10.5-04 会話をしてみよう2

 オオタカが風呂に入っている間、ミサゴは言われたとおりに服を洗っていた。汚れがひどいため、手洗いをした後に洗濯機へ放り込んでおいた。


「ったく、なんでワシが、こんなことやっとるんや」


 ブツブツと文句を言いながら、脱水の終わった服をオオタカのいた部屋の縁側に干していく。ちなみに雨戸は閉め切ったまま。部屋の掃除は、洗濯中に済ませておいた。


「あいつでほんま、大丈夫やろか……ん?」


 独り言を零した時、コートのポケットからなにかが落ちた。

 くしゃくしゃになった紙くずのようだ。拾い上げ、破れないように丁寧に開くと、それは一枚の写真だった。


「ここ、あの神社やないか?」


 真ん中に鳥居があり、左右には林が茂り、石畳があって、奥には波打ち際が見える。映っていたのは、ミサゴが毎日通っている神社の、拝殿を背にして撮ったもので間違いなかった。


「なんであいつが、こんなもんを……」


 呟いた時、部屋の戸がガラリと開く。


「薄い」


 風呂からあがったオオタカが開口一番にそう言った。

 頭には漁協でもらった白いタオルが掛けてある。三年ほど替えていないため、ところどころほつれ、もはや向こう側が透けて見えていた。


「それしかないんやから我慢しろや」


 ミサゴはとっさに自分のポケットへ写真を入れた。もはや気を遣わず、顔をしかめて言い返す。


「気に入らない」


 ミサゴの言葉を無視して、オオタカが自分の着ている服を見て言った。全身灰色のスウェット。ミサゴより一回り小さなオオタカには、大きすぎてぶかぶかだった。


「せやから、それしかないんやから我慢しろ」

「あれもないんだな」

「あれて、なんや?」


 オオタカが眉をひそめ、髪に手を当てる。薄いタオルでいちおう拭いたらしいが、後ろ髪からは水滴が滴り落ちていた。


「あぁ、ドライヤーか。悪いけどうちにはないんや。そのうち乾くやろ……って!?」


 言っている最中、オオタカがまるで濡れた犬のように頭と翼をブルブル震わせた。


「あああああああああーーーーー!?」


 畳の部屋に水が飛び散る。せっかく掃除したというのに。ミサゴはなにか拭く物がないかと辺りを見回した。テッシュ箱から紙を十枚ほど抜き取り、畳に染みこんでいく水滴を拭いていく。


「お前! そういうのは風呂場でしろや!」

「返せ」


 注意する言葉も聞かず、オオタカはまたなにか言って、ミサゴの横を通り過ぎる。

 縁側の、ハンガーにかけてある自分の服へと手を伸ばす。掴んで引っ張ろうとした瞬間、驚いた表情を見せて睨む。


「濡れている」

「洗濯したばっかりなんや。当たり前や」

「乾かせ」

「冬なんやから、そんなすぐ乾くわけないやろ」

「しずくはいつもすぐに乾かしていた」

「なにしたらそんなにすぐ乾くんや!」


 オオタカがちょっと考える。


「回って出せば温かくなっていた」

「電子レンジか!?」


 ドラム式洗濯乾燥機の存在を知らないミサゴはもはや話についていけない。

 オオタカが呆れたように息を吐き、辺りを見回した。


「なにもないんだな。しずくの家とは大違いだ」

「ところで、さっきから言っとる『しずく』てだれなんや?」


 ミサゴは首を傾げながら訊いた。

 オオタカが向き直り、さも当たり前のように言い返す。


「知っているだろう」

「いやいや、そんなヒト知らんわ」

「でたらめを言うな」

「知らん言うとるやろ! ワシの話をちょっとは聞けや!!」

「うるさい黙れ!」


 声を強めたミサゴに対し、オオタカが立てた爪を振り払ってきた。

 顔を引っ掻かれる直前、とっさにミサゴはその腕を掴む。


「だれか知らんけど、お前、その『しずく』ていうヒトにも、こうやって手ぇ上げとったりしてないやろな?」


 オオタカがハッと動きを止める。爪が引く。そのままなにも言わず、舌打ちだけして踵を返した。


 ミサゴはその姿を睨み、それから迷うように目を泳がせた。オオタカが痛々しそうに足を引きずっているのを見て、短く息を吐く。


「あとで怪我の手当してやるから、しばらくここでおとなしくしとれ」


 その後、雑に手当てをするミサゴは、容赦なくオオタカに蹴られ引っ掻かれることになった。

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