第70話 青海龍の洞窟8

 上級魔人に迫ったのは俺じゃなかった。

 臨戦態勢に入った奴に対して、俺よりも先に飛び出した人物がいた。


「八代さんに出来ることが、私に出来ないわけがありません!」


 辰神たつがみ英治えいじだ。

 俺が向かうよりも早く、剣を抜き、魔法を放った。

 詠唱せずとも魔法を放ったということは、エージはマスター級の魔法を扱うことができるということだ。


「炎に焼かれろ!」

「ダメですエージ様!」


 放たれた炎魔法は上級魔人に届く直前に弾け消えた。

 いや、消えたように見えたが、実際は上級魔人が目に見えない速さで振った剣圧によって掻き消されただけだ。


「はあああああ!!」


 エージが放った一撃は完全に防がれ、そしておぞましいほどの連続攻撃が上級魔人から浴びせられる。

 その動きに何とかついていこうともがく姿が見えたが、健闘も虚しく斬りつけられていく。


「わ、わああ、あああああ!!」


 剣を持っていた右腕が飛んだ。

 血飛沫が舞い、持ち主の体から離れていった。

 その瞬間、上級魔人とエージの間に巨大な土の壁が出現した。

 詠唱する時間なんてなかった。

 ましてやエージにその余裕もなかったはずだ。


 ゼロが魔法を使っていた。

 協力するわけではないとは言ったものの、目の前で人が死ぬ様は見たくなかったのか。

 青海龍と戦っていた時も討伐隊を助けていた。


「あああああああああ!!! 腕があああああ!!」

「エージ様!!」


 一瞬の出来事に呆気を取られていたミコが、すぐ様エージの元に駆け寄り、体を支えると共に入り口まで引っ張っていこうとした。

 間に作られた土壁が一瞬で吹き飛ぶ。

 この程度の障害物は目隠しにしかならないといった具合か。


「グオオオアアアアアアアアア!!!」

「くっ!!」


 エージを入り口まで引っ張ろうとしているミコに狙いを定め、凶悪な一撃を放り込んでくる。


 ガギィン!!


 その一撃を俺が防いだ。

 まさかこんな展開になるなんて俺も思わなかった。

 あれだけの啖呵をこいつは俺に切ったんだぜ?

 異世界から召喚されたもの同士、この世界における反則的な力をこいつも持っていると思っていた。

 それこそ俺なんかよりもずっとチートな奴を。

 だけどこいつは瞬殺された。

 まるでボロ雑巾のように腕まで切り落とされて。


 哀れに思えてくる。

 さっきまでのケンカ腰なんて、どこかにいっちゃったよ。


「……っ! ヤシロ……ミナト……!」

「邪魔だよ、さっさとどいてくれ」


 話しながらも上級魔人の攻撃は続く。

 激しい猛攻だ。

 ミコが入り口までエージを連れていったのを、即座に確認する。


 ズシリと一撃一撃が腕に響くようで、中級魔人とは遥かにレベルが違うのが分かる。

 禍々しい剣はこちらの生気を根こそぎ奪わんとするように、振るわれるたびに激しく振動する。


『結晶獣の洞窟』で上級魔人と対面した時は、こいつの攻撃が見えなかった。

 運良く防ぐことができた、といった感じだろう。

 でも今は運ではなく、しっかり見切って防ぐことができている。

『獅子脅し』を持つ余裕はないけど、俺1人で上級魔人を足止めできている。

 充分すぎる戦果だ。


「ヤシロ、飛べ!」


 ゼロの声に反応して後ろに飛び退いた。

 同時に上級魔人と俺がいた場所の足元が凍り付いた。

 遠隔の氷魔法だ。

 だが、足元が凍りつくだけでは上級魔人は止まらない。

 氷ごとバキバキと前進する。


 そこへ圧縮された小さな火球が上級魔人の顔面にぶつかり、爆発した。

 シーラが放った魔法だ。

 もはや爆発魔法といっても過言ではない。


 だが、上級魔人にはダメージがない。

 何度もこいつらと対峙して分かったが、魔人の最も恐ろしい部分は攻撃力じゃなく、その耐久力にある。

 攻撃を食らわせても無傷であった時の精神的ダメージは計り知れない。


 だがこれは好機だ。

 一瞬の隙。

 爆炎で俺の姿が隠れた今、全力で上級魔人の脇をすり抜けた。

 最初の戦法と同じだ。

 剣速ではなく、単純なスピードだけでいえば、今の俺は上級魔人を遥かに凌駕している。

 一度抜けてしまえば、奴はもう俺には追いつけない。

 そのまま階段へと辿り着き、駆け上る。


「グオオオアアアアアアアアア!!!」


 予想通りだ。

 例の攻撃が飛んでくる。

 無差別に全方位を攻撃する、無慈悲な攻撃が。


 俺は後ろに注意を割きながら階段を上った。

 今ならば、斬撃が飛んできても防ぐことができる。

 だが、斬撃が飛んでこない。

 否。

 俺の元には、だ。

 上級魔人が狙ったのは俺ではなく、入り口の近くにいたシーラ、ゼロ、エージ一行いっこう

 容赦ない斬撃が彼らを襲った。


「ふざけるなトマト野郎!」


 俺が悪態をつくも上級魔人は矛先を変えない。

 それどころか嬉々として楽しんでいるようにも見える。

 あくまでも見えるだけだが。


「進めヤシロ!」


 俺が思わず引き返そうとするのを、ゼロが止めた。

 様々な魔法を駆使して織り交ぜて、斬撃を防ごうとしている。

 実際にはその多くが貫通しているが、彼らに怪我がない。


「ミナト!!」


 シーラも残り少ない魔力で攻撃を繰り出している。

 この機を逃せば、魔力が尽きた2人の援護が無くなる。

 サシで奴と戦わなければならなくなる。

 それならば、武器を手にした方が早い。

 決断早く動け!


 俺はそのまま全力で駆け上がった。

 あと10段……5段……1段……!


「開けえええええええええ!!!」


 宝箱を勢いよく開けると同時に光が漏れる。

 前と同じように世界が凍結したかの様な感覚。

 そしてーーー。


「久しぶりだな」


 このダンジョンと武器の製作者、魔王ヴィルモールの登場だ。

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