9-03 ななとお母さん①(ななside)
カーくんたちと別れ、お母さんと合流したわたしは、街中のとあるカフェへやってきた。窓際の席は、外の歩道に植えられた街路樹から木漏れ日が差し込んでくる。店内はそれほど混んでいなくて、静かな音楽が流れていた。
「お盆に日帰りで帰った時以来かしらね。今日はいつまでいるの?」
お母さんは両
「えっと、夕方までいるけど、友達と待ち合わせしてて」
「あら、この後、友達と遊ぶの? 充実してるわね」
「お母さんのほうこそ、用事があるんでしょ?」
せっかく来たんだから、本当は一日一緒にいたかった。けど、「先約があるからランチだけね」と言ってきたのはお母さんのほうだ。会える時間が少ない分、一人でブラブラするのも寂しいから、カーくんやカワセミくんがついてくるのをOKしたんだ。
「ていうか……お母さんって、そんな話し方だっけ?」
未だに目の前の人物がお母さんと受け入れがたく、目をすがめてしまう。
家にいた時は、ご飯早く食べなさいとか、宿題しなさいとか、一人で外をウロウロしないとか、いつもガミガミ怒っていた気がする。着ている服は仕事着かエプロンで、お化粧ももっと地味で今みたいにきれいじゃなかった。
「ふふふっ、『アラフィフのおしゃれマダム講座』を受け始めたからかしらね」
「また変なのにハマってるの!?」
「変なのってなによっ。友達もたくさんできて、結構楽しいのよ。今度は続けられそう」
お母さんは
お母さんは、昔から趣味探しが趣味だ。今トキが使っている部屋が物でいっぱいなのは、全部お母さんが趣味にしようと買って、続かなかった物ばかり。いつか使うとか言って、捨てずにずっと放置されている。
仕事でこっちに来てからも、相変わらず趣味で楽しんでいるみたい。
「それで、なな。相談したいことってなにかしら?」
「あっ、えっとね」
わたしは持ってきた
お母さんは赤く彩られた
「進路調査?」
「そう。三年生のクラス分け調査でね、明日までに提出しないといけないの。でも、なんて書けばいいかわかんなくて、悩んでるんだよね」
「就職か進学か、文系コースか理系コースかねぇ?」
プリントに書かれた文字をお母さんは読み上げる。調査といってもまだ簡単なもので、名前を書いて、丸を一つか二つ付けるだけ。就職希望か進学希望か、進学希望の場合は文系コースか理系コースどちらを希望するか、というものだ。
お母さんは、困ったというよりも面倒くさそうに唇を
「これって、あとで三者面談とかあるの?」
「ううん。提出した後、先生と面談はあるけど、わたしだけだよ。親も一緒にするのは三年生になってからみたい」
「そうなのね」
お母さんはどこか安心したようにプリントをピラピラなびかせる。
「お待たせしました」
と、横から声がかかり、ウエイトレスさんが、さきほど注文したメニューを持ってきてくれた。
お母さんの前には、コーヒーとマロンクリームパンケーキが置かれる。三段のパンケーキの上に、モンブランのようにマロンクリームが乗っていて、周りを甘露煮の栗が囲んでいる。
わたしの前には、ココアとストロベリーチョコパンケーキ。同じく三段のケーキの上に、たっぷりの生クリームが乗って、周りをイチゴが囲っている。チョコソースがジグザグ状にかかっていて、さらにソースの入ったミルクポットも添えられ、お好みで追いかけができるみたい。
「「美味しそうっ!」」
思わずお母さんと一緒に声を上げ、スマホで写真を撮る。
地元だとこんな豪華なパンケーキのお店なんてなくて、カーくんはチョコ食べられないから作ってもらうのも気が引ける。
目の前の
「ん~っ、美味しいわね?」
「うんっ! ……って、美味しいけど、それよりも! わたし、進路決められなくて悩んでるんだよ。どうしよう、お母さん?」
パンケーキをいただきながら、お母さんに相談する。
あぁ、甘酸っぱいイチゴに、甘い生クリームとビターなチョコソースが合う。パンケーキはふわっふわだ。
「なな、悩んでるの? そう深刻には見えないけど」
「深刻に悩んでるよ! だって、友達はみんなもう決めてるんだよ?」
「友達って、ゆうちゃんのことでしょ?」
「うん。ゆうちゃんと、あとこの前友達になったって言ったひらりちゃんも、もうプリント出して、将来についても考えてるんだって。昨日、みんなで『野鳥公園』に行った時に話してたの」
「『野鳥公園』に?」
お母さんは、なぜか変なところで手を止めて、訊き返した。
「うん。昨日、『野鳥公園』でバードウォッチングしてたの。その時に、進路のことで話してたんだけど」
「その辺り、もうちょっと詳しく聞かせて?」
お母さんはナイフとフォークを置いて、片肘をテーブルに置き、頬杖をつく。
「だから、進路のことで、ひらりちゃんが『ななはどうするの?』って訊いて」
「違う違う、もっと前から。どうして、みんなとバードウォッチングしに行こうってなったの?」
そう訊いて、コーヒーを一口すする。
わたしもココアを一口いただく。温かくて、とっても甘い。
「えっとね、先週学校で、もう冬鳥が来てて見頃なんだよって話をしてたら、ゆうちゃんが見てみたいって言うから。ゆうちゃんとひらりちゃんと一緒に『野鳥公園』にバードウォッチングしに行ったの――」
わたしは昨日のことを思い出しながら、お母さんに話を始めた。
確か、『野鳥公園』にみんなを案内してすぐ、鳥について語っていたんだよね――。
* * *
突然ですが、ここで田浜ななの鳥レクチャー!
テーマは、今の季節にピッタリの「冬鳥のカモ類について」!
「秋から冬にかけて北から渡ってくる冬鳥のカモ類。川にいたり、湖にいたり、海にいたり、いろんな水辺の場所で見られるんだよね。開けた水の上でたくさんの種類が群れていて、小鳥みたいにちょこちょこ動かないから、初心者が観察するのにオススメの鳥だよ」
わたしたちはビジターセンターの二階にいた。野外で探し回るのもいいけど、寒い雨風をしのげて、なによりも鳥を驚かせないように造られた建物の中は、じっくり安心して観察することができる。
窓の外にはゴマを散らしたみたいに、海の上をたくさんのカモたちが浮いていた。みんなで双眼鏡を
「ななちゃん、手前にいるのは、なにガモ?」
ゆうちゃんは、小さめの双眼鏡を持ってきてくれていた。小学生の頃、一緒にバードウォッチングをしていた時に使っていた物だ。まだ持っていてくれたんだ。
「あれはヒドリガモだよ。オスは頭がモヒカンみたいにオレンジ色になってるの。さっきからしてる『ピューピュー』って笛みたいな鳴き声も、このカモだよ」
ヒドリガモは、この辺りだと川や海辺で一番見ることのできるカモだ。オスは体が灰色っぽくて、頭は茶色、そして額から頭頂部にかけてオレンジ色をしている。一方のメスは、全体的に茶色っぽくて地味だ。
「なな、その奥にいるのは? あの、頭が黒いカモ」
ひらりちゃんも、四角い箱を開けるとレンズが立ち上がる仕組みのオペラグラスを持ってきてくれていた。家にあったのを、親から借りてきたらしい。
「あれはキンクロハジロだよ?」
「きんくろ……なに?」
「キンクロハジロ。目が金色で、体が黒っぽくて、翼を広げたら白い帯模様が見えるの。だから、
「なるほど。そう言われると、覚えやすいわね」
ひらりちゃんが納得したように
あとキンクロハジロは、後頭部にボサァッとした黒い
「あっ、ゆうちゃん、ひらりちゃん。あっちの波消しブロックのところ、ミコアイサがいる」
わたしは指を差しながら、マイ双眼鏡を覗いた。全体的に白くて、目の周りと頭の後ろ、そして背中が部分的に黒い。
「あの白黒のカモのこと?」
「なんか、パンダみたいね」
「そう! ミコアイサのオスは、通称パンダガモって言われてるんだよ」
目の周りが黒くて、頭の後ろが黒いのはまるで耳みたいで、パンダそっくり。ちなみにメスは頭が茶褐色で、頬から喉は白色、体は灰色っぽい。
カモ類はオスが派手な色をして、メスは地味な色のものが多いんだよね。
「なんや、今日はやけに
三人で鳥を観察していると、背後から声が聞こえた。階段の下にミサゴさんがいて、靴を履き替え、こっちへ上ってくる。
「ミサゴさん、こんにちは!」
いつもなら休日は朝からいるのに、今日に限って姿が見えなかったから会えないかと思っていた。嬉しさが
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
ゆうちゃんは軽くお辞儀をして、ひらりちゃんは少し緊張気味に頭を下げた。そして、二人が同時にわたしの腕を小突き、耳もとでささやく。
「ななちゃんの知り合い?」
「だれ? 彼氏?」
「違う違う、ミサゴさんは、野鳥公園でボランティアをしているひとで、バードウォッチング仲間なんだ」
そう言って、わたしはミサゴさんを紹介して、ミサゴさんにもゆうちゃんとひらりちゃんを紹介する。
ミサゴさんは「初めてやな、お嬢ちゃんがヒトの友達を連れてくるんわ」と嬉しそうに耳打ちしてくれた。
トキたちとここへ来たのもいい思い出だけど、高校生になって『野鳥公園』に友達を連れてきたのは初めてだった。
それからもわたしは、二人の友達と、ミサゴさんと、そしてたくさんの鳥たちに囲まれながら、人生で一番楽しいバードウォッチングの時間を過ごしていた――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます