7-04 「そうだ、修学旅行だった!?」-④-
それからも、修学旅行はおおむね順調に進んでいった。
二日目は、施設の見学や観光地巡りをして、ゆうちゃんやクラスのみんなと写真を撮ったり、美味しい物を食べたり、そこそこ楽しんでいる。
ただ、野咲さんはというと、特に変わらず。一人で行動して、二日目の夜もほとんど会話をせずにベッドに潜り込んでいた。
そして、修学旅行三日目。
今日はグループで自主研修の日だ。わたしは、ゆうちゃんとクラスの女子二人組、そして野咲さんの五人グループに入っている。
「ねぇねぇ、どこ行く? オルゴール館とかいいよね」
「運河の散策もオシャレだよね~? ゆうちゃんは、どこ行きたい~?」
「私は、お土産が買いたいかな」
パンフレットを広げながら、二人組とゆうちゃんは楽しそうに歩いていく。三人とも同じ部活だから仲が良いのだ。
わたしはというと、みんなの後ろについていきながら、レンガ造りの街並みをぼんやりと眺めていた。
「ななちゃんは、どこ行きたい?」
「えっ、えっと……」
ゆうちゃんに話を振られて、パンフレットに載った写真を見る、けど……。
「わたしも、お土産屋さん……かな?」
みんなと話を合わせて言った。本当は行きたい場所があるんだけど、ちょっと遠いし、あんまり楽しくないだろうから、言わないほうがいいだろう。
ゆうちゃんは小首を傾げたけど、ふとわたしのさらに後ろへ目をやった。
「野咲さんは、どこか行きたいところある?」
わたしの後ろを、少し距離をとって野咲さんはついてきていた。建物の壁に目を向けていたけど、こっちを見て、すぐにそらす。
「……別に」
そう小さく言葉を吐き捨てた。
「そう……」
ゆうちゃんは、寂しそうに肩を落として
「ねぇねぇ、ここ入ってみない?」
「オシャレ~。いろんなガラスが置いてあるよ~」
先に歩いていた二人組がお店の前で手を振ってわたしたちを呼ぶ。ガラスのお土産屋さんらしい。
「うん、いいよ。行こうななちゃん。野咲さんも」
ゆうちゃんは返事をして、二人のもとへと駆けていった。
* * *
お店の中は思った以上に広くて、ガラスの工芸品が所狭しと置かれている。お皿やグラスなどの食器類や、置物やステンドグラスなどのインテリア、髪飾りやペンダントなどのアクセサリーもある。
わたしたちはしばし分かれて、店内を見て回ることにした。
「そういえば、そろそろお土産買わないとね。なににしようかな……?」
独り言を呟きながら、わたしはフラフラと店内を歩いていた。ゆうちゃんはお土産を探して、食器類のコーナーを見ている。二人組はアクセサリーコーナーで楽しげに話していて、野咲さんはお店の出入り口付近に立っていた。
「お隣さんはお菓子にするとして。他は……食べられないから、物がいいよね。う~ん……」
やってきたのは、ガラスのインテリアコーナー。大きなランプカバーやステンドグラスから、小さな置物までいろいろ置いてある。特に、今の季節らしいハロウィンや、その隣にはクリスマスの置物がたくさん飾られていた。
「あっ」
商品を眺めながら歩いていたわたしは、ミニチュアの置物たちが並ぶ棚で足を止めた。
ガボチャやオバケ、サンタクロースやクリスマスツリーが並んでいるけど、その横には動物や鳥の置物があった。
……鳥! 思わず前のめりになって、商品を
「可愛いっ! ヒヨコにニワトリに……、これはフクロウ? いや、茶色っぽくて
一つ一つ手にとって、鳥たちを識別していく。丸っこくて、つぶらな
「どうしよう、全部買いたくなってきた……。けど、う~ん、どれがいいかな……?」
無駄遣いしないよう、お小遣いは少なめにしたから、いくらほしくても全部は買えない。
どうしよう。お土産を
なんて思っていた、その時。
「オレなら、これにするかな?」
不意に声が聞こえて、横から、わたしの目の前に手が伸びてきた。
「えっ?」
びっくりして顔を上げる。いつの間にか、右隣に知らない人が立っていた。
わたしと同じくらいの年で、クリーム色のはねた髪をした青年。黒いシャツに、赤色のフード付きコートを
「おっ、と……」
青年は、わたしが見ていた場所よりも左側に置かれている物が取りたいのか、さらに一歩こっちに近づいて、右手をぐっと伸ばした。バランスを取るように、左手をわたしの肩にのせる。
彼の着ている上着が、顔に当たった。なんか、すごく近いんだけど……。
「よし、取れた。これこれ」
青年はお目当ての物が取れたのか、手を引いて、わたしの目の前に持ってきた。
手のひらにあったのは、ガラスで作られた可愛らしいサンタクロースの置物。
とび色の瞳を輝かせて、それをじっと見つめる。
「赤い服に、白いヒゲ、ボンボンのついた帽子もある。サンタさんそっくりだぜ。なっ? お前も、買うなら絶対にコレがいいって!」
青年はわたしに詰め寄って、熱弁する。その吐息が、顔にかかる。しかも、わたしの肩はずっと
