第88話 騎士の矜持

 翌朝、その街をクルスたちが訪れた。白い石畳の地面を涼しい風が通り抜け、周囲には白い石を削って作られた丸い家がいくつもある。

 ヘルメス村から数十キロほど南に離れている街、エフドラの住宅街に二人組の白いローブを着たヘルメス族の少女と青いTシャツとジーンズを合わせた巨乳の女が足を踏み入れる。

 初めて訪れた街の景色をクルス・ホームが眺めていると、しろいフワフワとした体毛の小さなドラゴンの群れが飛び込んできた。その近くでは、犬や猫の耳を生やした獣人の子どもたちが遊んでいる。


「あれが、ブラドラですね」

「そうだにょん。今回の目的は、ブラドラの体毛採取。それをヘルメス村まで持ち込んだら、ステラ様の依頼達成だにょん」

 右隣に立つ白いローブ姿の短い赤髪のヘルメス族少女、ヘリス・クレアが首を縦に動かす。

「それにしても、結構かわいいですね。まずは、役所に行って、野生のブラドラの体毛採取の許可をいただかないと……」

 そのクルスの言葉を遮るように、ヘリスの近くにいた紫髪のアイリス・フィフティーンが右手を挙げる。

「すみませんが、あとはよろしくお願いします。私は、これから街の道場で獣人の子どもたちに剣術を教えてくるので。ブラドラの体毛採取なんて、簡単な依頼、あなたたちだけでも達成可能でしょう?」

「そうですね」とクルスが短く答えたあとで、アイリスは「あっ」と声を漏らし、両手を合わせた。

「体毛採取終わったら、そのまま瞬間移動でヘルメス村に帰っていいよ。私は探さなくていいから」

「分かったにょん」とヘリスが同意した直後、アイリスは鼻歌を奏でながら、クルスたちの元から姿を消した。


「さて、街の地図は……」とクルスが呟き、右手の薬指を立て、空気をポンと叩いた。すると、茶色い小槌が召喚され、それを石畳の地面に叩きつけると、街の地図が魔法陣の上に浮かび上がった。

 それを左手で持ち、右手の人差し指で道筋を辿る。

「役場はこの道を真っすぐ進んで、三度目の曲がり道を右に曲がったところにあるようですね」

 相方のヘリスに説明するように話すと、右隣にいた彼女は瞳を閉じていた。

 それから、右手の薬指を素早く立て、空気に触ると、緋色の槌が現れる。それを地面に叩きつけると、ヘリスの体が赤色の光に包まれた。

 そうして、神秘的な模様が刻まれた大きな赤の鎧を着用すると、クルスの右隣から姿を消した。


 突然のことに驚くクルスの目に影が飛び込んできたのは、数秒後のことだった。青を基調にした鎧を身に纏う犬の耳を生やした獣人の騎士は、こちらに向けて、細い剣を振り下ろそうとしている。

 その動きを咄嗟に捉えたクルスは、体を後方に飛ばした。


 一撃を避けた巨乳少女は、襲撃者の顔を観察した。頭に茶色く垂れた耳を生やしていて、緑色の後ろ髪が肩の高さまである。瞳の色も緑色で、垂れ目の少年の身長は鎧を着用していないヘリスと同程度。前髪のない丸い頭をした彼は周囲を見渡しながら、唇を噛みしめた。


「クソッ。逃げやがった!」

「いきなり襲い掛かってくるとは思わなかったにょん」

 獣人の少年騎士から数メートル先に姿を現したヘリスが呟く。

「答えろ。みんなをどこに隠した! この街で暮らしていたみんなのブラドラだ!」

 声を震わせ、目を充血させた騎士と相対するヘリスが、肩をくすめる。

「何のことだか、よく分からないにょん」

「とぼけるな。お前がブラドラに術式を施して、誘拐したっていう目撃証言も出ている!」

 怒りを瞳に宿す騎士の少年が、目の前に佇むヘリスとの距離を詰めるため、駆けだした。

 その動きを瞳に捉えたヘリスは溜息を吐き出す。


「誤解しているようだけど、騎士としてまず名を明かすのが礼儀のはずだにょん。エルメラ守護団序列二十八位、赤光の騎士。ヘリス・クレア」

 その言葉にハッとした獣人の騎士は、足を止め、前方から目を逸らすことなく、口を動かす。

「獣人騎士団、ジフリンス・グリーン。どうやら、俺は誤解していたようだ。ヘリスは、相手が騎士であることを瞬時に見抜き、剣を抜かなかった。騎士としての矜持がある証拠だ。剣を交える前に名を明かさなかったご無礼を許していただきたい」

