖さんのために・・ここにいないといけないんですか?」
やっぱり
言葉が先に出てしまった。
「えっ、」
予想外の答えに斯波は絶句した。
「か、勝手なこと言わないで下さい! あたし、明日にでもここ、出ていきますから!」
ダムが決壊して、止まらない。
自分の言葉がこんなに彼女を怒らせるとは思わずに斯波は何も言えなくなってしまった。
別に
恋してたわけじゃないもん。
好きとか
そんなんじゃない。
けど。
胸がこんなに騒がしくなったのも、久しぶりだったから。
ホント。
それだけだから。
でも、なんで
涙が出てくるんだ?
ア~、やだ!!
「そんなこと言ったの?」
部屋に戻った斯波は萌香にその話をした。
「あんな怒ると思わなくて・・」
さすがにしょんぼりとした。
「・・・・」
萌香はあの天真爛漫で素直な夏希がなぜそんなに怒ったのかを考え込んでしまった。
その答えをぼんやりとした輪郭で彼女は捕らえる。
「私のためだなんて。かっこ悪い。」
萌香はつぶやく。
「え?」
「自分の彼女ためにいてくれ、だなんて。 カッコ悪いって。」
「萌、」
「あなたの自分の気持ちを言えば良かったのに。」
ふっと微笑む。
「自分の気持ち…。」
「あなたは加瀬さんのこと、どう思ってるの?」
「どうって。 なんか、心配っていうか。」
少し照れて口ごもった。
「なんかね。 心配なんだよ。 ほんと危なっかしくて。 ここならとりあえずセキュリティもちゃんとしてるし。 まあ、これまでも一人でやって来たんだろうけど。 親御さんにも安心してもらえるかもしれないし。 なんか・・親戚の子を下宿させてるような気持ちになってしまって。」
本当に照れ屋で。
自分の気持ちをこうして表に出して言葉にすることもほとんどないし。
しょうのない人。
「だったら、そう言ってあげればいいのに。」
「え・・」
斯波は顔を上げた。
「彼女はあなたの大事な部下になるのよ、」
いつものように美しくも凛々しい笑顔で微笑みかけた。
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