第70話 異変都市

 銀髪の幼女を背中に乗せた四足歩行の怪物が物凄い速さで雲一つない青空を進んだ。

 目的地へと急ぐ怪物は、羽で空気を引き裂き、風を生み出す。同時に銀髪幼女の長い髪を揺らした。


 あと少しでシルフと呼ばれる大都市に辿り着く。そんな時、アルケミナ・エリクシナは違和感を覚えた。

「……おかしい」という幼女の声を聴き、怪物の動きが止まる。

「そうだな。さっきから様子がおかしい。あの街に近づけば近づくほど、風の流れが弱くなっているぞ。それに、俺たちが向かってる方向をよく見てみろ」

 上空に浮かぶ怪物の声を感じ取ったアルケミナは、目の前に広がる異様な光景を見て、思わず息を飲み込んだ。


 上空から見えたシルフは、どす黒い何かで覆われていた。街全体を包み込む何かは、渦を巻きながらゆっくりと回転している。


「何が起きているのかは分からないが、この現象、嫌な予感がする」

 ジッと異常な光景を空の上から見ていた、アルケミナが呟く。そして、次の瞬間、アルケミナは地上からの冷たい殺気を感じ取り、身を震わせた。

「……ティンク。今すぐもっと高く飛んで。飛行機よりも、もっと高く」

「ああ」と答え、言われるままに怪物は、さらなる高みを目指す。その間、アルケミナは怪物の背中の上から地上を覗き込んだ。


 その先で見えたのは、上空に浮かぶ魔法陣とそれを地上から銃のようなモノで狙う黒いローブを着た人物の姿。

 その数は一人や二人ではなく、二十人以上もいる。ここまで来て、ようやく地上の異変に気が付いたティンクは、素早く羽を動かした。


「なんだ? アイツら。この珍しい怪物を狙うハンターじゃないな?」

「そう。真下で浮かんでいる魔法陣の術式は、記憶を改ざんするモノ。あの銃で魔法陣ごと撃ち抜かれたら、私たちの記憶は消されていたと思う。ここまで来たら、効果は及ばないはず」

「なんでアイツら、あんな術式を使っているんだって、アルケミナ。大丈夫か?」

 目的地へと急ぎながらティンクが尋ねると、アルケミナは眉を潜めた。急に襲ってくる頭痛で視界が歪み、呼吸も荒くなっていく。冷え切った空気は幼女の肌を震わせ、耳鳴りが頭に響いた。


「はぁ……やっぱりダメ。早くあの何かで覆われている街に突っ込んでほしい」

「ああ、分かった。しっかり掴まれよ!」


 天空を舞う怪物が弾丸のようにシルフへと向かう。その距離が近くなると、空気の流れはピタリと止まり、羽を動かしても風は生まれなくなった。

 そして、わずか五秒ほどで五大錬金術師を乗せた怪物は、街を覆う何かの中へと侵入していく。


「何とかなったな」

 そう呟きながら、怪物は地上の芝生が広がる公園へ降り立った。そのあとでアルケミナは、怪物の背中から降りて、周囲の様子を見渡す。目の前にはいくつもの風車が設置されているが、全く回転していない。

 おまけに、風を肌で感じ取ることもできなかった。


「街の中もおかしくなっている。ティンク。空を見て」

 白い光に包まれて、巨漢な姿へと戻ったティンクは、空を見上げて顔を強張らせた。空に浮かんでいるのは、柱に緑色の蔦が巻いた柱が特徴的な神殿。はるか昔から存在している空中神殿を、赤い月が照らしていた。


「なんだ? 夜みたいに真っ暗だ。街の外は明るかったよな?」

「そう。まるで漆黒の幻想曲みたいだけど、あの現象が次に観測されるのは、来年のはず。局地的にあの現象が起きるとは考えにくい」

「そうだな。シルフと言ったら、常に風が吹いている街で有名なはずだが、全く風が吹いてないみたいだ。こんなこと、観測史上初なんじゃないか?」

 風車の近くにある木々を見たティンクが腕を組む。当然のように、木々の緑色の葉っぱも揺れていない。


 その一方でアルケミナは、座り込み地面に咲いていた花々を瞳に映した。灰色に染まった一輪の花を摘んだ彼女は、座った状態で巨漢の顔を見上げる。

「ティンク。この花を見て。これは風が吹きやすい地域でしか生息しない種類だけど、全部枯れている。おそらくこの現象は昨日や一昨日から起きているわけではない」

「おかしいな。だったら、なんで街でこんなことが起きているって、知らなかったんだ?」

 ティンクの一言を耳にしたアルケミナは、ハッとした。そして、立ち上がりながら、ジッとティンクの顔を見る。


「この街へ訪れようとしたら、地上から記憶を改ざんする術式を発動しようとした人たちがいた。情報が漏れていなかったのは、おそらく彼らの仕業。何者かが、この現象を隠蔽しようとしている」

