4-07 カワセミくんのトリセツ②

 ネコたちをお隣さんへ返してきた後。

 わたしたちは気を取り直して、カワセミくんの狩りの練習へと出発した。

 家を出発して、田んぼ道を山へ向かって歩いていく。林道に入り、しばらくして道をそれ、草をき分けた先。


「みんな、ついたよ!」


 辿たどり着いたのは、山の中を流れる渓流。

 昔よく夏休みに叔父おじさんに連れられて、お兄ちゃんやいとこたちと川遊びをしていた場所だ。


「懐かしい~、久し振りに来たけど、全然変わってない」


 わたしはそばにある大きな岩に上って、辺りを見渡した。

 小さい頃はこの岩から川へ飛び込む遊びをしていた。この辺りの水深は、浅すぎず深すぎず。川の流れも緩やかで、もし流されたとしてもすぐに浅い場所になるから、安全に川遊びができる。って、叔父さんが言っていたのを思い出す。


「おっ、魚もいるな!」

「お魚!? どこどこー?」


 カーくんが川を指差して言う。トキに抱っこしてもらっているカワセミくんも、身を乗り出して川を見つめた。


「ここなら人は滅多に来ないから、翼を使って、思いっきり練習ができるよ?」


 わたしは岩から降りて、カワセミくんに言った。そして、ポケットからスマホを取り出す。良かった、電波はちゃんと届いている。


「ところでさ、狩りの練習って、だれが教えるんだ?」

「トキー、お魚とれる?」

「俺はこんな深いところでは無理だ。泳いでいる魚を捕るのも、得意ではない」

「あっ、あった。カワセミくん、これ見て?」


 わたしはスマホの画面をカワセミくんへ向ける。三羽が興味津々に、それをのぞき込んだ。


「あっ、ボクとおなじ!」

「こいつ、カワセミか?」

「そう、ネットに上がってたカワセミの飛び込む動画。これを見て、狩りの仕方、勉強できないかなって」


 さすが野鳥界のアイドル。検索するとたくさんの動画が出てきた。中にはスローになって、飛び込む瞬間がよくわかるものもある。


 本来のカワセミは、親が獲物を捕る姿を見て、自分でも捕れるようになるらしい。でも、わたしは魚を捕まえることはできないから、お手本にはなれない。トキやカーくんも、カワセミみたいな捕り方はしない。だから、例え映像でも、本物のカワセミを見せて、捕り方を覚えてくれればいいんだけど……。


「わかる、カワセミくん? こう、ねらいをつけたら、くちばしからズバッて行って、バッて上がってくるの」

「……?」

「えぇっと……、こう、ズバッ、バッ、って……」


 片手でスマホを見せながら、もう片方の手でくちばしの形を作って真似まねをしてみる。カワセミくんが口を三角にして首を傾げた。カワセミくんを抱くトキも、不思議そうな顔でわたしを見つめる。うぅん……説明が全然伝わっていない?


「大体わかったぜ、なな! よしっ、カワセミ見てろよ? オレが手本になってやるからな!」


 そんな中、カーくんだけが自信満々に、さっきわたしが上っていた岩に飛び乗った。


「あっ、待って、カーくん!?」


 わたしの制止も聞かずに、翼を見せて広げ、岩の上から足をり。


 バシャーンッ!!


