第111話 本当の能力
「ここがカリンさんの家なんですね」
目の前に見えた白い三角屋根の一軒家を見上げた黒髪ロングの巨乳の少女が呟く。
「クルス。そうだにょん」
白いローブに身を包む右頬にホクロのある短髪のヘルメス族の少女が、右隣にいるアルケミナ・エリクシナの助手に顔を向ける。
そのヘルメス族少女、ヘリス・クレアの左隣では、緑色の後ろ髪を腰の高さまで伸ばした犬耳の獣人少女が鎧姿で楽しそうに笑っていた。
「ここにあのフェジアール機関の五大錬金術師、アルケミナ・エリクシナがいるんだぁ。すごい楽しみ!」
「ユイさん。そろそろ……」と視線を獣人の少女に向けたクルスが右腕を前に伸ばした。
木の扉の右隣の壁には、10と記された白い石板が埋め込まれ、それにクルスが触れた瞬間、来客を知らせる鐘の音が響く。
それから、数秒後、目の前にある木の扉が開き、腰の長さまで伸ばされたキレイな白髪が特徴的な長身女性が白いローブを身に着け、顔を出した。両耳を尖らせたヘルメス族の特徴を持つ彼女は、クルスよりも大きい胸を縦に揺らしながら、玄関に向かい一歩を踏み出す。
その女、カリン・テインと目が遭ったヘリスは、すぐに頭を下げた。
「カリン様。お出迎えありがとうだにょん」
「流石に客人に訪問者の対応をさせるわけにはいきませんわ。ここは私の家ですので。ヘリス。あなたは帰ってもいいですわ」
「はい。それでは……」とヘリスが言い切ろうとすると、近くで聞いていたユイが驚きの声を出す。
「えっ、ヘリスちゃん。帰っちゃうの? 一度、剣を交えたいって思ってたのに。エフドラの道場壊れちゃって、使えなくなってたけど、ヘルメス村にも道場があるんでしょ? だったら、検査の休憩時間中に稽古してみたい。しばらく剣を握ってなかったから、腕も落ちてるし」
「うーん。ステラ様に頼めば、道場は貸してくれると思うにょん」
ヘリスが頭を掻くと、ユイは首を傾げる。
「ステラ様。もしかして、その人がヘリスちゃんの剣の師匠?」
「ステラ様はオラの錬金術の師匠だにょん。剣術の師匠はオラのお父さんだにょん」
「そうなんだ。ステラちゃんのお父さんとも剣を交えてみたいな」
「まあ、今は剣士として世界中を旅しているから、この村にはいないんだにょん」
ヘリスが首を横に振ってから、肩を落とす。そのあとでクルスは眉を潜めた。
「まあ、先生が研究の拠点をどこかのフェジアール機関の研究施設にすると決めたら、できないと思いますが……」
「もし、そうなったら、一通りの検査が終わってからでも大丈夫」
そう言いながら、ユイは明るく笑った。
「ということで、オラはここで失礼するにょん」と口にしながら、ヘリスは視線をユイに向け、頭を下げた。
「はい。今度は剣を交えたいから、約束ね」
そんなユイの言葉にヘリスが微笑む。その直後、ヘリス・クレアはクルスたちの前から姿を消した。
それからすぐに、クルスたちは開かれた扉の先に足を踏み入れた。靴を履いたま真っすぐ廊下を進むと、数十秒ほどで木の扉の前に辿り着く。
その扉をカリンが開け、クルスとユイは部屋の中に向けて一歩を踏み出した。
その瞬間、左方から茶髪の貧乳低身長女子がクルスたちに向かい、右手を振った。
「あっ、クルスくん。久しぶり」
その声を聴き、顔を左に向けたクルスは目を丸くする。その視線の先には、背中から蝶の羽を生やしたアルカナ・クレナーがいた。
一方で、目の前に現れた五大錬金術師を瞳に映したユイは驚き、あんぐりと開いた口を両手を塞ぐ。
「ウソ。この顔、テレビで見たことある。フェジアール機関の五大錬金術師、アルカナ・クレナーだ。会えるのは、アルケミナ・エリクシナだけだと思ってたのに、スゴイ。獣人騎士団のみんなに自慢したい!」
「握手くらいならしてもいいけど、クルスくん。アルケミナから女になってるって聞いてたけど、この胸の大きさは許せないわ。あたしもそれがいい!」
クルスが持つ大きな胸を凝視したアルカナが怒りの視線をぶつける。それに対して、クルスは目を点にした。
「アルカナさん。僕も欲しくてこれを手に入れたわけじゃありません!」
丁度その時、アルカナから少し離れた椅子の上に座っていた銀髪の幼女が立ち上がり、無表情のままで助手の元へ歩み寄った。
「クルス。そっちの獣人の女の子を私に会わせたい理由を説明してほしい」
視線をクルスの右隣にいる獣人の少女に向けたアルケミナの前で、クルスは膝を曲げ、小さな女の子に視線を合わせる。
「先生。お久しぶりの一言もないんですか?」
「まだ一日しか離れていないから、その言葉は不適切。前置きはいいから、早速本題に入ってほしい。クルス。そっちの獣人の女の子を私に会わせたい理由を説明して」
「はい」と答えるクルスの隣で、ユイは目を丸くした。
それからすぐに、彼女はクルスと同じように、小さな女の子に視線を合わせた。
「初めまして。獣人騎士団のユイ・グリーンです。よろしくお願いします」
「……よろしく」と無表情で答えるアルケミナの前で、ユイは興味津々な表情になった。
「まさか、あのアルケミナ・エリクシナがこんなに小さくてかわいい女の子なってた
なんて、知らなかったわ! 頭撫でたり、手を繋いで歩きたい」
「そういうのは結構。クルス。早く本題に入って」
急かすように促すアルケミナの顔をジッと見つめたクルスは、首を縦に動かし、右手を開いた。
「先生。ユイさんは、EMETHシステムの不具合でエフドラになって、ある人に操られる効果のある首輪を付けられたんです。それで、この手を使って、首輪を破壊したら、突然、ユイさんは僕の目の前で本当の姿を取り戻したんです。その原因を突き止めることができれば、EMETHシステムを解除する方法が分かると思い、連れてきました!」
そんな話を近くで聞いていたアルカナが腕を組む。
「ふーん。それが本当なら大発見だね」
「アルカナの言う通り。まだ半信半疑だが、検証する必用がある。クルス。ユイが元に戻って、どれくらい時間が経っている?」
「まだ二十五分です」
「今の状態がいつまで続くのかは分からないが、少なくとも三十分は解除状態が持続していることは分かった。一時的に元の姿を取り戻しているだけの可能性もあり得るから、経過観察する必要がある」
右手で顎に手を触れたアルケミナがジッとユイの体を観察するように見つめた。
その近くでアルカナがユイをジッと見つめながら、首を傾げる。
「見たところEMETHの文字がユイちゃんの体に刻まれてないようだけど、服で隠してるのかな?」
「いいえ。その文字は首に刻まれてました」
アルカナからの問いかけに、ユイは自分の首に右手で触れながら答えた。
「因みに、ユイさんが元に戻った時は、あの文字が黒い首輪で隠されていて、見えませんでした。でも、操られる前に、ユイさんの首にあの文字が刻まれていることは確認済みです」
クルスの補足説明を聞いたアルカナは、首を縦に動かした。
「ふーん。元に戻ったら、あの文字が消えるんだ」
「はい。試してみたら、能力も使えなくなっていました。信じてもらえないかもしれませんが、私はホントにEMETHプロジェクトに参加していたんです!」
「ユイが本当にあの実験の被験者なのかは、フェジアール機関の端末で調べたら分かる。ユイが元に戻った経緯は理解できたので、クルス、私の右胸の真下を触ってほしい。もちろん、能力を使うという意志を持って」
銀髪は幼女が、チラリと顔を上げ、助手に視線を向ける。それに対して、クルスは戸惑いの表情を浮かべた。
「ちょっと待ってください。先生、なんで人前でそんなことを……」
「前提が間違っていた。クルスの能力は、触れたモノを無にするわけじゃなくて、術式を打ち消しているだけだった。クルスが能力を使って、ユイの首輪を破壊した結果、その真下に隠されていたEMETHの文字に触れてしまったとしたら、説明できる。体に刻まれているあの文字にクルスが能力を込めて触れる。それがEMETHシステムの解除方法の可能性がある。だから、私自ら実験体になる」
「理屈は分かりましたが、待ってください。まだ心の準備が……」
「その必要はない。この場にいるのは女だけだから、恥ずかしくない」
「だから、僕は男です。実験のためとはいえ、そんなことできません。それに、この方法は非効率的だと思いませんか? 十万人の対象者全員に会い、一人ずつ解除していくなんて……」
「もちろん、そのあとのことも考えてある。あの儀式の日、ヒュペリオンが大地に刻んだ魔法陣が残されている。それをクルスの能力で打ち消せば、一度に十万人の対象者を元の姿に戻すことが可能なはず」
「だったら、今からそこに行きましょう。ヘリスさんたちに瞬間移動で飛ばしてもらったら、問題解決です!」
これで全ての問題が解決される。そう思いながら、クルスは勝ち誇ったような顔になった。だが、アルケミナは首を横に振る。
「あの場所には、ヒュペリオンの守護神獣がいる。その実力は世界最強。守護神獣を倒さない限り、魔法陣が刻まれた座標に近づくことはできない。錬金術を超越した絶対的能力を使っても、倒せるとは限らない」
そんなやりとりを近くで見ていたユイは思わず目を見開いた。
無意識に上げた右手は白い光に包まれている。
「えっ」と声を漏らした瞬間、獣人の少女の体は数センチ浮かび、白い光が全身に及んだ。
その様子を目にしたクルスとアルカナは驚きの顔つきになる。
「ユイさん」と右手を伸ばし、クルスが声をかけた瞬間、ユイの身に着けていた鎧が床に叩きつけられた。
それと同時に、首にEMETHと刻まれたプラドラがぐったりとした顔で、その場に顔を出す。
近くで様子を観察したアルケミナは、その場に座り込み、プラドラになったユイの首筋に触れた。
「個体差はあるかもしれないけど、持続時間は三十分程度。連続して元の姿に戻したら、命に関わる可能性が高い」
そう考察を口にしたアルケミナは、小さなドラゴンの体を優しく持ち上げた。
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