第7話 そうだ、修学旅行だった!?

7-01 「そうだ、修学旅行だった!?」-①-

 あっという間に夏休みが終わり、秋の涼しさがようやくやってきた今日この頃。

 お昼休み、わたしはゆうちゃんと一緒に、高校の中庭にあるベンチへとやってきた。枯れ葉の舞う木の下で、ひざの上にお弁当を広げ、お楽しみのランチタイムだ。


「ななちゃん、見て見て? うずらの卵で、鳥さん作ってみたんだよ? ななちゃんにあげるね?」

「な、なにこれ可愛いっ! ありがとー、ゆうちゃん!」


 目は黒ごま、くちばしはコーン、トサカはハムで作られたニワトリが、わたしのお弁当箱に乗せられる。

 今日もゆうちゃんは、ゆるくウェーブのかかった小鹿こじか色の髪を揺らして、大きな垂れ目でわたしを見つめる。高い鼻に、薄桃色に色づいた唇。美人で優しくて、おしとやかで芯もしっかりしていて、昔から男子にも女子にも人気者のゆうちゃんと親友でいられて、わたしは本当に幸せ者だよ!


「じゃあ、お礼に玉子焼きあげるね?」

「ありがと。ななちゃんのお弁当って、最近凝ってるよね? このハート型の玉子焼き、手作りなの?」

「えっ!? あ、う、ううん、作ってもらった……じゃなくて、作ってあるやつ、だよ! それよりもこのニワトリ、どうやって作ったの?」


 ご飯を食べながら、作り方の話で盛り上がる。

 それからも、わたしたちはいつものようにおしゃべりをしながら、お昼を楽しんだ。


「ななちゃん、聞いてくれる? 実は私、昨日、告られたの」

「えぇっ!? だれに、どうなったの!?」

「隣のクラスの男子。でも、全然知らない人で……。それなのにいきなり『ずっと好きでした』って言われても……。私のなにがわかるのっ、って、言ってないけど、丁重に断っちゃった」

「そっか。ていうかゆうちゃん、このパターン、高校入ってもう三回目だよね?」

「うん。そうなの~……」


 と、悩めるゆうちゃんの恋バナを聞いたり。


「ゆうちゃん、元気だして! わたしなんて、今日数学の宿題忘れちゃったり、体操服忘れちゃったりで、散々な午前中だったんだから」

「ななちゃんは……もうちょっと、忘れ物に注意したほうがいいと思うよ?」

「うっ!? で、ですよねー?」


 と、今日の失敗を優しくたしなめてもらったり。

 楽しく話をしていたら、あっという間にご飯を食べ終えてしまった。


「はぁ……。最近、家に帰ると、すぐに忘れちゃうんだよねー。う~ん、他にもなにか、大事なことを忘れている気がする……」


 ぼやきながら、ごちそうさまをしてお弁当箱を片付ける。

 まぁ、忘れる原因は、家にいる彼らのせいって、なんとなくわかっているんだけどね。


「ななちゃん、大丈夫? もしかして、宇宙人さんとの接触で記憶が……!?」

「ん? ゆうちゃん、なにか言った?」

「あっ、ううん。なんでもないよ」


 フルフルと首を振って、微笑むゆうちゃん。

 と、その時、視界の隅で、なにかが動いた。


「ケッケッ!」


 声がしたようへ目を向けると、中庭の芝生に一羽の鳥が舞い降りる。

 大きさは、ハトよりも小さく、ムクドリと同じくらい。全体的に茶色っぽく、お腹は白黒のまだら模様。目の上に、白い眉毛まゆげみたいなラインが入っている。

 芝生の上をピョンピョンと進んで、ピタッと立ち止まって胸をそらし、またピョンピョンして、ピタッと立ち止まる。あの動き……。


「ツグミだ!」


 思わず立ち上がって叫んだ。

 ツグミは秋頃に日本へ渡ってきて、春頃に去っていく冬鳥だ。稲刈りが終わった田んぼや草原などの開けた場所で見られて、だるまさんが転んだみたいな独特な動きをするのが特徴的。お腹のまだら模様は、個体によって入り方がさまざまで、全体的に濃い縞々しましまな子もいれば、薄い色の子もいる。


