第119話 同盟関係

 病院の屋上で白いローブを着た少女が佇む。白髪の後ろ髪を肩の高さまで伸ばしたその少女の前髪は毛先が一定に整えられている。尖った両耳を持つ彼女は、白い手袋越しに左手の薬指をまっすぐ立てた。


「中立的な立場な私が介入するのは反則だけど……まずは、その怪我から治さないとね」


 その視線の先には、傷だらけの大柄な女がうつ伏せの状態で横たわっている。茶色の短い髪を生やす女は体を小刻みに揺らすだけで立ち上がろうとしない。

 そんな彼女の背中に少女は素早く記した魔法陣を飛ばした。


 すると、女の体が緑色の光に包まれ、刻まれた傷も消えていった。数秒後、うつ伏せの顔を上げたルクシオンが瞬き、大きな体を屋上の床の上で起こす。


「んっ? あなたは?」


 その場から立ち上がったルクシオンが、目の前にいる見慣れないヘルメス族の少女と顔を合わせ、首を傾げた。


「エルメラ守護団序列三位。双門の賢者。プリズムぺストール・エメラルド。少し長いから気軽に、リズって呼んでもいいよ。さあ、感謝しなさい。ラスちゃんに殺されそうになったところを助けてあげたんだからっ!」


 リズと名乗る少女がルクシオンの前で右手の人差し指をビシっと伸ばす。


「ちょっと待って。どうして助けたの?」


 ルクシオンが困惑の表情を浮かべると、リズは首を縦に動かす。


「あの件に関しては中立的な立場じゃなきゃいけないけど、頼まれごとは断れないから。殺される前に病院の屋上にあなたを飛ばして、回復術式を使ったよ。完治ってわけじゃないけど、今の体なら自由に歩き回れるはず。もちろん、その足で今すぐ聖なる三角錐のアジトへ乗り込んでもいいけど、地獄へ行くようなものだからおススメしないよ。ラスちゃんの恐ろしさはあなたが一番分かってると思うし、今から行ってもルスちゃんには会えないから」


「忠告ありがとう。その前に聞いておくことがあるわ。あなたとルスとの関係。ちゃん付けで呼んでるってことは親しい関係みたい」


 ルクシオンが目の前にいる少女を見下ろす。それに対して、リズは肩をくすめた。


「そんな警戒心丸出しな顔しないでよ。ヘルメス・エメラルドの血を継ぐ正当なる後継者が悪いことするわけないでしょ? ルスちゃんとは幼馴染。あっ、子ども時代のラスちゃんとも仲良かったから、ラスちゃんも幼馴染かな? とにかく、私はルスちゃんの仲間じゃないから。信じて」


 白い手袋を嵌めた手を合わせ見つめてくるリズに対して、ルクシオンはため息を吐く。


「はぁ。もういいわ。あなたのこと信じてあげる。ところで、私を助けてって頼んだのは……」

「ごめんなさい。その質問には、あなたのことを好きな人としか答えられない。ホントは自分の手で助けないと意味がないと思うのだけれど……あぁ、珍しく顔を赤くして頼むあの子の顔、すごくかわいいっ♪」



 それから、ルクシオンは真剣な表情になり、照れた顔のリズの両肩を前から強く掴んだ。


「リズ。もしかして、知ってるの? 私が暮らしていた村を滅ぼしたあの女のことも!」

「ちょっと痛いなぁ。ルルちゃんのことも知ってるけど、これ以上の介入はできないよ。立場上、あなたの復讐に手を貸すわけにはいかない。それだけは理解してほしいな。でも、仲間はいるよね? あなたを殺そうとしていたラスちゃんに戦いを挑んだ獣人の騎士たち」


「あの人たちは仲間じゃなくて……」

 慌てて両手を振る大柄な女を見上げたリズがクスっと笑う。

 

「素直じゃないなぁ。仲間でしょ? この屋上からさっきの戦い見てたから分かるよ。あの人たちは、本気であなたを守ろうとしていた。まあ、仲間を殺そうとしてたラスちゃんが許せなかったからかもだけど、彼らに気を許した方がいいかもね。錬金術を凌駕するという異能力が使えると言っても、それだけでは因縁の相手は倒せないから」


