最終章 黒姫プロト

1.漆黒のロケット

「やあ、おかえり。」

 ジアースの中央設備棟のドッグで、いつものようにRimが待ち構えていた。


「ただいま戻りました。」

「ただいまー。」

 二人そろってタラップを降りる。


「おめでとう! 私も自分のことの様にうれしいよ。」

「え? まだ何も言ってないですが・・・・。」

 Rimが言ってるのは、アノことだよな、たぶん。


「複雑な気分だよ。娘が嫁に行く父の気分とはこういうのを言うんだろうね・・・・。」

 え、Rimってラファの父親な立ち位置でしたっけ?


「僕の方じゃなくて、ラファの父なんですね・・・・・?」

「もちろんだ! 私がラファちゃんと腕を組んでヴァージンロードを歩くんだ・・・・。」

 Rimが父親に浸ってる。なんだか涙声になってないか・・・・・? 芸が細かいな。



「だが、その前に!」

 Rimが僕に向かって急に凄んでくる。え、なに!?


「勇介君、娘の父に言うことがあるんじゃないか?」

 あー、「お嬢さんを僕にください!!」って感じの・・・・・、


「え、それここでやるんですか!? というか、Rim相手に!?」

「もちろんだ!」

 だめだ、Rimのテンションについて行けない。




「ん? 管理者?」

 急にRimがまともに・・・・、いや違う、真面目になった。


「どうしたんですか?」

 Rimが少し怪訝な表情だ。

「いや、管理者から緊急通信だ。」


 なんだろう? 昨日ジグランデで話したばかりだが。

 宇宙船ドッグの床にあるホログラム装置が起動した。



 あれ? なかなか姿が現れないぞ?


「・・・・・すけ、」


「え?」


「ゆ、うすケ、でスか・・・・・?」

 電波状態の悪いテレビのような、激しいノイズ混じりで管理者が姿を現した。


「か、管理者!? どうしたのですか!?」

 管理者の姿はブレ、今にも消えそうだ。


「す、すぐに、遠クヘ、お、お逃げナさい・・・・・・、ワタシが、わたしでハ、なくナリ・・・・・ぁぁぁァァぁァ・・・・・」

 その途端、管理者の全身が白銀色から黒に染まっていく。



「また会ったのぅ。」

 全身真っ黒な服装に漆黒の髪。忘れもしない。


「プロト!!!」


「うふふふふ、残念だったな、管理者は私が食べてしまったぞ。」

 プロトは口元を押さえつつも、隠しきれないほどの愉悦の表情を浮かべている。


「管理者を・・・・・"食べた"だと!?」

 どういうことだ、何が起こっているんだ?


