第149話 噂

 男は近寄るべからず。

 一時の幸福のために全てを捨てる覚悟があるのならば、自己責任で見てみるがいい。

 千差万別、己に見合った好みの女性がいるであろうーーー。


 これは魔族側で流されている魔王ローズフィリップの謳い文句である。

 配下は全て女の魔族であり、男は姿を見せただけでも処刑される。


 だが、ルックスに自信のあるものであれば、処刑されるのではなく捕らえられ、女の慰み者として一生を終えることとなる。


 女の慰み者。


 よくある展開とは真逆だ。


 この場所では完全な女尊男卑の世界が構築されており、魔王ローズフィリップの前においては如何なる男も実力を発揮できずに犬に成り下がる。

 その理由として知られているのは、魔王ローズフィリップが使う幻惑魔法にあるという。


 この幻惑魔法は男にしか通用しないものであるが、その催眠能力は強力なもので、自分がいつ催眠にかけられたのかすら自覚出来ないという。

 催眠にかけられた男達は、魔王のお眼鏡にかからなければその場で処刑され、魔王の目に止まったものはそのまま慰み者として一生を過ごすことになる。


 そしてそれは魔族、人類問わずだ。


「厄介なのは、男は魔王ローズフィリップとは直接戦えないこと。討伐はリー、ランネル、アイラの3人に任せて、ミナトとレインフォースとアリゲイトは3人を無事に魔王の元へ運び込む事を意識してほしい」

「でもさ、魔王の所なんてそんな簡単に行くことなんてできなくね? そん警備がガバガバなわけないし」

「その点は大丈夫。ミナトには話したけど、僕達は魔王ジェイドロードに協力している立場にある。そのツテで魔王ローズフィリップの領土にいる魔族が手引きをしてくれる手筈になっているんだ。それに従っていけば魔王ローズフィリップがいる国までは侵入できるはずだよ」


 魔王が魔王を討伐する手助けをするってのか。

 魔族の情勢に詳しくはないけど、仲が悪かったりするのかな?


「ジェイドロードはどうしてローズフィリップを討伐したがってる?」

「被害が出ているからだろう。ジェイドロードとしても自分の所の兵隊が流れていくのが気に食わないんじゃないのか? 例えそれが本人の意思であったとしてもな」


 《剣聖》がフンと鼻で笑いながら言った。


「僕が聞いた話では、ツォルクが言ったこともそうだけどサンクリッド大陸に繋がる遍路が欲しいといった所みたいだよ。人間の奴隷を仕入れるために航路を築きたいんだと。ローズフィリップは領土内を通ることすら許していないみたいだから」


 要は事業拡大を狙っているということか。

 ジェイドロード側としては人間の『裏』との貿易を行えればいいわけだけど、ローズフィリップ側がその行き来すら許さないと。

 魔王同士は協力しないとは聞いていたけど、ここまで露骨なものだったなんて。


「ただ、ジェイドロードとしては自分の兵隊を動かしてまでローズフィリップと表立った戦争をしたいわけではないから、協力体制にある僕らに依頼をしてきていたってわけさ」

「魔王の考えは分かるけどさ、ガルム達にとってはマイナスにしか働かなくないか? たったこれだけの人数で魔王の一角を倒そうなんて無謀だと思うけどな」

「魔王からすれば協力体制を取っていると言っても、所詮は人間。例え失敗してこちらが全滅しようがジェイドロードは一切痛くも痒くもないんだ。それに、依頼を拒否しようものなら奴らは必ず報復をしてくる。協力体制なんて聞こえの良いことは言ってるけど、実際の僕達の立場はとてつもなく弱いんだ」


 まるで嫌な上司みたいなやつだな。


 まだ仕事が残ってるんだけどさ。

 え?

 いやいや、俺からは何も言えないけどね?

 残業しろなんてとてもとても。

 でもやっぱ君の意気込みみたいなものが……ね?

 無理だったらいいんだ。

 無理に残業しろなんて、俺の口からは言えないし。


 みたいなね。

 はぁ? つって。

 選択肢を出している気になってるけど、実際には一択問題でしかない奴。


「万が一討伐が厳しそうであれば、ミナト達は戦線を離脱してサンクリッド大陸へと目指してくれて構わないよ」

「え? いいの?」


 俺はきょとんとした。


 今までの話の流れだと、討伐するか死ぬかみたいな話だと思っていたから、逃げるという選択肢が頭の中から消えていた。


「勿論だよ。それはレインフォースにも話しておく。そもそもジェイドロードも無理難題をふっかけてきているのは承知なんだ、今回失敗したとしても特にお咎めはないはずさ」

「失敗は良くても拒否はダメ…………そういうもんかぁ……」

「…………ククク」


 不思議と《剣聖》が笑った。


 何でこのタイミングで笑ったんだ?

 何かあるのか?

 めちゃくちゃ不穏な気しかしない。


「……何か隠してる?」

「お咎めなし、か。そりゃあ失敗してもジェイドロードからのお咎めはないだろう」

「なぜですか?」


 《剣聖》はニヤニヤとするだけで話そうとはしない。

 ガルムに目線をやるも、ガルムも話すつもりはないようだ。


「おいおい、ここにきて俺を騙したりするつもりじゃないよな」

「まさか! 僕が今までミナトを騙したことがあるかい!?」

「この世界に来た初っ端から」

「わはははは! 言われてるじゃないか元勇者」

「失礼しちゃうよ全く。でも、ミナトを騙すような事はしていないから安心してよ。これは神にも誓える」


 この世界における神が偽神とかいう名前だったりしないよな……。


 ともかくとして、俺は魔王討伐の準備を進めていくのであった。

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