第92話 噴水広場の攻防

 街の南西に位置する噴水広場。中央に位置する噴水を囲むように円形の石畳が広がるその場所で、黄色い鎧で身を包む獣人の騎士は細い剣を握った。

 黄色と黒のシマシマ模様の尻尾を生やしたトラ耳の獣人は長身で、腰ほどの長さの黄色い髪をポ二-テールのように結っている。


 その女、イース・ブロブと相対するのは、白いローブを着た人物。百五十センチほどの大きさの謎の錬金術師は、フードで顔を隠したままで頬を緩めた。その周りには、二匹の黒いドラゴンが浮かんでいる。

 その大きさは六メートルほどで、半円形の角が特徴的。蛇のような胴体に小さな手足と灰色の羽を生やしたそのドラゴンが、白いローブの人物の周りを旋回していく。


「なんか仲間を呼んだみたいだけど、無駄だよ。そんな剣で私のドラゴンたちを倒せるわけはない。ああぁ。もうちょっと楽しみたかったなぁ。ウチで飼ってるドラゴンで様子見しようと思ったら、出番ないんだもん。弱すぎ!」


「それはどうかな? 相手は獣人騎士団一の剣の使い手の私と、黒いドラゴンを討伐した仲間。その中には今話題の能力者もいる。これだけ揃えば、お前を倒すことも容易なはず!」

「ああ、あのドラゴン、倒されちゃったんだ。残念。ここで邪魔な騎士団を一掃して、ドラゴンで大暴れさせてみようと思ったのに、あっさり倒されちゃうなんて。まあ、いいや。そんな人がホントにいるんなら、もうちょっとだけ楽しめそう♪ でも、遅いよ。だって、あそこから、ここまで走ったら十分くらいかかっちゃうもん。その間に、あなたを倒しちゃえば……」


 言い切るよりも先に、白いローブの人物の目に新手が飛び込んできた。巨乳の女と赤髪のヘルメス族らしい少女、青い鎧で身を包む犬耳の獣人騎士と首にEMATHという文字が刻まれた一匹のブラドラ。

 三人と一匹に視線を向けた白いローブの人物は、腕を組む。


「ふむふむ。予想外だわ。まさか、ヘルメス族の仲間もいるなんて。瞬間移動でここまで飛んだから、計算が狂っちゃった。この女騎士を三分以内に倒して、のこのこやってきたキミたちを絶望の淵に落とそうと思ったのに」


 今まで聞いたことがない女の声を聴きながら、ジフリンスは周囲を見渡す。その先では、仲間の騎士たちが倒れていた。


「お前がやったのか?」とジフリンスが真剣な表情で尋ねると、目の前にいる人物は首を縦に振る。

「そうだよ。あの騎士たちは弱かったけど、キミたちは楽しませてくれるんだよね? あのドラゴンを倒したって聞いたよ」

「みんなのブラドラをどこかに連れ去ったのは、お前か?」

「そうだよ。全ては実験のために! このディアナ・フリースがやりました!」


 ハッキリとした口調で答えたディアナの言葉を聞き、ジフリンスとクルスの目に怒りが込められる。


「許しません!」と強く口にしたクルスがジフリンスと共に、前方へ駆け出す。

その動きを見ていたディアナは両手を広げた。

「まあまあ、このドラゴンを倒したら、相手してあげるから、ちょっと待ってね」


 そう告げた直後、ディアナの周りを飛んでいたドラゴンが真っすぐ、クルスたちの元へ移動する。空中を這うように動き出すドラゴンを瞳に映しだしたクルスは、拳を握り締める。一方でジフリンスは鞘から剣を抜き、上空に向けて、斬撃を飛ばした。

 だが、それは、当たることはない。斬撃の隙間を狙い、ドラゴンが宙を舞う。そうして、黒い羽を羽ばたかせ、斬撃が地上に落とす。


 ジフリンスは、剣先を斜め下に向けたまま、落下していく自分の斬撃を前後左右に素早く体を動かし、避けていく。

 その間にヘリスは、右手の薬指を立て、二つの緋色の槌を召喚し、それを地面に叩きつけた。直後、空中を舞うドラゴンの真下に四つの魔法陣が浮かび上がり、そこから光と炎の帯が噴き出した。熱気が広場を支配して、ドラゴンの両翼が焼かれ、白い煙が放出される。