「管理者に何をした!? 何が目的だ!?」


「うふふ、落ち着け・・・・、此方の目的か・・・・・・・。うふふふふ。」

 控え目だが心底可笑しそうな表情だ。僕はそんなにおかしなことを聞いただろうか。


「此方は"悪"ぞ? 悪者が目指すものは、"征服"と相場は決まっておろう?」

「宇宙征服でもするっていうのか・・・・?」

「そうじゃのぅ、まずはそのあたりが目標かのぅ。」

 頬に指をあてて目線を上げ、可愛らしげな仕草で言う。

 話している内容とのミスマッチさに寒気を催す。



 動機が"悪"で、目標は征服? 言っている意味がさっぱり分からない。


「まずは?」

 僕は混乱しつつも、奴の言葉で引っかかる部分を聞き返す。


「そうな、征服したらどうするか・・・・・・・。それは楽しみにしておくとよいぞ。まあ、おぬしが生きておれば、だがのぅ。」

 プロトは消え、通信は切断された。




 僕は直ぐに踵を返し、タラップを駆け上がる。

「勇介君待つんだ。どこへ行く気だい?」

「セントラルに、行きます。」

 どうしたらいいか分からないが、まずは現場に行かないことには何もできない。


「・・・・・・、来るべき時が来てしまったようだ。」

 Rimは懐中時計を開き、中を確認した。



「少しでいい、出ていく前に私の話を聞いてほしい。」

 Rimは懐中時計を自分の衣服から外す。


「君をレガシハンターへ推薦した本当の理由だ。」


 あれ、Rimは以前何と言っていたっけ。確か・・・・・、

「冷静だっていうのと、勘が理由じゃなかったってことですか?」

「冷静だった、というのは事実だよ。」

 ということは、やはり勘はちがったのか・・・・。


「秘密はこれだ。」

 懐中時計を改めて僕に見せてくる。


「これはレガシ、"漆黒のロケット"。調べたい対象を指定することで、その対象の未来を見ることができる物だ。」

 未来が見える、レガシ・・・・・・・!?


「ただ、見える情報は選べないし断片的だ。それになんというのか、大きな流れに作用する事象が優先的に映し出されるんだ。」

 未来が見えるという破格の性能だが、任意の未来を見るようなことはできないみたいだ。


「そのロケットで僕の未来が見えた、ということですか?」

 僕の言葉に、Rimは首を振る。


「このロケットで人の未来を見ると、誰でも何かは見えるんだ。でも、勇介君は何も見えなかった・・・・・・。こんなことは初めてだったよ。」

 え、僕には未来が無いってことなのか?


「ああ、未来が無いわけじゃないよ。死んでしまうとかの場合なら、死ぬ運命が見えるはずだしね。」

「なら、どういう・・・・・?」


 Rimは少し考える仕草をし、言葉を続けた。

「私が思うに、勇介君は運命を変革させる力が強いのだと思う。だから、未来が常に流動的なのではないだろうか。」

「・・・・・・。」


「そして、今。勇介君以外の人達から見える未来は・・・・・、全て滅びにつながっている。」

「えっ!」


「兆候は、既に1年以上前からあったんだ。宇宙の崩壊、未来がそこにつながっている、そんな人がだんだんと増えていたんだ。」

 Rimは、宇宙に危機が迫っていることをレガシで知っていたのか・・・・・・。


「それなら・・・・・、」

「ロケットの示すヴィジョンは不明確なんだよ。実際に何が起きるのか原因すらもわからない。結果だけが見えるんだ。でも、」

「・・・・・・。」

「プロトが現れてから、一気にすべての人達の未来は崩壊へ繋がった・・・・・、勇介君以外のすべての人はね。」


 宇宙の崩壊、それは間違いなくプロトが原因であり、それを食い止める可能性があるのは僕だけ・・・・、ということなのか?



