第148話 刀匠

 カーン、カーン、カーン。


 鍛冶場において一人の職人が刀を打っていた。

 その顔は険しく、まるで一人の人間と真摯に向き合おうとしているかのようである。


「朝は何時に起きているんですか?」

「………………」


 インタビュアーの言葉も耳に入らないほど集中している。

 物を大事にしていれば魂が宿ると言うが、製作者もまた、自分の作り出すものに魂を込めているのだろう。


「1つ作るのにどれぐらい時間がかかりますか?」

「………………」


 言葉では言い表せないほどのようだ。

 時間がかかるものが必ずしも良いとは一概に言いきれないが、一切の手を抜かない彼の場合は、時間をかけたものほど良いものであると言えるだろう。


「他に趣味とかってあるんですか?」

「………………」


 沈黙は答えなりとはよく言ったものである。

 わざわざ答えるまでもなく職人にとって他の無粋な趣味など…………


「ミナト、すごい邪魔してるから」

「え?」


 ガルムの言葉に賛同するかのように、一際大きな音でカーン! と鳴った。


 俺は現在、《刀匠とうしょう》ガリレオの元に来ていた。

 預けていた雷鳥を引き取るためだ。


 ちなみに今打っているのは新作の刀のようで、雷鳥は既にメンテナンスが終わっているようだが、仕事中に話しかけると刃物を投げつけられるらしい。

 刃物投げすぎだよこの組織。


「軽空石っていう素材だっけ? すごい珍しいんだろ?」


 雷鳥は軽空石という、とても軽い石を加工して作られているようだ。

 軽さも驚くべき部分だが、それよりも着目されるべき点はその硬さにある。


「滅多にとれるものじゃないからね。何より、本来であれば加工できる様な代物じゃないし」

「じゃあなんでガリレオは加工できるんだ?」

「そこが、彼が刀匠と呼ばれてる所以だよ。彼は炎魔法の火力を高めて、そこに治癒魔法の派生である細胞変異の魔法を加えることで、物質の形状を変えることができるんだ」


 細胞変異というのは透過魔法と種類は同じだという。


 オリジナル魔法とはまた違うが、軽空石を加工するには高火力の炎と細胞変異の魔法を同時に加える必要があるんだと。


「炎魔法もかなり練度が高いよ。あそこまで極められるのは魔者のレッカ族ぐらいかと思ってたけどね。人間の執念は恐ろしいよ」

「あの魔法をそのまま使えばガリレオも戦えるんじゃないの?」

「知っての通り彼は職人気質だからさ、自分の仕事以外で魔法を使うのはNGなんだって」

「気難しい性格してんなぁ」


 俺なんて使える物は何でも使う主義だけどね。

 落ちてる木の棒を杖にしちゃうタイプだから。


「完成だ」


 最後の一打ちを終えたガリレオが汗を拭いながら一息ついた。

 ここぞとばかりに俺とガルムは彼に近づいた。


「ガリレオ、彼の雷鳥を受け取りに来たよ」

「……ああ、少し待ってろ」


 そう言って奥に引っ込んだガリレオは、雷鳥を持って戻ってきた。


「特に異常は無かった」

「おお、ありがとうございます」


 お礼を言って剣を受け取ろうとした俺の手首を、ガリレオはガシッと掴んできた。


「本来手入れは必要ないものだが、せめて血ぐらいは拭け。剣が泣く」


 ギュウゥゥッと強く掴まれた。

 痛い痛い。


「……了解ですっ」


 パッと手を離してくれた。

 怒らせたら怖いタイプだなこの人。


「怒られたね」

「お前のせいだ」

「え、何でよ」

「なんとなく」

「じゃあ何なのこの不毛な会話」

「俺なりのコミュニケーション」

「下手くそすぎでしょ」


 などとくだらない話をしている間に、ガリレオはまた作業を始めてしまった。

 邪魔をしないように、俺達は鍛冶場から離れた。




 屋敷に戻るとアイラや《魔女》が庭で、特訓の最後の総仕上げをしていた。

 水魔法で周りを大きく囲む練習のようだ。


 村でいじめっ子に使っていた時は、水で包み込んで溺死させるかのような魔法だったが、今行っているのは、中の部分をくり抜いているかのような魔法だ。

 これを何に使うのかは分からないが、魔力操作のバリエーションが増えているのはいいことだ。


「そこでもっとブワ〜っと! グルグル回してパンッ! だよ!」

「アヤメちゃん! 全然分からないよそれ!」

「渦を作って中の水を外に逃がしていく要領よ。そうそう、そんな感じね」


 《創造》は完全感覚派だな。

 説明が全部擬音だし。


 俺達はアイラが成功するのを見届けてから屋敷の中へと入っていった。


 居間に入ると、《剣聖》が椅子に座りくつろいでいた。

 それにしてもよく座ってるなこの人は。

 おじいちゃんだからか。


「剣は受け取ったのか?」

「ええ、この通り」


 鞘から少し出して刀身を見せた。

 姿が映るほど綺麗で、とても石でできているとは思えない。


「軽空石で作られた刀か」

「雷も通すから俺にピッタリなんですよ」

「でもそれ、通すのは雷だけじゃないんだよ?」

「え、マジで」


 ガルムに手渡すと、ガルムは雷鳥に火を纏わせた。


「マジじゃん」

「しかもこれって別にマスター級の魔法じゃなくてもできるからね。軽空石は魔法を通す素材だから」

「知らなかった……」


 シャンドラ王国の警護隊の人が剣に炎を纏わせていたけど、あれはマスター級の魔法を使っていたっけかそういえば。

 この剣はそれを誰でも可能にするってことか。


「良い剣だな。さすがはガリレオだ」

「剣聖が持ってるのもガリレオが打ったやつなんだよね」

「そうだ。剣に自信のない奴が使えばすぐに折れるだろう」


 刀身が限りなく薄いやつだ。

 水平にされたら全く見えない。

 扱い辛さで言えばトップクラスだと思う。


「あ、そうだ。ミナトには魔王ローズフィリップの特徴なんかを話しておくよ。知ってるのと知らないのとじゃ全然違うから」

「それもそうだな。大した知識持ってないし」


 やらしい話だったりしないかな。

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