第85話 審判の日

「クソ。逃げられた。熟語の兄ちゃん。高位錬金術で相手がどこに隠れているのか分かるって言ってたな。アイツがどこに逃げたか分かるか?」

 ファブルを見失ったティンクが力強く地面を踏みしめた。背後に向けられた怒りの瞳には、ポリの姿が映る。

「不明。少なくとも半径一キロメートル圏内には、隠れていません」

「居場所も分からないのなら、無暗な追跡は断念するべきですわ」

 カリンの意見に賛同するように、スシンフリも首を縦に動かす。

「そうだな。襲撃者は、審判の日を滞りなく遂行するために、ルス・グースが用意した存在。中立的な立場のエルメラ守護団とあの襲撃者が交戦するのは、これで最後だ。続きは五大錬金術師に任せるんだろう? ステラ」

「そうです。EMETHシステムっていう錬金術を凌駕した技術を開発したフェジアール機関の五大錬金術師も巻き込むべきです。審判の日まで三十日しかないのですから」


「ステラ。審判の日とは何じゃ?」

 ステラ・ミカエルの目の前に立ったブラフマが首を傾げると、彼女は両手を一回叩く。

「続きは、私の家で話すです。あの家で待たせている二人にも話さないといけないので。スシンフリ、カリン。私たちを……」

「分かりましたわ。ポリは帰っても構いませんわ」

「了解」と短く答えたポリがブラフマたちの視界から消える。それから、現場に残った二人のヘルメス族が、両手を広げ、四人の人間の肩に触れる。


 次の瞬間、戦闘が繰り広げられた商店街から、六つの影が消えた。


一瞬でステラの家へ辿り着くと、ティンクとアルカナの肩に触れていたスシンフリが瞳を閉じる。

 再び開いた瞳は赤からピンクに変化し、その表情は穏やかなモノになった。一方で、カリンは、ステラとブラフマの肩から手を離し、木目調の床を踏みしめた。

 部屋の中で待機していたアルケミナの隣でアソッドは目を丸くする。

「ステラさん。襲撃者は……」

「私は何もしていませんが、撤退させました」

「それはそうと、珍しいですわね。ステラ。あなたが戦わないなんて……」

 首を傾げるカリンに対して、ステラは苦笑いした。

「私は、男になったラスちゃんの顔が見たかっただけです。それに、私は乱戦よりもサシでの真剣勝負の方が好きですから」


「そういえば、そうでしたわね」と納得の表情をカリン・テインが浮かべた後で、無表情のアルケミナ・エリクシナは、ステラの顔を見上げた。


「待ちくたびれた。襲撃者の対応が終わったのなら、詳しい話を聞きたい。なぜ、テルアカ以外の五大錬金術師をこの場に集めたのか?」

「そうだな。ブラフマも気にしてたが、審判の日って何なんだ? 俺の助手のファブルが、あんな狂戦士に変えられたのも、それが原因なんだろ?」

 アルケミナに続き、ティンクも疑問を連ねる。すると、ステラは背後を振り返り、その場に集まった人物たちの顔を一人一人見た。


「これから話すことを忘れないでください。アソッド・パルキルス。なぜ、あなたは記憶を失ったのか? なぜ、聖人七大異能のうち、癒神の手しか使えないのか? なぜ、聖人と同じく神の御加護を受けているのか? その答えは一つです。アソッド・パルキルス。あなたは、アルケア唯一の聖人、ルス・グースのムスメです」


「なんだと? アソッドが俺の助手を狂戦士に変えやがったクソ野郎の娘か?」

 ティンクが激怒の顔をアソッドに向ける。その目が合ったアソッドは思わず怯んだ。

「つまり、私のお母さんがティンクさんの助手を……」

 衝撃的な事実を知り動揺するアソッドに対して、ステラの右隣に立ったカリンが首を横に振る。

「あなたは何も悪くありませんわ。ステラは便宜上、ムスメという言葉を使っただけで、ルスがあなたを育てた母という意味ではありません。それに、ルスの年齢は十七歳。同い年のあなたを生むことは不可能ですわ」

「その通りです。これはあまり知られていない情報ですが、聖人はある条件を見たした生物に自身の能力を分け与えることができるそうです。さらに、聖人と同等の神の御加護を受けることもできるため、負傷することもありません」


「ふーん。大体分かったわ。要するに、アソッドは聖人ルス・グースから癒神の手っていう能力を譲渡されたってわけね」

 背中から虹色に輝く蝶の羽を生やした貧乳女子、アルカナ・クレナーが腕を組むと、リオは首を縦に動かした。

「まあ、そういうことです。聖人に異能力を分け与えられた存在を、私たちはムスメ、もしくはムスコと呼びます」


「なぜアソッドは、異能力を与えられた?」

 アルケミナからの問いかけを聞き、ステラは彼女を視線を合わせるように中腰状態になった。

「三十日後に行われる審判の日を滞りなく遂行するためです。そのために、エルメラ守護団は、一年前から準備を進めてきたです。その第一段階として、エルメラ守護団序列一位、星霜の聖職者はある町で平穏に暮らしていたアソッド・パルキルスを連れ去ったです。おそらく、その時に、聖人七大異能の一つ、癒神の手が使えるようにされたのでしょう」