 飛行能力を失ったドラゴンは、そのまま地上へと落下していった。


 その様子を地上から見上げていたクルスは、拳を強く握りしめ、それを振り上げた。衝撃を受けたドラゴンの体は、そのまま広場の壁に叩きつけられた。


 一方で、ジフリンスは落下するもう一匹のドラゴンを追いかけた。全速力で駆け出した騎士の剣は斜め下に向いている。そこに風が集まっていくと、ジフリンスは地面を蹴り上げた。飛びあがった獣人の騎士は、剣を振り下ろし、ドラゴンの腹に傷を刻む。


 その直後、地響きと共にドラゴンの体が地上に落ちた。土埃が消え、ヘリスが頬を緩める。


「飛行能力さえなければ、このドラゴン、大したことないにょん」

「たった数秒で、私のかわいいドラゴンを倒すなんて、スゴイわ。街に放ったあのドラゴンを倒したっていうのは、ウソじゃないってことは分かった。さて、相手の戦力も分かったことだし、反撃に転じますか」


 拍手で相手を称賛したディアナは、チラリとジフリンスの右肩に乗っているブラドラを見た。その目が合った瞬間、ユイは思わず身を震わせる。同時にゾクっとしたジフリンスは、右手に持っていた剣を強く握りしめた。


「ユイ。逃げろ。コイツはお前を狙ってる。コイツは俺たちが食い止めるから、お前は安全なところに……」

「イヤ。私も一緒に戦う。私だって、この人許せないから。敵前逃亡なんてできるわけない!」

「ダメだ。ヘリス、ユイを安全な場所に」

「逃がすわけないでしょ」

 不敵な笑みを浮かべるディアナが、右手を伸ばしながら、ブラドラの元へ迎い駆け出す。その動きに合わせて、ディアナの眼前に姿を飛ばしたヘリスが、炎の斬撃を飛ばした。それが白いローブを切り裂き、白かった布が黒く変色していく。


 切り裂かれたローブの隙間から、色黒の肌が露出し、一瞬動きを止めたディアナは唇を噛み締めた。


「耐火加工しといたけど、焦げちゃったね。流石、錬金術の祖とも呼ばれるヘルメス族。でも、異能力が使える珍しいブラドラが私のモノになったら、私の勝ちだから、無視してもよさそう」

「バカだにょん。オラを倒さない限り、ユイには指一本触れることはできないにょん」

「おい。それは、俺のセリフだ! コイツは俺が引き受ける!」

 ジフリンスが腹を立てた直後、ディアナの背中に電気が走り、白いローブが布切れに代わっていく。

 今度は右の頬に拳が食い込み、「くっ」と声を漏らしたディアナが、視界を真横に向けると、電気を纏う剣を握ったイースの姿が映り込む。

 イースが素早く剣を振り下ろすと、ディアナは咄嗟に体を後方に飛ばした。


「流石に三対一は分が悪いかぁ。ヘルメス族の女騎士に気を取られたら、騎士団長や格闘女の奇襲を受ける。こうなったら、アレをやるしかないね。あまり使いたくないんだけど……」


 ボロボロになった白いローブを脱ぎ捨て、色黒貧乳女の姿を晒したディアナが、濁った青い瞳を三人に向ける。その女の黒い髪は短く、前髪はキレイに揃えられていた。

 額に切り傷が刻まれているディアナと顔を合わせたクルスが拳を握る。


「これがディアナさんの素顔?」

 妙な違和感をクルスが感じ取った直後、広場で倒れていた騎士たちが、次々に起き上がった。その目は、ディアナと同じく白く濁っている。

 それからすぐに、剣を抜いた八人の猫耳の騎士たちが、一斉に動き出し、剣先を騎士団長に向けた。

 自分たちに剣を向ける仲間を目の当たりにしたジフリンスは、ディアナを睨みつけた。


「俺の仲間に何をしやがった!」

「さぁ、答える義務はないよ。さて、包囲網も崩すプランAと戦うずして勝つプランB、どっちがいいんだろう。悩んじゃうなぁ」


 ディアナが不敵な笑みを浮かべながら、動こうとしない獣人の騎士たちに視線を向けた。

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