と、その時。
「こらっ! なにナンパしてるのよ! 相手が困って固まってるでしょ!」
「ぐはっ!?」
突然、どこからか女性の声が聞こえた。同時に、青年はなにかの衝撃を受けたみたいに左胸のついたポケットを押さえてよろめく。くるりとわたしに背を向けて、その場にしゃがみ込んだ。
「バ、バカ、こんなところでしゃべるなよ。バレたらどうするんだ?」
「バカはそっちでしょ! なに知らない女の子に声かけて触ってるの! セクハラで訴えるわよ!」
わたしに背を向けたまま、だれかと言い合いを始める青年。
わたしは今のうちに心を落ち着かせる。それにしても、青年の周りにはだれもいないのにだれと話しているんだろう。胸ポケットにスマホがあって、そのスピーカーから通話しているのかな。
「ほら、早く謝りなさいっ!」
「うぐっ!? は、はい……」
女性の声に、飛び上がるようにして青年は立ち上がった。わたしへと向き直り、背筋をピンッと伸ばして、九十度に腰を曲げる。
「ごめんなさい……」
しゅんとした声で謝った。青年の胸ポケットから、女性の声が聞こえる。
「ワタシからもごめんなさいね? この子、悪気はないんだけど、
「は、はい。大丈夫です」
わたしは姿の見えない声に向かって返事をする。胸ポケットから、胸を
「良かったわ。ところで、さっきからあなたと同じ服の人を何度も見たけど、どこかの団体さん?」
「はい。高校の修学旅行で来たんです」
「そうなの、いいわね。ワタシたちは買い物に来ただけなんだけど、この街は久し振りで、つい楽しくなってこの子がはしゃいじゃって……」
「はしゃいでるのは、オレよりもそっちだろ……」
女性の声を受けて、頭を下げたままの青年がブツブツと言った。けど、それを
「そ、それじゃあ、ワタシたちはこれで。せっかくの旅行中なのに、騒がせてごめんなさいね。ほら、さっさと行くわよ! 早くしないと、夕暮れまでに帰れないじゃない!」
「うっ!? わ、わかってるよ……」
青年はまた衝撃を受けたみたいに左胸に手を当てて、身体を起こす。声とスマホのバイブレーションが連動しているのかな。というか、さっき「同じ服の人を何度も見た」って言っていたけど、電話なのに外の景色が見えるのかな。
不思議な会話に、疑問符が次々と宙に浮く。
「あっ、最後に一つ」
と、考えていたら、突然右手を握られ、手が重ねられた。
「これ、絶対にオススメだから」
青年は破顔一笑して、手を離す。
渡された物は、サンタクロースの置物。ずっと握っていたからか、ガラスのそれはほんのりと温かい。
「じゃあな。素敵な旅を」
青年はわたしに手を振って、
「こ、こらっ! だからあなたは、何度言ったら……!」
「いてっ!? そこから殴るのやめろよ……」
女性の声と会話しながら、お店を出て行ってしまう。
「なんだったんだろう……?」
わたしはしばらく
目を落とし、自分の手もとを見る。渡されたサンタクロースが、可愛い笑顔でこっちを見つめていた。
「でも……、まぁ、いっか」
旅の出会いも思い出の一つ、って言うよね。
わたしはそのサンタクロースを手に、お店のレジへと足を運んだ。
* * *
「あれ? 野咲さん?」
レジの近くへ行くと、野咲さんがショーケースの前で店員さんと話をしていた。中を指差して、店員さんがなにかを取り出す。二、三、言葉を交わして、店員さんは商品をレジへと持っていった。野咲さんもそれについていく。
わたしは野咲さんの後ろについて、レジの順番を待った。
「では、一点で――」
店員さんが言う商品の値段を聞いて、わたしはびっくりして二度見してしまう。普通のお土産にしては高すぎる金額。野咲さんはためらうことなく、お札を数枚取り出して、店員さんに渡した。
「袋は、いいです……」
なにを買ったんだろう。気になって、肩越しから覗いてみる。おつりと、小さな長方形の四角い箱を店員さんは渡す。残念ながら、箱の中身は見えない。
野咲さんは商品を受け取り、財布におつりを入れて、こちらへと振り返った。
「野咲さん、なに買ったの?」
「えっ!?」
声を掛けると、野咲さんはわたしが後ろにいたのに今気付いたみたいで、間が抜けた声を出す。
「あっ、ごめんね、びっくりさせちゃって。なに買ったのかなーって、気になっちゃって」
「べ、別に、なんでもいいでしょ……」
そう言って、箱をスカートのポケットに押し込み、出入り口へと行ってしまった。
「お次のお客様、どうぞ」
「あっ、はい!」
店員さんに言われて、わたしは慌ててレジに商品を置いた。
首を伸ばし、さっき野咲さんが指を差していたショーケースを覗いてみる。そこには、ちょっと高価な指輪やネックレス、イヤリングといったアクセサリー類が飾られていた。
でも、それ以上はわからなくて、店員さんに
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