「そうだろうな。それじゃあ、早くアルカナと合流しよう。まだ原因は分からないが、もしかしたらあの貧乳姉ちゃんは一人でこの問題を解決しようとしているのかもしれない」

「ティンクの見解は興味深い。この街には聖巨人召喚術式でアルカナが担当した座標があるから。その直後、街に異変が起きたとしたら、この街に居座り続けている理由にも納得できる」


 考察しながら銀髪の幼女が街へと向かい歩き始める。そんな彼女をティンクは追いかけた。


 五分ほど歩いた先にあった商店街は静寂に包まれていた。この場所のどこかにアルカナが働いているカフェがあるらしい。そう思いながら、足を踏み入れたアルケミナは、違和感を覚える。

 その視線の先には、街で暮らす人々の姿があった。

 虚ろな目の彼らは街で普段通りに暮らしていて、その首元には、真っ暗な星の紋章が刻まれている。

 妙な違和感を抱えながら、街を探索するアルケミナは、前方から殺気を感じ取り、突然立ち止まった。


 背中にⅧいう白い文字を刻んだ黒騎士が、アルケミナの横を素通りしていく。

 すると、その直後、近くから男の子の叫び声が響いた。


「父さんを帰せぇぇぇぇ!」

 声が聞こえた前方に視線を向けると、黒髪で痩せ細った六歳くらいの男の子が、黒い鎧で身を包む騎士を殴っていた。特に痛がる素振りも見せない黒騎士は、男の子を見下すように頬を緩める。

「いい加減にしろ。クソガキ」

 次の瞬間、黒騎士は、男の子を思いきり蹴り上げた。

 周囲の人々は、男の子を助けようともせず、何事もなかったかのように振る舞っていた。


 その一部始終を目撃したアルケミナは、瞬時に燃えるように紅い槌を叩き、その騎士との距離を詰める。

 召喚された赤色の大太刀を構えた幼女は、一瞬で男の子を襲った騎士に向かって、それを振り下ろす。

 すると、火花が舞い散り、黒騎士の体は、上空へと飛ばされた。

 そうして、地面に叩きつけられる瞬間、黒騎士の姿は一瞬で消えた。


 その男の姿が突然消えた後、アルケミナは手にしていた鞘に刀を納めた。それから、彼女は尻餅をついている男の子の前に右手を差し出す。

「大丈夫?」

「ありがとうな。助けてくれて」

 自分よりも年下に見える女の子の右手を掴み、男の子は起き上がった。その子は真っすぐな瞳で女の子の顔をジッと見てから、自分の両手をギュっと握る。

「アイツらの所為だ。アイツらの所為で父さんは……」

 そう呟きながら、男の子はドームを睨みつけた。そんな反応を見せた男の子を見て、アルケミナは首を傾げる。

「何があった?」

「あの日、突然やってきたアイツらがこの街やみんなを変えてしまったんだ。大人たちが突然攻めてきたアイツらと戦ったけど、みんな負けた。そして、この街を乗っ取ったアイツらは、みんなを支配していった。スシンフリ一味を俺は絶対に許さない!」

 怒りの声を静かな商店街で叫んだ男の子を見て、アルケミナたちは察することができた。

 全てはスシンフリと呼ばれる人物の仕業。銀髪の幼女が仮設を導き出した瞬間、突然、目の前の男の子は目を大きく見開き、顔を強張らせた。


「フゥくん。スシンフリ様の悪口、そこまでにしよっかぁ♪」


 フゥと呼ばれた男の子の視線を追ったアルケミナとティンクは、思わず言葉を失った。

 そこで突然現れたのは、茶色いショートカットの貧乳低身長女子。

 背中からキレイな虹色の蝶の羽を生やし、紫色の左目にEMETHという文字を移した彼女は五大錬金術師の一人、アルカナ・クレナーだった。


 

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