3章 ミルーシャ・リアル

1.虎ぱんちリローデット

 なんだか、木々のざわめきが聞こえる気がする。ギャァギャァとした鳥の鳴き声?意識が少しずつ浮上する。

『おはようございます』

『おはようございます』

 どこかのスーパーマーケットの朝の放送みたいなノリのあいさつが聞こえる。

『おはようございます』

『おはようございます』

 語調が変わらないあいさつが繰り返されてる。うるさいな・・・・・。

『おはようございます』

『おはようございます』


「うがー、うるさい!!・・・・・・・?」

 森だ。森にいる。しっとり湿った苔が茂った倒木の上に寝ていた。こんなに寝心地悪いのに、今までよく目覚めなかったな、僕。

『おはようございます』

『おはようございます』

「おはよう?・・・ってなに、どこ?」

 なんという既視感。割と最近、こんな目に遭った気がする。僕は周囲を見渡す。どこを見ても木。上を見ても木。結構薄暗い。自分を見下ろす、黒い全身タイツみたいな服装だ。うん。いつもの恰好だ。


『おはようございます、お目覚めになられて安心しました。』

「アイ、おはよう。」

 アイの声もいつも通りだ。

『勇介様は倒木の上でもぐっすりお休みになられておりましたが、緊急の状況により、僭越ながら、お声掛けさせていただきました。』

「緊急って・・・・、こんなところまで既視感・・・・?」

『9時方向、生命体が接近しています。』

 左を見た。虎だ。木々の隙間から虎がこっちを見て唸りあげている。色が僕の知る虎柄と少し違う。赤白だ。おめでたい!

『対象データベースにありません。こちらに対し威嚇行動を行っています。回避もしくは退避を提案。』

「はい!!、回避」


 虎は瞬時に飛びかかり、右前足の爪で僕を引き裂くように振り下ろす。あれからそんなに時間は経っていないけど、なんだかトラブル慣れしたなぁ。そんなことを考えていると、視界に攻撃の軌道予測が映し出される。虎の前足は、僕の顔から胸にかけてを引き裂く軌道を描く。

 僕はその軌道を右側にずらすように右手で払い除ける。僕の右腕の表面を滑り、虎の右前脚が流れていなされる。

 ボディスーツ右腕のセルグリッドが、表面をジェル状に変質させていた。

『退避してください。』

 アイの声を聴くより早く、虎方向を向いたまま、後退すべく飛び上がろうとした・・・・・・。あれ?

 改めて足元を確認すると、僕の右足は倒木に深々と突き刺さっている。加えて、左足はあらぬ方向に曲がっている。どおりでさっきから踏ん張りが効かないはずだ。


「あ、やべ。」

 動けない、紅白虎はこの間も前足を繰り出しては、僕を切り裂こうとしてくる。2撃3撃、だんだん捌くのが追い付かなくなってくる。

「ちょちょちょちょっ!!! アイ!!、攻撃許可ぁぁ!!!」

 虎の爪が届く、胸に浅い切り傷が入った。

『対象からの敵性行動を確認、対象を敵性勢力と断定、銀河連邦管理者へ攻撃許可要請・・・・・・・・・エラー、通信できません。』

「なぁぁぁぁぬぅぅぅーーーー!!!!!」

 僕、なんだかよくGネットから嫌われる気がする。僕以外で、そんな目に遭っている人、聞いたこともない。

 ちなみに、攻撃許可が無い場合、体内のセルグリッドがブレーキをかけるため、僕が攻撃と認識する行動は一切とれなくなる。

 ありがたいことに、実に高性能なセーフティーロックが実装されている。


 紅白虎がさらに踏み込んだ一撃を振り下ろす、避けられない!僕は虎の右前足を左腕で受け止める、メキッという嫌な音がした。

 骨格が強化されていても、折れるときは折れる。何とか逃げないと・・・・。

 

 そのとき、虎の顔に一本線が入る。その線から虎が両断された。虎の後ろにはいかにも旅装といった装いの女の子が立っていた。

「---------、--------。」

 おお?何言ってるかわからない。

『アイ、翻訳お願い』

『少々お待ちください。ローカルのデータベースには完全一致する言語がありません。類似の言語を検索中』


「どうした?なにおかしい?」

 お、やや片言気味だが、内容がわかってきた。

『もっとも類似の言語を確認。75%の割合でジグランデ星系の言語と一致。翻訳します。』


「大丈夫?」

「ありがとう、助かりました。」

 少し妙な顔をしているのは、きっと僕の言葉も変に聞こえるんだろうな・・・。

 女の子は年齢は中学生くらいだろうか、だいぶ若く見えるが、一人なのだろうか。

 金髪に近い茶色の髪をひっつめにし、旅装なのか、やや汚れた灰色のマントを纏っている。マントの隙間からは革製と見える鎧も着けているようだ。

 下半身は布製のズボンのようなものに、皮のブーツだ。

 加えて、彼女は刃渡り1mほどの直剣を帯びている。先ほどの虎みたいな危険動物と遭遇する場合もあるから、武器が必要なのかな。

「足大丈夫?」

 ああ、そうだ。片方は倒木に突き刺さってて、片方は折れ曲がってましたね。

 僕は右足を抜くため、手をついて踏ん張ろうとして、左腕も折れていることを思い出した。

 なんとか右手だけで踏ん張り、右足を抜く。倒木から転げ落ちるように落下した。

 

「私、回復**、できるよ?」

「え?」

 なんか、言葉がわからなかった。不明な単語だったのか・・・・・?

 彼女は僕の左足に手を翳すと、手からほんのりと光が出始める。なんだこれ? 少し暖かいように感じる。

「・・・・・・・・・。」

 なにも変わらない。足は相変わらず明後日の方向を向いている。

「あれ?おかしい。」

 なにやら、予定とは異なる事態になったらしい。まあいいや、自力で直そう。

『アイ、痛覚遮断。』

『遮断しました。』

 僕は折れた左腕を引っ張る。体内のセルグリッドが骨の接合面を合わせ、固めるように蠢く。硬化したセルグリッドが補強材代わりになる。完治はしていないが、これで応急処置として動けるようになる。

 これ痛覚遮断してなかったら、とんでもないことになってるだろうな。

 同様に左足も引っ張って、セルグリッドで接合させた。

 改めて彼女を見ると、蒼い顔でこっちを見ている。ああ、確かに客観的にみると少々・・・、いやかなり異常な行為だったか。


「すみません、えーと、体が丈夫なので、これで一応大丈夫です。」

 僕の左足を凝視していた彼女に話しかけた。かなり驚いたのか、体がビクッっと反応している。

「あ、役に立たなくて、ごめんなさい。」

 彼女は少々冷や汗をかきながら答える。なんか謝られてしまった。いや、むしろ助けられたんだし。

「そんなことないですよ。あのトラをやっつけてくれてありがとう。」

「シマシマトラは、このあたりでも強いクリーチャー、なので、注意して、ください。」

 あれ、シマシマトラっていうの?そういう翻訳か・・・・。


「あ、私、ラファ。」

 そういえば自己紹介もまだだった。

「アマクサ ユウスケです。」

「あまこさ、よーそけ?」

 またですか、そうですか。

「ユウです。」



 どうしよう。ここがどこだかわかりません。むしろどこの惑星かわかりません。と伝えても伝わるかどうか。

「すみません、僕は道に迷ってしまって。近くに町などはありますか?」

 とりあえず、クリーチャーだったか、危険動物が襲ってこない場所で、状況を整理したい。

「もう少しで、コルトという村が、ある、ます。そこまで一緒に行く?」

「ありがとうございます。お願いします。」

 ラファはなかなか腕が立つようなので、一緒に行動できると助かる。

 だんだん翻訳が流暢になってるはずだが、妙にたどたどしいのは、ラファがそういう話し方をしているからか?


『3m後方に非常用バックパックの反応。回収することを推奨します。』

 おお、これがあるだけでもだいぶ助かる!

 僕は茂みの中に落ちているバックパックを拾い上げ、背中に取り付ける。


『アイ、ところで、僕の身の上にいったい何が起こったの?』

 先に歩き始めたラファを追って移動しつつ、声に出さずにアイに確認する。

『3時間ほど前、超光速ドライブ中に原因不明のトラブル発生。超光速ドライブが停止しました。その後、デブリもしくは隕石と考えられる物体と衝突、近傍の惑星に墜落しました。墜落途中、大気圏突入の負荷で、衝突箇所の外壁が剥離。その際、外壁とともに、勇介様もソレイユから脱落しました。』

 なんか、思い出してきた。たしか、任務終了で、セントラルへ帰投途中だったんだ。

 それで、任務先で使用したバックパックの整備のために、サイトウさんにバックパックを持っていって、見てもらおうとしたところで、振動がおこって・・・・・。

 そういえば、壁が吹き飛んで、外に吸い出されたような記憶があるな。


『現在、ソレイユとの連絡ができない状態です。おそらくはこの惑星上のどこかに墜落していると予測されます。』

『とりあえず、Gネットへの接続が回復するかもしれないから、たまに試しておいて。』

『かしこまりました。』

 ソレイユ見つかったとして、直せるんだろうか。サイトウさんも無事かな。ああ、無事なら無事で、サイトウさん激怒してそうだ・・・・。

 Gネットには繋がらないし、僕は帰れるんだろうか。

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