第8話 そんな、お留守番なのか!?
8-01 「そんな、お留守番なのか!?」-①-
それは、ななが遠い場所へ行く、一週間前のこと。
「修学旅行?」
ななは学校から帰ってきてすぐ、オレとカワセミとヤツを居間に集合させた。
円卓テーブルの前に座り、オレはななが口にした言葉を復唱する。
向かい合うななは、目をつむって、両手の平を顔の前で合わせた。
「そうなの、ごめん。わたし、すっかり忘れてて。みんなに言うの遅くなっちゃったの」
突然呼ばれて、一週間後に修学旅行があるんだと言われて、謝られて……。
オレは隣に座るカワセミと顔を見合わせ、首を傾げた。
すると、カワセミとは反対の隣から、ヤツの声が聞こえる。
「なな、『修学旅行』とはなんだ?」
そうそう、それを今、オレも
「あっ、そっか。ちゃんと説明しないといけないですよね」
合点のいかないオレたちの様子に、ななはようやく気付いたらしい。姿勢を正して、説明を始めた。
「修学旅行っていうのは、学校のイベントで、二年生全員で旅行に行くんです。高校の思い出作りみたいなもので、毎年わたしたちの高校では、北海道へ行くんですよ」
「ほっかいどうって、どこ?」
「北海道っていうのはね、えっと、確か今日、地理があったから……」
カワセミの問いに、ななは脇に置いてあった
「ここだよ」
開かれたページは、日本の地図。テレビの天気予報とかで見るから知っている。その一番上にある大きな島みたいな場所を、ななは指差した。
カワセミがテーブルから身を乗り出して眺め、ななのほうを見た。
「とおいの?」
「うん、結構遠いよ。今、わたしたちのいる場所がここ」
ななの指が、地図の真ん中より上辺りを指差す。さらに続けて、横へスライドする。
「それで、トキがいた佐渡が、ここですね」
「なに? だとしたら、北海道という場所は、飛んでもかなりの距離があるな。ヒトがどうやって行くんだ?」
「飛行機で行くんです。ほら、たまに空の高いところを飛んでるじゃないですか。あの乗り物に乗っていくんですよ」
「ほぅ。何度か見たことはあるが、アレに乗るのか……」
サドとか言われても、オレとカワセミはこの町を出たことがないから、距離感が
「で、そんな遠い場所に、いつまでいるんだ?」
話の腰を折って、オレは訊いた。
ななはこっちへ視線を移し、本題へと話を戻す。
「それが、三泊四日あって……。初日に家を出て、三日間泊まってきて、四日目の夕方に帰る予定なの」
「三日もいねぇのか?」
「うん。だから、みんなにお留守番させないといけないんだけど……」
そう言って、
申し訳なさそうな顔を見て、ようやく話が読めてきた。
修学旅行とかいうイベントで、北海道とかいう遠い場所へ、三泊四日も行く。その間、オレたちは家で留守番をしないといけないってことか。で、そのことをもっと早く伝えたかったけど、忘れていて、言うのが遅くなった。だから、さっき謝ってきたのか。
「なな、かえってこないの!?」
納得したところで、カワセミが悲しそうな声を出して、ななに訊いた。
「うん……。三日間だけね」
「いやっ。なながいないなんて、ボク、いやっ!」
涙目になって立ち上がり、ななのもとに抱きつく。
ななは驚いたように目を丸くして、困ったように眉を
「カワセミくん……。わたしがいなくても、トキもカーくんもいるよ?」
「いやっ……だって……」
震える声で言って、首を回し、ちらとオレとヤツを見て。
「なながいいーっ!」
ななの胸に顔を埋めやがる。なんだよさっきの、頼りがいがないと言わんばかりの目は……。
けど、正直オレも、ななにはあんまり遠くへ行ってほしくない。一泊くらいならまだしも、三日もいないのは、ちょっとな……。しかも、オレの知らない場所だし……。
「あっ、そうだ! だったらさ、オレたちもついていけばいいんじゃねぇか?」
我ながら良い案を思いついて、指を鳴らして言った。
オレたちもその北海道って場所に行って、ななと一緒に旅行をすればいい。そうすれば、留守番なんかしなくていいし、ななとずっといられる。
「えぇっ!? カーくんたち、どうやって行くの?」
「飛んでいけばいいだろ? だって鳥だからな」
「遠くて無理だよ……。渡り鳥でもないんだから」
「だったら、ななと一緒に飛行機に乗る!」
「えぇー……、でも、こっちは修学旅行なんだから、一緒には行けないよ?」
良い案だと思ったのに、ななは乗り気じゃないらしく、困ったように言葉を返す。それから、小さくため息を吐いて、
「やっぱり、行くのやめとこうかな……?」
「なんだ、やめられるのか?」
「うぅ~ん……。当日に、風邪引いたとか言って、休めばいいかな……? 留守にしたら、みんなのこと心配だし……」
ななはオレやカワセミに目を向け、肩をすくめて、笑みを浮かべる。
けど。
「ななは、どうしたいんだ?」
まとまりかけた話に、ヤツが
「えっ?」
「なな自身はどうしたい? その修学旅行に、行きたいのか? 行きたくないのか?」
オレはヤツに向かって、目をすがめた。澄ました顔で、じっとななのことを見ている。
ななは
「わたしは行きたい、かな。修学旅行って、高校で一度しかないイベントだから、ゆうちゃんと思い出も作りたいですし。それに、北海道自体、前から行きたいって思ってたんです。見られるかどうかはわかんないけど、地域固有の鳥とか、たくさんいるから……」
いつも鳥の話になると、「絶対見たいっ!」とかってテンションが上がるのに。今日のななはやけに控えめに話をする。不思議に思ったが、訊く前にヤツがまた口を開いた。
「だったら、行けばいい。俺たちを気にすることはない」
そう言って、今度はカワセミに視線を移す。
「ななにはななの生活があるんだ。あまり困らせるな」
優しくもなく、怒っているわけでもない、抑揚のないスカした声。
言われたカワセミはしゅんと肩を落として、ななから離れた。ななは苦笑いを浮かべながら、カワセミの頭を
視線を感じて隣を見ると、ヤツと目があった。なにを言うわけでもなく、なにかを促すような目つき。イラッとするぜっ!
