第7話 上客

 子供は悪魔にとって上客です。

 一昔に比べ、純粋で一生懸命でひたむきな子供はかなり減りましたが、それでも疲れた大人よりも全然質の良い魂を持っています。何よりも、寿命……つまり残された時間がまだまだたくさんあるのですから、取りっぱぐれもありません。


 悪魔は、駅前通りに建ち並ぶビルの裏側に素早く隠れると、ふわりと飛び上がりました。

 上空から、走っていく男の子の豆粒みたいな姿を見下ろします。

 懐から出てきたコウモリが、悪魔の隣で羽ばたきながら言いました。

「でもなんと言って口説くんですか? この前みたいに『お前の願いを叶えてやっからさー、魂ちょうだい』ってのはやめてくださいよ…。

 いまどきそんな教科書どおりの文句で、はいそうですかと納得するやつはいませんよ」

「まったくな。近頃はどいつもこいつも、『うまい話にゃご用心』ときてる。せちがらい世の中だぜ……」

 フウ、と悪魔は気取ったため息をつきました。

 ふう、と使い魔は疲れたため息をつきます。

「で? どうすんですか? イイ作戦ってのがあるんでしょ?」

「おう。まあな。俺がわざわざこんな格好したの、何故だか分からねえのか?」

「いいえ。分かりません。まさか、サンタの格好すれば、お子様が安心して『契約』してくれるなんていう陳腐なアイディアじゃないだろうし、親分がどんなすさまじいこと考えているのか、私、すっごく気になります」

「ぎくぎくっ」

「なにしろ最近のお子様ときたら、シビアですからね。どんな悪魔的甘い言葉でだまくらかして、まんまと魂を頂戴するのか。私ごときめには予想もつきません」

「………うっ」

「ねえ。早く。早く教えてくださいよう。そんなイカレた格好だって、ちゃあーんと意表をついた深ーい考え合ってのことでしょう?」

「やあかましい! とっとと、赤鼻のトナカイに化けろッ!」


 悪魔はかんしゃくを起こしてコウモリの小さな体をぱしんと叩きます。

 使い魔は、一メートルくらい吹っ飛んで、それからくるりと体勢を立て直すと、疲れたため息をつきました。

「………はあああ。こりゃあ今回も駄目かなあ」

 使い魔は、ぽんっと小さな音と煙を立てました。

 使い魔の持つ特殊能力のひとつ、【変身】です。

 ソリのついた赤い鼻のトナカイに化けた使い魔は、ご主人様に言いました。

「こんなかんじでどうですか?」

「おっ。ハチ。なかなか感じ出てるじゃねえの」

 悪魔は上機嫌です。

 純粋な【力】は悪魔の方が圧倒的に上ですが、悪魔が力を行使する為には様々な制約や条件があります。正直、使い勝手は良くありません。

 普段使いとしての利便性に関しては、実は使い魔の能力の方が格段に機能的だったりします。


「さあて行くか!」

 言うや否や、ソリへとひらりと飛び乗り、景気良く叫びます。

 二人でぎゃあぎゃあ言っているうちに、男の子の姿はもうずいぶんと遠く小さくなっていました。

「親分。あの子、あんなに急いでどこに行っているんでしょうねえ」

 悪魔は、「俺が知るかよ」と簡潔に答えます。

 それから、どこからか取り出したムチをぴゅんと振るって、トナカイの背中を叩きます。

「はいよーッ」

 ぱしんっ!

「いったあーいッ!」

 使い魔は悲鳴を上げました。するどい痛みとともに、味わった事のないような妙な感覚が全身を貫きます。息を吐いて、しぶしぶと進みだしました。


 二人は、十二月の無邪気な冷たい風に乗って、男の子の姿を追うのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます