10-06 ふたりで初詣

 シャッターの横にあるドアをゆっくりと開けて、納屋なやに入る。中はきれいに片付けられていて、コンクリートの床には段ボールが敷かれ、その上にカーペットも敷いてある。でも、周りは暗くて、だれもいない。見上げると、はしごの上からほのかな明かりが漏れていた。


「トキ? カーくん?」


 声を潜めて、問いかける。


「なな?」


 トキの声。わたしはほっと息をついて、はしごを上った。

 二階も、一階と同じように段ボールとカーペットが敷かれている。トキは電気スタンドの置かれた小さな机の前に座り、肩に毛布を掛けて編み物をしていた。その後ろには電気ヒーターがあって、カワセミくんがそばで毛布にくるまって眠っているみたいだ。


「眠れないんですか?」


 カワセミくんを起こさないよう、足音に気を付けながらそばへ行く。いつもなら、もう寝ている時間だ。やっぱり、こんな場所だから寝付けないのかな。


「いや、……もう寝ようと思っていたところだ」


 トキは小声で言って、手芸道具を片付ける。

 わたしはトキの隣に、ひざを着けて座った。辺りを見回し、気になったことをく。


「カーくんは、どこにいるんですか?」

「バイト先で忘年会というものに行ってくると言っていた。遅くなる前に帰ってくると言っていたが……」

「まだ帰ってきてないんですか!? もう、カーくんってば夜遊びなんかして」


 あとで会ったらしかっておこう。そう思いながらほおを膨らませる。

 トキはそんなわたしを見て、ふっと息をいた。


「ななは、どうしたんだ?」


 ささやく声が、鼓膜をでる。電気スタンドの古びた電球からの光りで、トキの肌が、温かなオレンジ色に染まっている。


「あっ、えっと……」


 わたしは目を泳がせた。トキの後ろで眠っているカワセミくんに、視線が行く。起こすとかわいそうだから、小さな声でトキに言った。


「もし良かったら、初詣はつもうでに行きませんか?」


 トキはきょとんとした顔で、わたしを見つめた。


「はつもうで……?」


 そっか。そもそもトキは鳥だから初詣なんてしない。もう寝るところだとも言っていた。


「あ、やっぱりいい、」

「いや」


 わたしの言葉にかぶせるように言って、トキが立ち上がる。肩に掛けていた毛布をカワセミくんにそっとのせ、着ていたロングコートを整える。

 誘った私が、逆にためらってしまう。


「いいんですか?」

「あぁ。少し――」


 トキは軽くうなずき、なにかを言いかけて、じっとわたしを見つめた。


「少し?」

「……少し、外に出たいと思っていたんだ」


 さっきは、もう寝ようと思っていたって、言っていたのに?

 疑問に思ったけど、トキは準備を終えて、目で合図する。その視線に押され、わたしは後ろめたさを感じながらも微笑んだ。

 立ち上がり、トキと一緒に納屋を出る。


 初詣なんて口実だった。

 ただ、少しだけ……。

 少しだけ、一緒にいたかった――。



   *   *   *



 外に出ると、さっきもそうだったけど、ひんやりとした空気が身体を覆った。雪も雨も降っていないけれど、空は雲に覆われていて星も月も見えない。静かな暗がりの中、どこか遠くで除夜の鐘が鳴っている。


「なな、寒くないのか?」


 トキは身震いをして、いつも首に巻いているストールを、マフラーのように口もとまで上げる。


「平気です、いつも外でバードウォッチングしてますから。それに、近くの神社までですから、すぐに着きますよ」


 言って、わたしはトキを連れて家を出た。神社は、細い道をほぼまっすぐ進んで、坂を上った先にある。周りは田んぼや畑で、家はなく、点々とある外灯が道を薄明るく照らしていた。


「トキ、納屋の居心地はどうですか?」

「悪くはない」

「寒くないですか?」

「それほどではない」

「体調とか悪くなったりしてません?」

「あぁ……」


 並んで歩きながら、思ったことを訊いていった。外灯の下を通る時、トキの顔をそれとなく観察してみる。顔色は悪くなさそう。と、見ていたら、目が合ってしまう。

 さっと視線をそらして、話を続ける。


「もし、具合が悪くなったらすぐに言ってくださいね? ほしい物とかあります? あったら持っていきますから」

「なな」


 隣から、強めの声が発せられた。顔を向けると、まゆを寄せたトキが、こっちを見ていた。


「言っただろう。俺はお前に飼われているわけではない。自分のことくらい、自分でなんとかする」


 少し怒りの含まれた口調だった。

 わたしはなにも言えずにうつむいた。自分勝手なことを言ってしまった。特にトキは、あんまり口に出さなくて、無理するところもあって、身体もひょろいから。もしも、春の時みたいに熱が出たらって思うと、つい心配しすぎてしまう。


「ごめんなさい……」

「すまない……」


 謝ると、同じタイミングで、声が重なった。


「えっ?」


 顔を上げると、眉をゆがめたトキが、わたしのことを見つめていた。そのひとみの奥が、うっすらと潤んでいる。


「前もそうだったな……。強い言い方をした。俺は、お前を責めるつもりはないんだ」


 トキはさっきのわたしのように俯いて、つぶやいた。

 「前」っていうのは、クリスマスに、お母さんが帰ってくるからどうしようって話していた時のことかな。トキ、あの時に言ったこと、気にしていたんだ。


「いえ。トキが謝ることないです。わたしが間違ってるだけですから」


 フォローするつもりで言った。トキの、自分は野鳥だから、人に頼らなくても生きていけるって気持ちはわかる。わたしが、ついお節介をしてしまうだけ。でも、トキはやさしいから、そんなわたしに気を遣ってくれているのだろう。


「正しいか間違っているかは、俺たちにはどうでもいい」


 そう言って、トキはわたしをちらと見た。それから、なぜかすねたように顔をわたしの反対側へ向けた。


「ただ、俺は、そうやって俺のことを心配するお前のことが、心配になるんだ」

「……えっ?」


 トキを見つめ、声を漏らした。

 と、視界に、鳥居の姿が映り込む。


「あっ、着きましたよ。こっちです、トキ」


 わたしたちの斜め前に、神社の鳥居と、三段の石段がある。スマホの時計を確認すると、もう年を越していた。そのわりに、辺りに人はだれもいない。


「ここ、小さい頃、よく遊びに来てたんです。学校の帰りに、ゆうちゃんと一緒に来ておしゃべりしたり、木登りしたりしてたんですよ」


 話しながら、トキを連れて境内に入る。石畳の参道があって、辺りは石灯籠とうろうと、スギの大きな木が並んでいる。社の隣には、一本の大きなクスノキが茂っている。


「そういえば、わたしが小学生の頃、あのクスノキの下に鳥のヒナが落ちてたんです。かわいそうになって、わたし、その子を帽子の裏に乗せて、木に登って、なんとか巣まで返したことがあるんですよ」

「その鳥は、無事だったのか?」

「……さぁ。あの後、あんまり刺激しないほうがいいかなと思って、巣に近づかないようにしてたんです。だから、その子が巣立ったのかは、結局わからないんですよね」


 言いながら、わたしは道をそれて、クスノキの下に行った。見上げても、もう鳥の巣は見当たらない。

 わたしは後ろに振り向き、石畳の上で待っているトキのもとへ戻る。


「すみません、ただの思い出話です。お参り、していきましょ? まずはこっちで、手を洗うんです」


 クスノキと参道を挟んで反対側にある手水舎てみずやに行く。あんまり詳しくないけれど、トキに教えながら形だけお清めをした。

 それから社の前に行って、鈴を鳴らした。


「こうやって手を合わせて、願い事をするんです」


 隣で鈴の音をぼんやりと見つめるトキに言った。

 トキはわたしの真似まねをして手を合わせ、それでも不思議そうに首を傾げる。


「願い事?」

「できたらいいこととか、なれたらいいこととか、なんでもいいですよ」


 そう言って、わたしは社に向き直り、目を閉じた。トキの姿は見えないけど、たぶんわたしの真似をしているだろう。

 一時いっとき、なんの音も聞こえない、静かな時間が流れる。

 隣にいるトキの存在を感じながら、わたしは心の中でささやいた。


 今年も一年、みんな元気に、一緒に、いられますように――。

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