「そっ、そうね……って、余計なお世話よ!」


 ルクシオンが声を荒げると、リズは頬を緩めた。


「もしかして、裏切られるのが怖いのかな? 信じてた人に裏切られたから」

「そんなわけないでしょ? 自分のチカラだけでアイツを倒さないと納得できないだけ。死んでいったみんなの分もこの手で殴りたい」


 ルクシオンが力強く右手を握り、前へ突き出す。


「本気でルルちゃんに戦いを挑むつもりだね。じゃあ、最後にいいこと教えようかな?」

 頬を緩めたリズがルクシオンの真横に並び、彼女の太い右腕を掴む。

「ルルちゃんを恨んでるの、あなただけじゃないよ?」


 囁くように告げたリズの視線の先から、ルクシオンの姿が一瞬で消える。

 それから、リズはチラリと後方のドアに視線を向けた。数センチ開いたドアの隙間から屋上を覗き込む影とリズの視線が重なる。

 金色に輝く後ろ髪を肩の高さまで伸ばした白衣姿の若い人間の女は、屋上のドアを静かに閉めた。

 その直後、一歩ずつ階段を下りる彼女の後頭部に、鉄の穴が押し当てられる。


「何のつもりですか?」


 背後から声をかけられた女が振り返る。その先には、白いローブで身を包むラス・グースがいた。自分の頭に銃口を押し当ててくる少女と顔を合わせた女がため息を吐き出す。

 その瞬間、若い医者のような見た目をした女の体が、胸の大きなヘルメス族の少女の体に変化していった。


 ラスと同じく白いローブを着ている少女、ルル・メディーラが疑いの視線を向けるラスの前でクスっと笑う。


「まさか、疑ってる? ルクシオン暗殺の邪魔をしたのが私だって」

 

「はい。標的のことを知っていたのは、僕とルル、ルスお姉様とマリアの四人だけ。あのマリアがルクシオンを助ける動機は不明。ルスお姉様が裏切者なら、わざわざ僕に暗殺を命令する必要性がない。よって、リズを呼んでルクシオンを助けさせたのは、あなたということになります」


「その推理、間違ってるかもよ。ラスちゃんだって、わざとトドメを刺すのを躊躇って、リズちゃんが助けるのを待ってたかもしれないし、リズちゃんが助けるところまで想定した自作自演の暗殺未遂劇を開演しようとした可能性だってあり得る。もしかして、仲間としての情が生まれて、躊躇っちゃったのかな?」


 そう言いながら、ルルは首を捻った。一方でラスは無表情で首を左右に振ってみせた。


「そんなわけがないでしょう? あの時は、想定される逃走ルートに配置した暗黒空間に攻撃を放つ隙を見つけて、獣人の騎士と相対していたんですからね。足止めするだけで一苦労です。あなたのように、触れただけで銃弾が任意の空間に飛ばせたら、苦労しませんよ。大体、医者に変装して暗殺現場の近くに潜伏してたんだったら、助太刀しても良かったと思います」


「またまたぁ。ふたりじゃないと暗殺できない人って評価されたいのかな? まあ、誰かさんがルクシオンを助けたから、暗殺未遂という結末に至ったわけだけど……それで、これからどうするのかな?」



「もちろん、諦めます。今頃、地上にいるあの獣人の騎士たちと合流しているかもしれません。そうなれば、分が悪いですから。相手はルクシオンを含めて三人。その中には、腕がいい騎士がいます」

 ラスの脳裏にイースの姿が浮かび上がる。

 

「冷静な判断ね。まあ、ルスちゃんの期待を裏切らないように気を付けてね」

 瞳を閉じたルルがラスに背を向け、一歩ずつ歩みを進めた。


 ちょうどその頃、再び病院の出入口の近くにある石畳の上へと舞い戻ったルクシオンは、目をパチクリとさせた。彼女の目の前には、ジフリンスとイースが横に並んでいる。


「あっ、戻ってきた! なんか元気そうだな?」

 明るく笑うジフリンスに対して、ルクシオンが右目を閉じる。

「別に戻るつもりはなかったけど、頼みたいことがあったから」

「頼みたいこと?」

「私に剣術を教えてほしい。どうせなら兄ちゃんのあの剣で倒したいの!」


「ああ、そういう頼みなら聞けそうだが……」と答えたジフリンスが隣のイースに視線を向ける。

 周囲を警戒するように首を動かしているイースは、自分の顎を右手で掴んだ。

「刺客の気配が感じられない今の内に保護した方がいいかもしれないな。よし。ルクシオン。取引だ。聖なる三角錐に関する全ての情報と引き換えに、キミを保護する」


「面白い取引ね。いいわ」


 微笑んだルクシオンがイースと握手を交わす。そんな彼女の脳裏に、リズの囁きが響く。


 「ルルちゃんを恨んでるの、あなただけじゃないよ?」


 あの言葉が意味することは?


 思考を巡らせたルクシオンは密に眉を潜めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る