「なんだよ、エラそーに! 汚ねぇ髪しやがって!」
「や、やめろ! 換羽中だと言っているだろ!?」
手を伸ばし、ヤツの髪を思いっきり掴んでやる。
前髪の一部だけ赤くて、残りは黒色だった髪は、黒髪が抜けて
「カーくん、ケンカしないで!」
ななが慌てて間に入ってきて、オレとヤツを引き離す。手は放してやったけど、ヤツを
ななは小さく息を吐き、それでも眉を開いて、ヤツへと顔を向ける。
「ありがとう、トキ。やっぱりわたし、行きますね」
そう言って、ななはヤツに微笑んだ。
ヤツも、乱れた髪を手ぐしで直しながら、ななを見て、口もとを緩めたように見えた。
その光景から顔を背け、近づいてきたカワセミを強引に抱き寄せる。
「でも、できるだけ準備はしっかりしておくから。カワセミくんもカーくんも、心配しないでね?」
そう言って、ななはようやくオレたちにも笑みを見せてくれた。
本当は、行かせたくなんかないけど。ななが行きたいっていうのを、無理に止めたくもない……。
なんとも言えない気持ちのまま、オレとカワセミはしぶしぶ
「よしっ、それじゃあ、今日の緊急会議は終了! カーくん、ご飯食べよう? わたし、着替えてくるから」
「う、うん」
ななは肩の荷が下りたようにピョンッと立ち上がって、鞄を持って部屋を出た。
なながいなくなって、オレは口を
ヤツは、こっちをちらとも見ずに、窓のほうをぼんやりと眺めていた。
* * *
ななが旅行に出発する当日。
オレとカワセミとヤツは、玄関でななを見送る。ななは靴を履いて立ち上がり、こっちへ振り返った。
「それじゃあ、行ってくるね。カーくん、教えたこと、頼んだからね?」
「おう! 任せとけ!」
ここ一週間、ななは留守中の家のことをオレに教えてくれた。普段はなながしている戸締まりの仕方や、ガス栓の閉め方、もしもの時の電話の使い方なんかを、オレにもできるように話してくれた。
ななのいない間、家のことはオレが仕切るから、頼りにされているんだな。
「トキ。カーくんのこと、頼みますね?」
「あぁ」
「カワセミくん。トキとカーくんのこと、お願いね?」
「う、うん……」
「って、なんだよ、それ!」
なんでオレは、ヤツやカワセミよりあてにされてねぇんだよ!
「なな……」
思わずツッコんだが、隣にいたカワセミがか細い声を出して、ななにギュッと抱きついた。こいつ、変なところで物怖じしないくせに、ななのことになると寂しがるんだな。この一週間、いつも以上に、ななに甘えていた。
ななもそれを理解しているのか、優しくその頭を撫でてやる。
「お土産買ってくるから、良い子にしててね?」
「ぜったい、かえってきてね……?」
「うん、大丈夫だよ。三日経ったら帰ってくるから」
ななは肩をすくめて笑い、やんわりとカワセミを離す。そして荷物を手に、玄関の戸を開けた。
「行ってきます」
ななはこちらを振り返って、片手を振る。
「……たのしんできてね」
カワセミが寂しそうに笑って、小さな手を小さく振った。
「気を付けて行けよな」
オレはカワセミを抱き上げて、ななに声を掛ける。
「……」
外へ出たななは、最後にヤツへ目を向けた。ヤツはなにも言わないし、手さえ振らない。ボーッと突っ立って、ななのことを見ていた。けど、ななはヤツと目が合うと、クスッと笑って、戸を閉めた。
いつものように
「なな……」
完全に姿が見えなくなってから、ぽつりと、カワセミが声を
ななに、カワセミが寂しそうだったら慰めてあげてって言われてるからな。オレは小さく息を吐いて、カワセミのことをギュッと抱きしめた。
「やっぱ、こっそりついていくか?」
「えっ!?」
パッと顔が明るくなり、オレを見上げるカワセミ。
けど。
「やめろ。行けるわけないだろう」
横から、冷たい声が飛んでくる。
「わかってるよ、んなこと。言ってみただけだ」
ヤツを睨みながら言い返した。カワセミが泣きそうで、オレだって寂しいから、冗談半分で言っただけなのに。ていうかコイツ、ここ一週間、いつも以上にスカしてるよな。
「……」
ヤツは、オレの言葉になんの反応もしない。玄関の戸を見やり、目をそらし、
「なんだよ、アイツ……」
今度は無視かよ。オレはカワセミと顔を見合わせた。
ヤツはなにも言わず、階段を上る音だけが、静かに響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます