第14話
フゥ、よかった、今度もちゃんと人語が出てきた……名残惜しいけれど、両手を引っ込めて翼を広げる。
おおっと、そう言えば、すぐ後ろに丸腰の誰かを放置してたんだった……ってか、さっきから臭いや物音の発信源が全然動いてないけど、これで僕が飛び去ったらリアルクマさんと二人っきりになるって分かってる? 武装してたクセに危機管理甘くね?
などと思いながら首だけでクルリと振り返ると、それほど身長高くない割に三十歳越えてそうな老け顔の誰かさんは、あんぐりとマヌケっぽく口を開けたままコッチを見ていた。
「――で、アンタどうすんだ? このままココで森のクマさんと渓流釣りにでも興じる気か?」
顎で川の方を指しながら告げると、ヘタってた誰かは弾かれたようにフルフルと首を振った。
「『め、滅相も無い』! 『オッカミヌシ様の御前でそのような戯れなど恐れ多い』! 『もしよろしければ、貴兄を我らの
などと片膝着きながらの二重音声で提案してくれた誰かさん。
コレって、要するに『目の前のクマさんがオッカナイんで安全な場所まで送ってくれ。その礼に、まあ、食事程度なら出してやる』って事だよね?
……字面的には歓迎ムードなのに、こう考えると中々打算的な台詞に思えるから言葉って難しい。
まあ、
チョット嵩張るけど。
「あっそ。じゃあ、案内ヨロシク」
「『ははっ』! 『では、我が先導となる故、付いて参られよ』」
僕の了承に歴史ドラマチックな仰々しい姿勢のまま礼を返して立ち上がった誰かは、森の入口を指差してから足を進め出した。
……何やってんだコイツ? 誰が陸路を、しかも見ず知らずの相手が誘ってる道なんぞ通るんだ? やっぱ危機感薄過ぎねえか?
あんまりにも馬鹿馬鹿しくて溜め息を堪える気も湧かなかった僕は、このまま置き去りにしたい衝動を飲み下し、変身と体内を循環してる魔力による半自動的な肉体強化の二つでブーストされた身体能力を面倒な加減なんかせずフツーに発揮した。
そうして、ほんの一秒後には、背中の黒翼を盛大に広げる僕と、イヤに目が粗くて布と言うより干物みたいな触感をした見慣れない服ごと両肩を鷲掴みにされてる誰かは、地上から目測一〇〇メートル辺りの高度を浮遊していた。
「『なっ――、なぁアぁアア』!?!!!? 『と、ととと、跳んでッ』!? 『い、いや――と、飛んで――ッっっッッ』!?!!!?」
……なんか、誰かさんが初めての珍体験に目を白黒させてるんですケド。
まあ確かに始めて飛んだ時は僕も感動――いや、特にしてないか……んな事より、ビックリしてんのは分かったからジタバタすんの止めろよな。
アンタを掴み上げ続けるのって力加減が難しいんだぜ?
なんなら鎖骨ごと肩の骨を折り砕こうか?
それとも、このまま手、放そうか?
若しくは、このまま高速でシャカシャカして《血と肉とモツのぐちゃぐちゃムース~人皮に詰められて~》にしてやろうか?
――とも思ったんだけど……まあね、もし僕の予想が正しければ、この人は人類が『空を飛べる』なんて発想すらした事無いだろうからね。少しは大目に見ますかね。でも、仕事はしてくれたまへ。
「なあ、いつになったら案内とやらをしてくれるんだ? まあ、方角はコッチであってるハズだから別に要らんかもだが」
取り敢えず太陽が見える方向を南と仮定して、大まかに西だろうと思う方角に向けて飛んでるワケだけど、折角、見捨てずに拾ってあげたんだから少しは働いて欲しい今日この頃。
「『――――ヒュ、ヒ――キ――い、き――が――――ッ』!?!!?!」
だけど、ある意味予想通りと言うか、予想の斜め上と言うか……持ち上げられている誰かさんは、未だに重力から解放された摩訶不思議な感覚になれないらしく、ワケの分からない言葉を吐きながらパニクっている。
ハァ……もう面倒だし、やっぱり手、放そうかな……
そんなふうにムクムクと肥大する無気力で緩みそうになる握力の調節に四苦八苦したけど、これ以上この場に留まるのもアレなので、体勢を整えて飛行開始、ビューン。
「『――な、わブッ』!!!!!!」
奇声を上げながら両手で顔面に襲い掛かる突風に抵抗する誰かさん。まあ、確かに高速飛行中は風圧で目が乾燥するから仕方ないケド……
え、僕? 僕は変身で増設された透明瞼――一般名詞は分かりません――のおかげで、視界を遮る必要も無しに飛んだり泳いだり砂嵐を突っ切ったりできるから大丈夫。
っと、そうこうしてる内に前方に木の葉以外の緑色が見えてきた。
丈のある草が風に揺られてる様子は、まるでエメラルドの海だ。
しかも、進行方向には確認するまでも無いってくらい分かり易い目印
どうやら、あそこが目的地らしい――らしいんだけど……
「オイ、アレがアンタの住んでるトコか? いい加減答えろ」
一応、さっきの発言で森を抜けた先だってのは分かってるから、態々止まってまで確認する必要は無かったかな~? と思いつつも両手で掴み上げている荷物に視線を落とすと、そこには何故か溺れかけて引き上げられたカナヅチみたいに空気を貪るオッサンが……なじぇ?
「『ハ――ヒュ――ハ――ヒュ――そ、その通りだ。このまま進めば直に見えてくる――筈だ』」
どうにも語調が頼りないように感じるのは、きっと奇々怪々な体験の所為なんだと思いたいけど、それにしたってもうちょっと……ハァ……
喉元まで込み上げてきた文句を溜め息にして吐き出して飛行再開すると、すぐに狼煙の根元、人里の上空に到着した。
したけど……
「……予想、してなかったわけじゃないけど、でも、だけど……コレってマジか……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます