第十四章 獣人騎士団

第87話 真実の独唱会

 薄暗い空の下で、木の葉が揺れる。やがて、木の根元に生えたキノコが白く光り始めた。

 そんな神秘的な森の中で、両耳を尖らせた紫色のロングヘア少女が「ふぅ」と息を吐き出しながら、右手の人差し指を立てる。


「キミの心は――白霧の彼方に――」


 白いローブの彼女が、そのまま目の前に見えた大木に指を触れた。そうして、素早く魔法陣を記すと、静かな森の中で歌声が響きだした。


「蒼きバラ咲く檻の中――キミは――独り泣いていた――」


 数メートル先まで一瞬で飛び、眼前に飛び込んできた大木の幹に彼女の右手が触れる。それから、体を半回転させ、数十メートル先の茶色い木の幹まで瞬間移動で体を飛ばす。


「東から吹く風―― ボクは戦うと――決めたんだ!」


 木々の隙間を風が通り抜け、その少女、アイリス・フィフティーンの後ろ髪が揺れ始めた。涼しい風を肌で感じ取った彼女が、その場に立ち留まり、右手を空に向けて伸ばす。


「ああ、ボクたちは――結ばれし――運命――」

 アイリスは笑顔のままで、薄暗い森の中を突き進んでいく。


「大地踏みしめ――今行くよ!」


 そして、彼女は術式を施す最後の座標まで体を飛ばした。彼方に白く昇る煙を視認したアイリスは、目の前に見えた大木に向かい、一歩を踏み出した。


 

「囚われの黒いラビリンス――セカイのオワリ――」


 白く光るキノコがステージの照明になり、かわいらしい素顔を晒した彼女が優しく微笑む。


「でも、怖くないよ――キミがいるから――ボクがキミを守るから――」


 真横に見えた木にも先程と同じ魔法陣を記す。そして、その少女、アイリス・フィフティーンは「ふぅ」と息を吐き出し、その場から姿を消した。

 


 一方で、黒髪の格闘少女は、拳を握り、眼前の尖った耳が特徴的な少女の姿を捉えた。近くで焚火の白い煙がゆらゆらと揺れ、草が生い茂る開けた空間で相対する者は、彼女より一回り大きい赤の鎧で身を守る赤光の騎士。甲冑を付けず、右頬にホクロのある赤い短髪の顔を晒したヘルメス族の少女は、自信満々な表情で胸の大きな格闘少女の姿を視認した。


 「はぁ」と深く息を吐き出し、最初に動き出したのは、格闘少女。前方を駆けだし、赤光の騎士との距離を詰め、右の拳を鎧に叩き込む。

 だが、その打撃が当たる直前、赤光の騎士は大地を蹴り飛ばし、体を右に半回転させながら、背中にある黒の鞘から大剣を抜き、それを振り下ろした。


「はっ」

 背中に衝撃を受け、体を回転させると、赤の大剣を一瞬で振り下ろした尖った耳の騎士の姿が見える。

 彼女が着ていた青いTシャツが斜めに切断され、彼女の背中にも同様の傷が刻まれていく。

 それから、すぐに彼女はジーンズを履いた右足を振り上げた。だが、赤光の騎士は体を後方に飛ばす。

 

「まだまだ隙だらけだにょん。どうやら、派手な高位錬金術や異能力を禁止した戦闘訓練は、オラの勝ちみたいだにょん」

 そのヘルメス族少女、ヘリス・クレアと顔を合わせたクルス・ホームは歯を食いしばりながら、倒れそうな痛みに耐えてみせる。

「まだです。まだ終わっていません!」と言い切るクルスは、真剣な表情でヘリスと向き合う。

「気が済むまで、付き合うにょん。ただし、続きは明日以降に持ち越しみたいだにょん」

 

 どういうことなのかと疑問に思うクルスの近くに、紫色のロングヘア少女が降り立つ。


「はい。そこまで」とアイリスの明るい声が森の中で響き、ヘリスは剣を鞘に納めた。

「アイリスさん。もう少しだけ戦わせてください。僕には時間がないんです!」

 焦る声を出しながら、頭を下げるクルスに対して、アイリスは首を横に振る。

「ダメです。戦闘訓練は、私がここに帰ってくるまでという約束なので。それに、焦ったところで良い結果になるとは思えないよ。体を休めて、コンディションをよくしないと、勝てる相手にも勝てなくなるからね」