「このロケットは君に託そう。持って行ってくれ。」

 僕はホログラムであるはずのRimから漆黒のロケットを受け取る。

 なぜかロケットにだけは触れることができた。


 僕はロケットを開いてみる。中には真っ黒で何も移さない鏡が付いているだけだった。


「ロケットが、きっと君の役に立つはずだ。」

「それもロケットで見た未来ですか?」

 僕はロケットから視線を上げ、Rimを見ながら問いかける。


「いや、これは勘だよ。」

 Rimはニヤリと笑って見せた。僕はしっかりとロケットを握りしめる。



「わかりました、これはお預かりします。」

 僕はロケットを腰の小物入れに仕舞った。


「それと、先ほどの通信で管理者からの置き土産があった。おそらくは乗っ取られる寸前に残した情報だろう。」

 Rimが手元に半透明ディスプレイを出現させ、何かを確認している。


「惑星の座標だ。この惑星は・・・・・、惑星インソシア。」

『惑星インソシア、銀河連邦直轄の惑星ですが、データ上は特に何の施設も無いことになっています。住民も居ません。現在はGネットからも切断されているようです。』


「何も施設が無い・・・・。銀河連邦直轄地なのに、住民も住まず何の施設も無い方というのが不自然だね。」

 Rimは引き続き半透明ディスプレイで情報を見つつ語る。

 管理者が残した座標。ということは・・・・・・。


「そこに何かがある、ということだ。」


「インソシアへ行ってみます!」

「頼んだよ!」

 ラファと共にソレイユに乗り込み、すぐにジアースを発った。



====================



 "大喰らいの箱庭"、大きさこそ小脇に抱えられるほどの小さな箱だ。

 だが、その箱の中には、惑星1個分にも相当するほど広大なスペースが存在している。


 管理者は、その膨大な演算システムをこの箱庭の中に構築し、さらに回収したレガシもここへ保管していた。


 箱庭の中は通常空間とは隔絶した別空間。そのためあらゆる探知にかからず重力波すら遮断する。

 まさにレガシを隠匿するには非常に適した空間だった。



「おお、"独行の技師"か。これも使いようによっては、なかなか有用なレガシであったのぅ。」

 台座が立ち並ぶ回廊、その台座の上にはレガシが置かれている。

 プロトはレガシを物色しつつ、回廊を進んでいく。


「これは噂の・・・・・・、うふふ、実に興味深い物が多いな。これほどのコレクションを仕舞い込むとは、管理者は独占欲が強すぎなのではないかのぅ。」


 プロトはあるレガシの前で足を止める。


「"時の系統樹"・・・・・・?」

 それは、ただの小枝のようであった。長さは30cmほどしかない。

 少し曲げたら折れてしまいそうに見える。


 プロトは"時の系統樹"を手に取る。


「どれ、何を見せてくれるのだ?」

 プロトは小枝に意識を合わせる。

 小枝から光の粒子があふれ、周囲の空間を埋め尽くす。


 そして粒子は1本の筋道を示す。


 それは時の流れ。


「これまでの流れを示しておるのか・・・・・、こやつの能力はこれだけかぇ?」


 空気の流れで筋道が揺らぐことはあっても、それ以上情報は変わらない・・・・・。



「いや、筋道に先の途絶えた分岐が・・・・・・。」


 1本かと思われた筋道には、目を凝らしてみると細かいささくれのような分岐が出ていた。

 だが、それらはいずれも消えた分岐、過去に辿らなかった選択肢だった。


「なんと、過去の可能性を見ることができるのか・・・・・・、何とも懐古的なレガシよのぅ。」


 プロトは戯れに、一番近くの分岐に小枝を当てる。



 現地生物の抵抗空しく、崩壊する惑星。

 拡散していく銀の卵。

 水鏡を持った男が指示を出し、銀河連邦軍が全艦隊を動員している。

 多くの惑星が壊滅し、連邦軍と銀色の異形体が熾烈な戦いを続けている。


「・・・・・、これは、"白銀の侵略者"が辿ったかもしれない未来か・・・・・?」


 プロトは再び他の分岐を展開する。



 射殺される年配の男。

 強大な生産力の盾とし、銀河連邦へ宣戦を布告。

 周囲星系を併呑し、銀河連邦軍と全面戦争へと突入。

 戦乱の末、母星へと追い詰められながらも抵抗をつづけ、星系は荒廃していく。


「こちらはロスタコンカスか・・・・・。」


 さらに別の分岐を展開。



 天を焼く光はセントラルを蹂躙していく。

 数多の戦力が抵抗を試みるも光は止まらず、惑星全体に破壊を広げていく。

 管理者はセントラルを放棄する。



「なんだ、これは・・・・・、これほどの事象が全て一点へと収束している・・・・・。」


 一点、極矮小な一点だが、時の流れにクサビの様に突き刺さり、輝く一点。


「ユウスケ・アマクサだと!? こやつが因果を改変している・・・・・、これは、あの時の小僧か・・・・・。」



「恐ろしく強い因果力・・・・・、此方に匹敵するか、あるいは・・・・・・。よもや此方と対を成す特異点が存在しようとは・・・・・。」



「消さねばならぬ、なんとしても・・・・・・。」

 プロトは回廊を振り返り、改めてそこに並ぶ物に目を向けた。

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