5.大気圏離脱

「結局、パロユーロまで行かれるのですか。」


 ここは南極基地の作戦会議室だ。室内には大統領と基地司令、ガーランド中尉以下護衛隊2名、ナリアさん、あとは基地の士官数名が居る。


 基地司令が苦渋に満ちた表情をしつつ口を開く。

「現状、南極基地は孤立無援の状態です。実態は不明ですが、ガルロマーズにはかなりの規模の武器生産施設が存在するようです。ロスタコンカス軍の現状では、あれだけの戦力を押し返すだけの力がありません。」


 大統領が続けて説明する。

「恥ずかしながら、現状を打開するためには銀河連邦に救援を依頼するしかない。しかし、ガルロマーズによる通信妨害のため、ここでは連絡が取れないのだ。」

 大統領が軽く眉間を押える。

「それでパロユーロですか。」

「パロユーロはロスタコンカス星系第5惑星ユピテルガザの衛星です。ここから数億kmは外縁部になりますので、あそこならばGネットへも接続できるのではないかと。」

 秘書のナリアさんが説明をしてくれた。


 さらに基地司令が補足する。

「パロユーロ基地は我が軍最大の基地であり、大規模な工廠もあります。あそこを本拠地として、戦力の立て直しも可能です。。」

 今はガルロマーズの奇襲により、戦力が分断されている状態だ。たしかに、反転攻勢に出るためにも集結・再編は必要だろうが・・・・。


「えっと、それで僕が呼ばれた理由は・・・・・?」

 基地司令が居住まいを正し、口を開く。

「パロユーロまで、ソレイユを大統領の座乗艦とさせていただきたい。」

 基地司令の表情には、悔しさが表れているように見えた。自軍の不甲斐なさへの憤りか、それとも外様に自国の大統領を任せなければならない屈辱か・・・・。

 そんな思いをにじませるような声色で、基地司令は続ける。

「今の我が軍には、ユウスケ殿の乗艦であるソレイユ以上の防御性能を持つ艦がありません。」

 僕も管理者へ連絡するためには星系外縁部まで行く必要がある。ついでと言えばついでだ。


「わかりました。乗りかかった船ですし、僕も管理者への連絡はしたい。大統領をパロユーロまでお連れします。」

「ありがとう。」「ありがとうございます。」

 大統領と基地司令の両方からお礼をいただいた。最近こんな風景を他でも見た気がするな。


「それで大統領が座乗するとなったら、まさか単艦でパロユーロまで行け、とは言わない・・・・・ですよね?」

「もちろんです。」

 基地司令が士官の一人にアイコンタクトを送っている。会議机中央の3Dプロジェクタに星系が映し出される。


「陽動を用いた2方面での脱出作戦を実施します。」

 惑星ロスタコンカスの南極部から矢印が出てくる。

「南極基地防衛戦力を最低限残し、主力艦隊20隻を含めた戦力で大気圏を離脱。」

 南極から出た矢印がぐるりと回り、惑星ユピテルガザ方面に向かう。途中、ロスタコンカスの衛星で矢印が2つに分離する。

「主力は囮です。パロユーロに直進し、ガルロマーズの目を引き付けます。」

 分離した矢印は衛星を周回し、大きく迂回してユピテルガザへ向かう。

「大統領座乗艦ソレイユとケインズ級4隻は衛星ムゥンでスイングバイ、大きく迂回することになりますが、別ルートでパロユーロに向かっていただきます。」

 主力艦隊を囮に使った脱出作戦か。贅沢だ。戦力輸送と要人警護を兼ねた作戦だな。





 早速、ソレイユの状況を確認すべく宇宙船ドッグにやってきた。そこで基地の整備士たちと立ち話中のサイトウさんを発見した。

「サイトウさん、出発が決まりましたが、修理状況はどうですか?」

「おう、ユウ坊、ばっちりだぜ。エンジンも万全だ。フライングシールドも10基補充しといた。」

 おお、Rimからの補給なしでフライングシールドを補充するとは。

「もしかして手作りですか?」

「いや、ベースはエグゾスーツ用のフライングシールドだ。状況的にスーツよりソレイユにシールドが要りそうだしな。」

 そう、本来ソレイユは艦隊戦仕様じゃないため、シールドの消耗が異常に激しい。

 サイトウさんもそんな状況を分かって、装備を移行してくれていたようだ。

「さすがサイトウさん、ありがとうございます。」

「よ、よせやい。」

 サイトウさん、照れてる。ロボットだから表情は良くわからないけど。あんまり褒められたりするのは慣れてないらしい。

「それと、やっとこさドレッドノートも出撃可能にしといたぜ。」

「すごい! さすがサイトウ様!!」

「お、おぅ。」

 やりすぎた。ほめ方が露骨すぎたか、逆に引かれた。