「それを言うなら、ジフリンスも同じだにょん。少し先走っちゃったけど、その真っすぐな瞳。突然、オラが攻撃を仕掛けてきても、避けれるように警戒しているみたいだにょん。名を明かす間に攻撃を仕掛ける不届き者を倒すために……」


「残念だ。同じ騎士としての矜持を持ち合わせている者同士、友達になれていたかもしれないのになぁ。お前が、みんなのブラドラをどこかに連れ去ったクソ野郎じゃなかったら!」

「だから、それは誤解だと思います!」

 今まで黙って聞いていたクルスが首を横に振ると、ヘリスはジフリンスから目を逸らすことなく言葉を返す。

「弁護する必要はないにょん。ジフリンスはオラを倒さない限り、納得しないはずだにょん。ここは、剣を交えて語り合うしか方法はなさそうだにょん。だから、そこで黙って決闘の一部始終を見ていてほしいにょん」


 そう告げてから、ヘリスは背負っていた黒い鞘から赤い大剣を抜く。その瞬間、周囲の温度が上昇し、獣人の騎士やクルスの額から汗が落ち始めた。

 そのまま、ジフリンスは動こうとしない赤光の騎士との間合いを詰めるため、駆けだした。それから、細い剣先で相手の鎧を突き刺すため、勢いよく右腕を伸ばす。

 直後、石畳の上に魔法陣が浮かび上がり、ジフリンスの突きを遮るような数メートル規模の炎の帯が召喚される。それを円を描くように切り裂き、出来上がった穴に素早く転がり込み、さらに距離を詰める。だが、その先には、ヘリスの姿はなかった。


 その場に立ち止まり、瞳を閉じ、気配を感じ取ったジフリンスは体を回転させた。そうして、後方から振り下ろされるヘリスの大刀を細い剣で受け止めてみせる。


「なるほど。その剣、耐熱加工がされているみたいだにょん。オラの炎帯を切り裂いても、熱が伝わらず、涼しい顔で持てるとは、面白い剣だと思うにょん。それに、その細い剣でオラの大刀を受け止めるとは、耐久力も素晴らしいにょん。さて、小手調べはここまでにして、オラも本気を出そうかにょん」

「フッ、それはこっちのセリフだ」

 

 闘志を燃やすジフリンスが、体を後方に飛ばす。そのまま、右手に持った剣を斜め下に向け、両足を肩幅程度に開く。その瞬間、温められた空気がジフリンスの剣の周りに集まっていく。

 一方で、ヘリスは赤の大剣を左右に振り、ジフリンスの眼前に瞬間移動で飛び込む。

 後れを取ることなく、剣を振り上げ、ヘリスの一撃を剣で受け止める。

「その剣、思ったより速いにょん。でも、それだけでは、オラには勝てないにょん」

「なんだと!」と驚くジフリンスは違和感を覚えた。地面から熱さを感じ取った獣人の騎士は目を見開きながら、周囲を見渡した。


 いつの間にか、住宅街の白い壁や地面の上に魔法陣が浮かび上がっている。それは、ジフリンスの退路を断つように、左右の壁と真下の地面に配置され、同時に炎帯を放出する。

 咄嗟に、目の前に見えたヘリスの元へと駆け出したジフリンスが間合いを詰める。その間にも、ジフリンスの剣の周りに空気が集まっていく。

 そうして、彼は数メートル先のヘリスとの距離を一瞬で詰め、剣を振り上げた。その速さに一瞬驚愕したヘリスは、剣先を獣人の騎士に向けた。だが、時既に遅し。ジフリンスの一撃がヘリスの鎧に食い込む。


「風のチカラで剣の速さを底上げするとは、面白い剣だにょん。この一撃は体に響いたけど、それだけだと、オラの鎧を壊すことはできないにょん」

 全身を駆けまわる痛みに耐えながら、ヘリスは目の前の騎士を顔を合わせる。その直後、鎬を削る二人の騎士の間に、一匹のブラドラが飛び込んできた。


 その姿を見たクルスは目を見開いた。白いふわふわとした体毛を纏う数十センチほどの大きさのドラゴンの首には、ハッキリとEMETHという文字が刻まれている。そのプラドラは、白い羽を羽ばたかせジフリンスの右肩の上に降り立つ。


 「ララァア」とかわいらしい鳴き声を聞いたジフリンスは、その場に立ち止まり、左手で頭を掻いた。


「ああ、分かったよ。ヘリス。一時休戦だ」

 剣を交えた相手に敬意を払いつつ、腰に付けられた鞘に剣を納めたジフリンスが、頭を下げる。その動きを見て、ヘリスも同様の仕草をした。

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