「ななちゃん、どうしたの? 鳥?」

「ゆうちゃん、ごめん、先に教室戻ってて!」


 今季初見のツグミ。学校内でバードウォッチングをするのは控えているけど、つい観察したくなって駆け出した。驚かせないよう、ゆっくり足早に、ツグミのもとへ向かう。ツグミはピョンピョンと校舎横を通って、建物の裏側へ行ってしまった。


「待ってー、ツグミー」


 小声で叫びながら追いかける。校舎の壁にそって歩き、角からチラリと、校舎裏へ顔をのぞかせた。


 そこにいたのはツグミ……ではなく、一人の女の子。


「あれは……」


 いろいろな植物が植えられている校舎裏。車一台がギリギリ通れる道はあるけど、いつも人気はほとんどない。そんな場所で、制服を着た女子が、一本の木を見つめていた。

 烏羽からすば色の髪は、左右で結ばれてツインテールになっている。小さくて人形みたいな顔を上げ、りがちな目は、枝から伸びる葉をじっと見ていた。


「同じクラスの、野咲のざきさん?」


 わたしは顔だけ覗かせたまま、言葉をこぼした。あんまり話したことはないけど、彼女は同じクラスの『野咲ひらり』さんだ。

 と、わたしの声が聞こえたのか、ハッと野咲さんは首を動かし、こちらへ視線を向けた。にらむような目つきに、思わず肩が上がり、角から飛び出す。


「あっ、ご、ごめん……、あっ……」


 わざとじゃないけど覗いていたのはこっちだから、謝ろうとした。けれども言う前に、野咲さんは背を向けて、足早に歩き出す。


「ななちゃーん! お弁当箱忘れてるよ?」

「あっ、ありがとう、ゆうちゃん」


 横から、わたしのランチバッグを持ったゆうちゃんがやってきた。バッグを受け取って、もう一度校舎裏に目をやる。

 けど、そこにはもう野咲さんの姿は見えない。


「鳥さん、いた?」

「あっ、ううん。飛んでいっちゃったみたい。教室、戻ろっか?」


 そう言って、わたしとゆうちゃんは、自分たちのクラスへと向かった。



*   *   *



 教室に戻っても、野咲さんの姿はなかった。クラスの他の女子たちは机をくっつけて、一か所に集まってなにかしている。どうしたんだろう?


「あっ、ゆうちゃーん、田浜さーん! 来て来てー?」


 と、手招きされて、わたしたちも輪の中に入る。

 ゆうちゃんが首を傾げて、話しかけてきた女子にいた。


「どうしたの?」

「来週の、バスの席順とかグループ割りとか部屋割りとか話してるの。ゆうちゃんたち、希望ある?」

「私たちはどこでもいいよ? あっ、でも、ななちゃん車酔いしやすいから、バスは前のほうがいいかな」

「オッケー。あとね、お願いなんだけど――」


 ゆうちゃんたちは、四角く仕切られた紙を見ながら話を進めていく。一方のわたしは、話についていけずにポカーンと固まっていた。

 バスの席? グループ割り? 部屋割り? どこか遠足にでも行くのだろうか。

 紙の上に書かれている大きな文字を目で追う。


『修学旅行』


「ああっ!?」


 思わず叫んでしまい、周りにいる女子たち、いや、教室にいる全員がわたしに注目してしまう。


「ななちゃん、どうしたの?」

「あっ、い、いや、なんでもない! ごめんっ!」


 一番近くにいたゆうちゃんが、驚きながらも声を掛けてくれる。わたしは慌てて首を横に振って、両手の平を振ってみせた。けれども、自分自身の忘れっぽさに、内心、動揺が隠せない。


 高校二年生の最大イベント。三泊四日の北海道修学旅行を、一週間前にもかかわらず忘れているなんて……。


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