「また、乗艦させてもらうことになった。」

 そこへガーランド中尉以下、護衛隊の面々がやってきた。

「やっぱり、大統領の護衛はガーランド中尉の部隊なんですね。」

 ガーランド中尉は少々肩を竦めながら、説明してくれた。

「俺たちは元々ロスタリーナ防衛隊所属なんだが、これまで連戦で生き抜いたスーツ隊が他に居ないらしくてな。」

 残った部隊の中では、一番戦闘経験があるという評価をもらったわけか。

「どうやら、俺たちの隊は精鋭というか、ちょっとしたヒーローみたいに見られてしまっているようなんだ・・・・。」

 ガーランド中尉は頭を掻きながら、「俺らの成果じゃないんだけどな」と呟いていた。


 ふと見ると、ガーランド中尉の後方、バーリゴル少尉、モント軍曹の後ろにドーゼが並んでいた。

「まさか、ドーゼもガーランド隊に入ったのか?」

 ドーゼの顔に視線を向けつつ、話しかける。

「ああ、まだまだ見習いだけど。」

 ドーゼは固い表情でそう告げた。ガーランド中尉を見ると、少々困ったような表情だ。

「どうしても、といって聞かなくてな。現地徴兵ということで俺の部隊へ入れた。」

 ドーゼとの付き合いは長くはないが、諦めの悪いタイプであることは知っている。

 なんせ、あのリックが「回帰のらせん」回収のために、"自発的に"僕へ援軍要請するほどだ。


 たぶん、ガーランド中尉は自分の隊に置いて、極力危険なことにならないように気遣ってくれているのだろう。部下で苦労するタイプだな。

 なんと無しにバーリゴル少尉を見ながらそんなことを考えていたら、睨まれた。



 僕の出航準備として、彼らのエグゾスーツ4体の積み込みも追加された。





 南極基地はガルロマーズの攻撃は防げている。とはいえ、こう着状態がいつ破られないとも限らない。

 南極基地脱出作戦は最速で準備され、翌日の午後には全艦隊の準備を終えた。


 今回もアリュー親子は乗艦している。

 僕の予定では、パロユーロまで行った後はロスタコンカス星系から出て、セントラルへ向かう予定だ。

 アリューとドーゼも、セントラルなら働き口を何とかできるだろう。一応管理者にも相談だな。


「エアフォースワン聞こえるか」

 ソレイユのブリッジで艦長席に着席し、到着後の予定に思いを馳せていたところへ、司令部からの通信が入った。

「え、本艦はソレイユですけど、コールサインは"えあふぉーすわん"?」

「大統領の座乗艦なら当然だろ?」

「あ、はい、こちらエアフォースワンどうぞ。」

「あと10分で離陸だ。」

「了解した。」

 大統領座乗艦ということで、暫定的にロスタコンカス軍艦艇として扱われている。分隊内で足並みをそろえる上では仕方ないか。


「アイ、発艦準備。」

『かしこまりました。エンジン始動、』

 重力子ジェネレータの駆動音が艦内に響く。

『全重力子ジェネレータ正常起動、全武装オールグリーン、艦内気密チェックOK。』


「エアフォースワン、離陸どうぞ」

「発進!」

 艦を支えていたアンカーを解除、重力ドライブが艦を加速させ、滑るように進んでいく。

 南極基地宇宙船ドッグから外へ出る。他にも併設されているドッグから続々と艦艇が発進している。

 外では残存戦力による牽制攻撃が行われていた。

「アイ、重力場電磁防壁をいつでも張れるようにスタンバイを。流れ弾に気を付けろ。」

『かしこまりました。』

 ソレイユは他の艦艇とも足並みを揃え、徐々に上昇していく。

 ついに惑星ロスタコンカスから離脱か。ずいぶん時間がかかってしまったな。





 大気層を離脱し、衛星ムゥンまでは何事もなくたどり着いた。ここでソレイユと護衛のケインズ級4隻は別行動になる。

 この先、ガルロマーズがうまく主力艦隊の尻尾に食いついてくれれば、僕らは安全にパロユーロまで行けるんだが。


「エアフォースワン、聞こえるか。」

 主力艦隊旗艦シータスの艦長から通信が飛んでくる。

「はい、こちらエアフォースワン、どうぞ。」

 コールサインが言い慣れない。なんとかならんもんか、これ。

「ここで一旦お別れだ、以後、分隊の指揮はシグナスの艦長であるマーシャル中佐が執る。貴艦はマーシャル中佐の指示に従ってくれれば良い」

「わかりました。」

「それでは大統領をよろしくたのむ、パロユーロで会おう。」

「ええ、そちらこそ気を付けて。」


 ソレイユとケインズ級4隻は別ルートで進むべく、主力艦隊から離脱した。

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