 川の中へと、頭から飛び込んだ。


 ……数秒後。


「ぶへっ!? あれ、なんでだ、全然捕れねぇ!? ていうか、上がれねぇんだけど!?」


 川の中から顔を出したカーくんが、飛び上がれずに手足と翼をばたつかせる。


「カーくん、大丈夫!? もう、急に飛び込まないでよ?」


 これは、の真似をするからすならぬ、カワセミの真似をするカーくんになっている……。

 わたしは水際から手を伸ばして言った。

 その後ろで、トキがぽつりとつぶやく。


「あぁはならないように、まずは練習するしかないな」

「うん! カーくんみたいにならないように、ボクがんばる!」

「お前ら、今オレのことバカにしただろ!? つーか助けろよ!」


 こうして、カワセミくんの狩りの練習がスタートしたのだった。



   *   *   *



「まずは、着水と離水の練習からだ」

「えっ? お魚、とらないの?」

「魚が捕れたとしても、水から飛び上がれなければおぼれてしまうだろう?」

「うぅ……、お魚……」


 トキの説明にカワセミくんががっくりと肩を落とす。ちなみに、カワセミくんはさっき着替えて、水着になっている。わたしがこの前、ホームセンターで買ってきたものだ。

 そして、カーくんは……。


「へっくしょんっ! うぅ……寒ぃ……」

「大丈夫? もう、服着たまま飛び込むから……」


 川原にて、上半身裸で震えていた。れた服は近くの木に掛けてある。わたしは持ってきたトートバッグの中からバスタオルを取りだして頭にかぶせてあげた。こんなこともあろうかと、多めに持ってきて良かった。


「じゃあ、いくよ?」

「あぁ。まずは思うままにやってみろ。意外と本能でできるかもしれない」


 カーくんを介抱している間も、トキのレクチャーでカワセミくんは岩から飛び立った。

 翼を広げ、川の周りをくるりと回って、狙いを定めるように空中で止まった一瞬。

 そのまま垂直に、川の中へと飛び込んだ。


 バシャッ!


 着水はなめらか。カーくんが飛び込んだ時よりも、全然水しぶきが上がらなかった。

 けれど。


「ぱふっ。お魚とれないー。……あれ?」


 水から顔を出すカワセミくん。そこから空中へ飛び上がれないのか、翼をバタバタさせる。


「最初から魚を捕りに行くなと言っただろう。それにこの姿だと、鳥の時と少し勝手が違うんだ。もう一回やってみろ」


 そう言って、トキが水際から手を伸ばし、カワセミくんを引き上げる。


「……あいつって、あんなに面倒見いいやつだったか?」


 バスタオルで頭をいていたカーくんが、トキを見ながらぼそりとつぶやいた。

 確かに、今日のトキは一段と気合いが入っている。今も自分の経験を生かして、熱心にアドバイスしている。

 真面目な性格だから、というより……。


「早く自分で捕れるようになれ。そして、今までお前が食べたドジョウの分は、返してもらうからな」

「えっ、ボクおぼえてないよ?」

「心配するな。俺は忘れない」

「トキ、こわい……」


 トキが恨めしい目でカワセミくんを見つめた。育ち盛りのカワセミくんにいつも食べ物を奪われて、いや、分け与えているトキ。最近体重が減ってきたって悩んでいたからね……。


 それからも、わたしたちはみんなでカワセミくんの狩りの練習を手伝ってあげた。


 そして、一時間後――。


「おっ! なんだこの赤い実? なな、これ食えるか!?」

「待ってカーくん! 今、キビタキの声が聞こえたの! どこ!? どこにいるの、キビタキ!!」

「お前ら、絶対遊んでいるだろう……」


 川原で走り回るわたしとカーくんに、トキが冷たい視線を向けてきた。


「ち、違ぇよ! オレは変な物が流れてきてカワセミにぶつからないように、見張ってんだよ!」

「そう言って下流にいるだろう……」

「わたしだって、ヤマセミとかアカショウビンとかいたら、カワセミくんに教えてもらえないかなって探してたんだから! ……あっ今の声は、オオルリ!?」

「…………はぁ」


 こずえから聞こえる夏鳥たちの声に、条件反射して双眼鏡を向けてしまう。こ、これもトキがしっかりとカワセミくんに指導してくれているおかげだよ? トキのため息は、聞こえなかったことにしておいた。