 ステラの話を聞いていたアソッドが「あっ」と声を出す。その声を耳にした周囲の人々は一斉に彼女に注目した。

「夢を見ました。白い影が私をどこかに連れ去ろうとしている夢です。。そんな私を誰かが助けてくれて……もしかしたら、それってその出来事の記憶だったのかもしれません」

「ふわぁ。少しずつ思い出してるみたいですね」

 驚き目を丸くしたリオが両手を合わせる。その一方でカリンは表情を曇らせた。

 

「そんな拉致事件が起きたという報道を聞いたことがない」


 アルケミナの呟きに同意するように、ブラフマも首を縦に動かした。


「そうじゃな。アルケミナの言う通りじゃ」


「あの町を支配した星霜の聖職者は、アソッド・パルキルスという存在を、あの町で暮らしていた全ての人間の記憶から抹消したんです。全ては審判の日を滞りなく遂行するために……」

 ステラの説明を聞かされたティンクが怒りを瞳に込め、体を小刻みに震わせる。

「何のことだかサッパリ分からんが、そいつは酷い話だな。姉ちゃんが可哀そうだ!」

「……そうですわね。それはそうと、そろそろ本題に入った方が良いと思うのだけれど、どうかしら?」


 カリンからの問いかけに対して、ステラとリオが頷く。


「そうですね。では、ここからが本題です。度々話題になっている審判の日について、お話します。審判の日とは、数千年に一度訪れる聖戦が行われる日のことです。数千年に一度、エルメラの中に隠された悪意の封印が緩む時があります。その悪の化身と聖人が融合する時、世界崩壊が始まります。昨今の天変地異の原因は、そこにあり、アソッド・パルキルスは、それを止めるために選ばれました。つまり、その肩には、人類の命運が握られています」

 リオの説明に続き、アソッドは思わず身震いした。そんな彼女と顔を合わせながら、ステラはリオの説明を引き継ぐ。


「世界崩壊を止めるためには、二十九日後に、アソッドに異能力を分け与えたオヤを倒さければなりません。オヤ殺しの試練を攻略した時、世界に平穏が訪れるです。もちろん、アソッドとルスがサシで戦う必要はなく、仲間たちと共闘して倒すという選択肢もあるです」


「わかりやすい話だ。俺の助手を狂戦士に変えたクソ野郎をぶっ飛ばしたら、同時に世界崩壊も食い止めることもできるってことだな!」

 熱血漢のティンクが瞳を燃やしながら、腕を組むとカリンが首を縦に動かす。


「そうですわ。では、私はこの問題にフェジアール機関の五大錬金術師を巻き込んだ理由を明かそうかしら? エルメラ守護団内には、EMETHシステムの普及により、世界の物理法則の崩壊が起きるのではないかと危惧している者たちもいますわ。エルメラを使わなければ生成できない物質を瞬時に生成できる異能力者の誕生に恐怖したあの方たちは、EMETHシステムを開発したフェジアール機関の五大錬金術師をアソッド陣営の駒にしたのですわ。因みに、五大錬金術師のテルアカ・ノートンはルス・グースの仲間になったそうですわ」


 その発言を耳にした五大錬金術師たちの中で衝撃が走った。そんな中で、アルケミナ・エリクシナが無表情で首を傾げる。

「カリン。なぜテルアカはルスの仲間になった?」

「理由までは分からないのだけれど、現在、テルアカはルスと行動を共にしているようですわ」

「……分かった。ルス・グースを今から倒す。この国で平穏に暮らしていた女を拉致して、人類の命運という重たい十字架を背負わせたルスを私は許さない」

 闘志を燃やすアルケミナと顔を合わせたリオが両手を合わせた。

「ふわぁ。アソッドを助けようとしてたスシンフリと同じ目をしています。でも、それは無理です。ルスの居場所は分かりませんし、たとえ分かったとしても、今の小さな体では確実に死にます。相手は聖人七大異能だけではなく、絶対的能力やヘルメス族が使える異能力、合計十種の特殊能力が使えます」


「リオ。計算を間違えてますわ。アソッドの異能力の一つを分け与えているので、合計九種類の異能力が使えるのですわ。それに、わざわざ探しに行かなくても、オヤ殺しの試練が行われる座標は分かっているので、その場でルスを倒せばいいのですわ。そこまでなら飛ばせるので、任せてくださいませ」


「分かった」と短く答えたアルケミナの胸に闘志が宿る。そんな無表情な銀髪の幼女の顔を、アルカナとリオは見ていた。

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