4.南極基地
『一部組織は完全に焼失おり、完治までは約2日の想定です。』
今はソレイユ内の医務室で、左手の治療中だ。以前過電流で足が炭化したこともあったが、それ同等かそれ以上の重傷だ。さすがにプラズマで直接焼かれたからなぁ。
左手は保護溶液入りのギプスで固められた。
他にも、護衛隊3人もそれぞれに負傷していたので、ここで処置している。
医務室内には処置用のマジックハンドが多数設置されているので、数名なら同時に処置可能だが、アリューも処置を手伝ってくれている。
「すまないな、民間人である君に手伝ってもらって。」
ガーランド中尉はできた方でいらっしゃる。アリューを労っている。
「いえ、私はこのぐらいしかお手伝いできませんし。」
他にも食事の準備などいろいろやってくれている。ドーゼの嫁にはもったいない。
『浮気はいけません。』
してませんって!
「ガーランド中尉!」
医務室の入口にドーゼが立っていた。ずいぶんと表情が硬い。
「ドーゼ?」
ドーゼの剣幕にアリューが戸惑っている。
「どうかしたか、ドーゼ君。」
緊張しているのか一瞬言葉に詰まったドーゼは、意を決したように言葉を口にする。
「お、俺も部隊に入れてください!!」
ドーゼの言葉に、アリューは顔色を変えている。
ガーランド中尉は諭すように話しかける。
「君のその気持ちはありがたい、だが・・・・。」
ガーランド中尉はアリューに目をやりながら続ける。
「君には身近に守るべき人がいるだろう。我々は大統領の護衛隊だ。結果、双方を守ることにはなっているが、本質的には護衛対象が違うぞ?」
ドーゼは再び言葉に詰まった。
「し、しかし、みなさんが外で戦って傷ついているのに、船の中で守られているだけなのは嫌なんです! 少しでも、俺に手伝えることを手伝いたい!」
自尊心とか、プライドとか、あとは多少戦闘の熱にあてられてる部分はあるんだろうか。
戦ってる身からしたら、無理しなくてもいいのに、とは思うが。
「ドーゼ!! 戦うなんて、危険よ・・・・。」
「護衛隊の方々や、ユウさんたちだけに、そんな危険を押し付けておくことは、俺には我慢できない。」
「私だって、守られてるわ・・・・。」
「アリューは、できることをしているじゃないか・・・・、でも俺は・・・・・。」
「私は! 私は・・・・・、」
「でも・・・・・」
あー、痴話喧嘩なら別室でお願いします。
「戦いたいってんだから、やらせてやりゃいいだろ?」
唐突にバーリゴル少尉が口を挟んできた。
「で、でも、ドーゼはこれまで戦いなんて・・・・・、」
「俺だって訓練した!」
そういえばループ中に色々やってたらしいな・・・・。
「こんな状況だ、素人だろうが玄人だろうが、生き残るためには戦うしかねぇだろ?」
バーリゴル少尉の言い分ももっともではある。
「今は!」
医務室内は妙な空気になってしまった。が、一括すべくガーランド中尉が大き目な声を出す。
「今は装備も無い。だが、もうすぐ南極基地だ。もし、基地に到着しても同じ気持ちなら、もう一度相談してくれ。」
「はい!」
ドーゼは上気した表情で医務室を後にした。アリューは困惑した表情でオロオロしている。
「大丈夫だ、悪いようにはしない。」
ガーランド中尉はアリューの肩に軽く手を置き、そう述べた。
アリューは泣きそうな表情でガーランド中尉の顔を窺い、そして頷いた。ガーランド中尉かっこいい。僕もあんな大人になりたい。
はたして南極基地は残っているのか。その懸念は杞憂だった。基地は健在で、ガルロマーズへの抵抗を続けていた。
そのまま接近すると、当然のごとくガルロマーズの包囲網に引っかかってしまう。そのため海中から入港した。ソレイユに潜水機能があって良かった。
もちろん、海中にもガルロマーズの潜水艇が巡航していたが、入港に併せて基地から陽動を行ってもらうことで何事も無く入港できた。
入港までの一連の流れは、ナリアさんが基地と連絡を取って手配してくれた。ナリアさん一体何者なんだろう。
ソレイユは潜水艦ドッグに入港、接舷した。
「ようこそ、南極基地へ。基地司令のノーリス・メルドモントです。無事にご到着され安心しました。」
50代くらいだろうか、ノーリスと名乗った老年に近い男性と数名の士官がタラップ下で待ち構えていた。
「出迎えありがとう。」
タラップを降り切った大統領にノーリスは敬礼をしている。大統領は軽く手を上げると、基地指令以下、出迎えの士官たちは敬礼をやめた。
大統領の後に続き、僕たちもタラップから降りる。大統領が僕を振り返る。
「ここまで無事辿り着けたのもユウスケ殿のおかげだ。ありがとう。」
そう言って、大統領は手を差し出してくる。僕は握手で答える。
「いえ、パロユーロまでお送りする予定が叶わず、すみませんでした。」
「いやいや、ユウスケ殿が居らねば、ロスタリーナからの脱出すら困難だった。そうそう、船体の修理にここの設備を使えるよう軍に指示しておこう。」
サイトウさんとメカ工房の設備だけでは限界があったので、それはありがたい。
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせてもらいます。」
「正式な礼は、改めて銀河連邦を通じて行わせていただくよ。それでは。」
出迎えの士官に促され、大統領は基地指令とともに電気自動車に乗り込む。
「護衛隊の方もどうぞ。」
「ドーゼ君、また後程な。」
そう言い残し、ガーランド中尉たちは士官に案内され、大統領とは別の自動車に乗り込む。
二台の自動車が走り去っていった。
後には、僕、ドーゼ、アリュー親子が残された。
「皆様方にもお休みいただける部屋を用意させていただいております。今後の予定は追ってご連絡させていただきますので、まずはお部屋でお休みください。」
サイトウさんは大活躍中だろうか。大統領の宣言どおり修理設備一式の使用許可をいただいた。なので、ソレイユを潜水艦ドッグから宇宙船用ドッグへ移動した。
僕も修理を手伝うとサイトウさんに言ったんだが、「パイロットは休むのも仕事だ!」と言われ追い出された。僕パイロットだったっけ?
仕方なく客室に引っ込んでみたものの、眠れないし、やることもない。ということで、ショッピングモールに来てみた。
軍人とはいえ、非番の時は日常生活もある。しかし南極では買い出しにも出られないため、基地内には生活用品の店や、多少の娯楽が入ったショッピングモールがある。
今はガルロマーズに包囲されている状態だが、常に戦闘をしているわけでもないため、交代制による警戒状態のようだ。
非戦闘員以外にも、休憩中の軍人らしき人たちもちらほら見かける。
モールに来たはいいが、そういえば買うものも無いなぁ。生活用品はソレイユにそろってるし。食料品、消耗品類も大統領の一声で軍から補給してもらえるし。
飲み物でも買うか。目についた雑貨屋で炭酸飲料を購入し、ベンチで封を開けた。
見たこと無いパッケージだったけど、コーラだったんだ、これ。
ふと、オープンカフェが目に入る。あの手のおしゃれなカフェは入ったことが無い。縁も無かったしなぁ。
なにより注文の仕方が分からない。だから正直入るのは怖い。この先も入ることはなさそうだなぁ。
あれ、モント軍曹? カウンターのところにモント軍曹が立っている。軍服姿だが休憩中なのかな?
改めてみるとモント軍曹はなかなかの美人だ。銀髪をショートでまとめ、立ち姿はなかなかに凛々しい。
『浮気はいけません。』
だからしませんって!!
そんな感想を抱いていると、何やら私服姿でガラの悪そうな男2名がモント軍曹に近づく。
「おい、お前モントだろ、久しぶりだな。まだ部隊にいたとはな。お仲間が攻めてきてるのに、こんなところに居ていいのか?」
モント軍曹に絡んでいる。うわぁ、関わりたくないタイプだな。
「なに、こいつなんかあんの?」
「俺の同期なんだけどさぁ、ガルロマーズ出身なんだよ、こいつ。」
「え、まじで? やばいだろ。」
二人組は事前に打ち合わせたかのように、息を合わせて煽っている。
モント軍曹は無表情で相手にしていない。まあ、スルーするのが一番だよね。
「大統領も狙われたらしいけど、お前が手引きしたんじゃねぇの?」
途端、モント軍曹はすごい表情で睨みつけている。こ、怖い。
「そこまでにしておけ。」
「ガーランド! 中尉殿・・・・。」
あ、ガーランド中尉、居たんだ。バーリゴル少尉も居る。モント軍曹が3人分注文してたのか。
「モント軍曹は十分に任務を遂行している。私の保証が信用できないかな?」
ガーランド中尉の介入により、ガラの悪い男たちは委縮している。
「お前たち、そんなに体力が余ってるなら、うちの隊のトレーニングに付き合うか? ほら、あそこに居られる"天墜落とし"殿にシミュレーションでお相手いただけるぞ?」
ぶっ! 見てるのばれてた!
「て、天墜落とし!?」
モント軍曹に絡んだ男2名は強制的、僕も半強制的にシミュレーションに付き合うことになった。半分は興味もあったんだけどね。
トレーニングルームにある仮想戦闘シミュレータで戦闘シミュレーションができる。
仮想戦闘シミュレータはカプセル状の装置で、中に入ると仮想世界に入ることができる。
仮想世界は慣れたものだ。なんといっても16年住んでいたしね。
カプセルに入ると、意識が仮想世界へとシフトしていく。
視界が開け、景色が映る。既にエグゾスーツを装着している状態だ。
場所は市街地か。ここはロスタリーナの官邸前じゃないのか? ガーランド中尉、わざわざここを選択したのかな・・・・。
「へぇ、これがロスタコンカス軍制式スーツか。」
両手や両足を動かして体の外観を確かめつつ、視界に表示されるスーツ状態を確認する。
「105式エグゾスーツ、武装は15mm機銃、50mm砲と両椀の超振動ダガーか。当然SDモードは無し。」
105式エグゾスーツは、50年ほど前に銀河連邦で制式されていた装備だ。今の装備なら光学兵器が搭載されている。
『行動制限をシミュレーションモードに切り替え。攻撃行動制限はありません。』
シミュレーションだし、殺傷もOKということですな。
公園の木々を抜け、2機のエグゾスーツが接近してくる。カフェでモント軍曹に絡んでいた2人だ。
相手は1機だ、2人がかりなら!! ってとこかな?
2機が立て続けに砲撃してくる。射線から体をそらして回避。素直な攻撃で避けやすいな。
僕は機銃を掃射しつつ、2機を中心に旋回、木を目隠しに利用して徐々に接近する。
「この、ちょこまかと!!」
敵の1人が苛立たしげに砲撃してくる。重力ドライブを一瞬吹かし、横にスライドするように回避する。
砲撃は背後の木に当たって爆散、再び機銃を撃ってきたため、逆方向へ急旋回して回避。
「あ、当たらない!?」
射撃が単純すぎだ、動きも止まっているし。
ガルロマーズの赤スーツはこんなもんじゃなかったぞ。せっかく二人居るのに、連携も取れてない。
一気に肉薄し、機銃の銃身を左手で上に逸らしつつ、右手のダガーで50mm砲を切断する。
「ば、化け物!!」
化け物とは失礼な。寸止めにしようかと思ったけど、やっぱり切り落とそう。シミュレーションだしね。
回転しつつ、両手の超振動ダガーで2人の首を連続で斬り落とした。
「ぎゃぁぁぁぁ!!」「うぎゃぁぁぁぁ!」
その後、ガーランド中尉率いる護衛隊とも数回シミュレートした。さすがに連携が良かった。僕も1回落とされてしまった。
モント軍曹に絡んだ2名は、追加で、念入りに、しっかりと10回ほど首を飛ばしておいた。
どこの部隊か知らないが、この練度では赤スーツと遭遇したら危ないぞ。
トレーニング後、体を落ち着かせるため休憩しているところにモント軍曹がやってきた。
「トレーニングにお付き合いいただき、ありがとうございます。」
相変わらず硬い話方だが、前よりは刺々しさが減ったような感じだ。
「いえ、僕としても良い経験になりました。さすが護衛隊は連携が良いですね。」
連携の良さで1回負けてしまったしね。
「こちらこそ、認識を改めることになりました。」
「認識ですか?」
モント軍曹は軽く頷きながら続ける。
「はい、正直ユウスケ殿は装備の良さで生き残っていると考えていました。が、今日のトレーニングで実際に腕が立つのだと思い知りました。」
「あ、はい、それはどうも・・・・・。」
非常に素直に褒めてくれているようだが、素直すぎて喜べない・・・。
「改めて、今後もよろしくお願いします。」
モント軍曹は美しい姿勢で敬礼してくる。
僕は正式な敬礼の仕方などわからないが、ぎこちなく返礼しておく。
モント軍曹はわずかに笑顔を見せた。おおぅ、笑うと美人が際立つ。
『浮気はいけません。』
今日そればっかじゃないですか!
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