「とれたーっ!」


 その時、何度目かの水の跳ねる音がして、カワセミくんの声が聞こえた。

 双眼鏡を下ろすと、カワセミくんがこちらへ駆け寄ってくる。


「ななー、とれたよー!」


 そう言って、両手でつかんだ一匹の魚をわたしに見せてくれる。


「えっ? カワセミくんが捕まえたの?」

「たまたまだ。カワセミが飛び込んだ時に、驚いた魚が跳ねて岸に上がったんだ」


 カワセミくんの後ろからトキもやってきて、そう説明する。たとえ偶然でも、カワセミくんはうれしそう。わたしは、カワセミくんの髪をでてあげた。


「良かったね、カワセミくん」

「うん!」


 カワセミくんがにっこりと笑ってうなずいた。そして、魚を見て、わたしを見て、急にもじもじして。


「なな、どうぞ?」


 手に掴む魚をわたしに向けて差し出した。


「……えっ? いや、これはカワセミくんが捕まえた魚だから、カワセミくんが食べていいよ?」

「で、でも、ボク……」


 なぜか恥ずかしそうにそわそわするカワセミくん。わたしに向けられた魚は、パクパクと口を動かしビチビチと尻尾を振っている。

 カワセミくん、どうしたんだろう。というか、どうすればいいの、この状況。

 悩んで、トキに助けを求めようとした、その時。


「カワセミぃー、なにやってんだ? そういうのは、もっとオトナになってからやろうなぁ?」

「わっ、カーくん!?」


 やってきたカーくんが、カワセミくんをひょいと抱き上げた。


「そんなにだれかにあげたいなら、オレが食ってやろうか?」

「だ、ダメ! これはボクのつかまえたお魚!」


 妙な笑顔を見せながらカワセミくんを抱きしめてカーくんが言う。カワセミくんはじたばたともがきながら、首を必死に横に振った。トキはそんな二羽を不審げな面持ちで見つめる。


「カーくん、横取りしちゃダメだよ? カワセミくんが捕まえたんだから、カワセミくんに食べさせてあげて?」

「はーい、わかってるよ」

「トキも、いいですよね?」

「あぁ。俺はドジョウ以外に興味はない」


 カーくんがカワセミくんを降ろしてあげて、トキもこくりと頷いてくれる。カワセミくんは少し悲しげにわたしを見つめている。わたしはそんな頭をもう一度撫でてあげた。


「せっかく初めて捕まえたお魚なんだから、カワセミくんが食べていいよ? これを食べて、もっと捕まえられるようになって、早く独り立ちしようね?」


 そう言うと、カワセミくんは微笑み、うんと首を縦に振った。それを見て、わたしも顔がほころぶ。


「じゃあ、いただきまーす!」


 可愛い声でそう言って……、ここから食事シーン!?

 わたしは慌てて百八十度回転をした。見たくないものは見ない。鳥たちとの共同生活でわたしが学んだことの一つだ。

 で、でも……。


 ベシッ! ベシッ! ベシッ! ベシッ!


 この、岩になにかをたたきつけるような音は……。

 背後から、カーくんの引き気味な声がする。


「カワセミ……、なにやってんだ……?」

「えっ? こうすると、たべやすくなるんだよ?」


 ベシッ! ベシッ! ベシッ! ベシッ!


「……前から思っていたが、お前はいろいろと容赦がないな」

「えっ? ダメなの?」


 トキの呟きに、可愛いカワセミくんの声が答えた。


 鳥のカワセミは、捕まえた獲物が大きいと、くちばしで掴んだまま岩に叩いて食べる。叩くことで、獲物が動かなくなり、骨も砕けて食べやすくなるらしい。

 これは本能の行動だったのか。あの可愛いカワセミくんが、こんなこと……。鳥の時は見ていられるのに、人の姿になった途端、恐ろしくなるのはなぜだろう。


 わたしは心が折れそうになり、静かに耳をふさいでいた。



   *   *   *   *   *



 これで今回は最後、『田浜ななの脳内妄想ミニ鳥レクチャー』!


*ヤマセミとアカショウビン

 ブッポウソウ目カワセミ科

 ヤマセミ・アカショウビン・カワセミ、大・中・小の自称しょうびん三兄弟。

 しょうびんとは、江戸時代に呼ばれていたカワセミの別名。

 ヤマセミは、キジバトよりも一回り大きく(全長約三十八センチメートル)、全体に白黒のまだら模様。

 アカショウビンは、ヤマセミとカワセミの中間くらい(約二十七センチメートル)で、全体に橙褐色。夏鳥で、薄暗いところを好み、雨の日によく姿を現す。「キョロロロロ」と鳴く。美声。

 アカショウビンは、その姿や雨の日によく鳴き声が聞こえることから、「火の鳥」「雨乞い鳥」と言われることもある。また、さまざまな伝説があり、一説には火事にあったカワセミが、水がなくて焼けてしまった姿、とうわさされている。

 ……これは、カワセミくんには内緒です。でもそんなミステリアスな鳥もわたしは好きだよ!

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