第105話 指揮官

 眼下に広がるは一面荒野の壮大な景色である。


 高台から『開戦区域バルフィード』を見下ろすのは、今回の戦争において連合軍の指揮を任されたゼルビア王国の王国騎士隊長ジェラード。


「敵陣はほぼ真っ青だな…………」


 幾度も魔族との戦争で指揮を執り、全てにおいて勝ち星を飾ってきた彼でも、初めて目にする下級魔人の大軍勢に目を見張った。

 こちらが攻撃を仕掛けることは敵にも知られていることであり、既に敵が準備しているというのは予測できたことだが、流石に魔人の数が多すぎる。


 こちらの軍は8つの国を合わせた連合軍であり、総勢5000人程度である。

 それに対し魔族側は、ここから見える限りでも1万に近い魔人の軍勢が『開戦区域バルフィード』の手前に広がっている。

 こちらの人数の約2倍だ。


「数の暴力によって魔族が攻め込むのはいつものことだが…………これは少し多すぎやしないか? こんな大規模な戦争は初めてだ。個の戦闘力でも数でも負けている状況……いささか分が悪いな」


 あの人数を一度に攻め込まれた場合、こちらは第一陣を突破された瞬間にほぼ壊滅する。

 下級魔人を削るならば遠距離からの攻撃が肝になるのだ。


 それはジェラードも分かっていることだが、こちらの魔法使いの数にも限りがある。

 5000人全てが上級魔法以上を使えれば問題ない話だが、そんなことができていれば魔族との戦いがここまで長引くこともない。


 数が少ない陣営の戦い方。


 何百というパターンを想定する。


 まるで詰み将棋のように、相手の詰み筋を消していく。


「キーとなるのは討伐大隊か……。1万もの軍勢は魔王シルバースターといえども余裕はない数だろう。最終的に王を取れればこちらの勝ちだ」


 もちろん、浮いた駒は討伐大隊だけでないことはジェラードも理解している。


 この作戦の1番の肝は3代目勇者である。


 最終的に彼らを魔王シルバースターの元まで運ぶことができれば、我々のやるべき事の8割は完了したと言える。

 どのタイミングで勇者一行に最前線を外れてもらうかが重要になる。


「ジェラード総指揮隊長、我が軍の戦闘準備が整いました」

「うむ、そのまま待機させろ。間も無く戦闘を開始する。敵が進軍してくるよりも先に、こちらが動き出すのだ」


 開戦は近い。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「今回のクエスト参加は……126の討伐隊、合計643人の討伐者か。大した数が集まったな」


 討伐大隊の指揮を任されているA級討伐隊『バックドラフト』リーダー、スプライトは『開戦区域バルフィード』から少し離れた位置に集まった討伐隊を見て、感嘆の声を上げた。


「これは緊張するなぁウーリー」

「緊張するのは構いませんけど、ギルドから直接指揮を任されているのですから、それなりの仕事はして下さいね」


『バックドラフト』の副リーダーであるウーリーと呼ばれる女性は、スプライトの秘書のようにも見えるがA級討伐者として名を馳せている。


「よーしお前ら全員聞け。俺は『バックドラフト』のリーダーで今回の戦争の指揮を任されたスプライトだ。俺達討伐隊は、国の兵とは違って今回の戦争に強制力はない。それでも、自分達の生まれた国を守りたい奴ら、自分の名声を上げたい奴ら、様々な思惑があると思う。魔王を討伐してやろうなんて考えてる奴らもいるかもしれない………………いいじゃねぇか。国が魔王討伐のために動いてくれるなんてことは、滅多にないことだ。魔王を倒すことができるのは勇者だけじゃねぇ、魔王討伐は俺達にも出来ることだ。今回のチャンスをものにしようぜ!」


 討伐者達が奮起する。

 ここにいるのは皆、志願兵だ。

 誰一人として戦いにビビっているものはいない。


 否、一人だけ思惑が違う人物がいる。


 名声を求めるでもなく、魔王討伐を掲げるでもなく、周りの流れに便乗してこの戦いから離脱して、シャッタード都市に向かおうと考えている人物が。


 だが、その人物こそが今回の戦争の鍵となるであろうことはまだ誰も知らない。


「さぁ行こうぜ」


 戦争が始まる。

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