「……分かりました」と五大錬金術師の助手の彼女が納得したところで、アイリスは、ジッとヘリスの顔を見つめた。


「ヘリス。今から、街まで食材を買ってきてね。あなたたちの旅の目的地、エフドラは明日到着すればいい。夜中に森を歩くのは危険というステラの指示に従い、今晩はここで夜営をするのだけど、夕食の食材が足りそうにないので、調達をお願いします。買ってきてほしいものは、ここに書いてあるから」

 そう言いながら、アイリスは白い紙をヘリスに差し出した。


「分かったにょん」と紙を受け取ったヘリスが、一瞬でクルスの視界から姿を消す。その直後、アイリスは深く息を吐き出した。


「ふぅ。これで邪魔者はいなくなりました」と呟くアイリスは、右手の薬指を立て、何もない空間を一回叩いてみせた。すると、白い大槌が召喚され、それを紫髪の少女が握り、地面に向かい振り下ろす。

 瞬く間に草が生い茂る地面に魔法陣が刻まれ、白い霧が吹きだした。それが森の中に流れていく。周囲を見渡して、その現象を目の当たりにしたクルスは目を丸くする。


「えっと、アイリスさん。これは……」

「約五分だけ人払いする術式を百メートル圏内で発動したよ。この術式、すごく面倒臭くてね。指定した座標に術式を施しながら回らないといけないんだよ。これで不測の事態も避けられます。事情を知らなくていいヘリスも追い出したし、これで心置きなく、ステラとの約束を果たせます!」


「約束?」と何も知らない五大錬金術師の助手が首を傾げる。その間にアイリスは、茶色い小槌を地面に落とし、木製の椅子を召喚した。

 そこに座ったヘルメス族の紫髪少女、アイリス・フィフティーンは、ステラ・ミカエルに弟子入りを決めた格闘少女、クルス・ホームの顔を真剣な表情で見つめた。


「あの試練の塔で、ステラはフェジアール機関の五大錬金術師を集めて、事情を説明すると言いました。本来ならば、その場にアルケミナ・エリクシナの助手のあなたも同席するべきなのだけれど、ステラは事情説明よりも修行を最優先させて、私にこれから起ころうとすることを説明する役目を押し付けた。ということで、そろそろ、説明を始めようかな?」

 神秘的な白い霧が周囲を漂う中で、アイリスの口が開く。


「はい。これから説明することを忘れないでね。アソッド・パルキルスは……」


 真実が明らかになり、クルス・ホームは顔を強張らせた。



 記憶を奪われ、世界の命運という重たすぎる役目を押し付けられた存在。


 故郷の人々から存在を忘れられ、帰るべき場所も奪われた存在。

 

 それがアソッド・パルキルス。


 彼女の真実が頭を駆けまわり、クルス・ホームは拳を強く握りしめた。


「どうして、そんな酷いことができるんですか!」

 声を荒げ憤る五大錬金術師の助手に対して、アイリスは同意するように首を縦に動かした。

「そうね。確かに、ルスちゃんはアソッドに酷いことをしたけど、それが運命。今頃、これと同じ話を聞いているアルケミナ・エリクシナもあなたと同じ気持ちを抱いているでしょう。さて、これは愚問だけど、この話を聞いたあなたは、何がしたい?」

「もちろん、先生と一緒に戦います!」

 瞳に闘志を宿し、決意を口にしたクルスと顔を合わせたアイリスが頷く。

「なるほど。あの試練の塔で戦った時、大切な人を守りたいという強い気持ちを感じたから。そう答えると思った。あまり時間はないけど、あなたは強くなれると思う。そんなあなたに贈る歌です。聞いてください。真実の夜明け!」


 アイリス・フィフティーンこと偶像の吟遊詩人が椅子から立ち上がり、声を響かせる。やがて、周囲を漂っていた白い霧も晴れていき、彼女のステージが始まった。

 

 

 


 

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