第十二章 大都市占拠

第69話 暴虐の騎士

 九つの影が風と共に緑に覆われた丘を駆けた。

 周囲に並ぶ風車はグルリと周り、緑色の木々の葉っぱも途切れることなく揺れ続ける。

 そんな広場の景色に癒されていた多くの人々は、白いローブで身を隠す彼らのことなど気にせず、うっとりとした表情を浮かべていた。


 街の人々は屋外に設置された巨大モニターを見ていた三年ぶりに観測される漆黒の幻想曲と呼ばれる現象よりも人々を夢中にさせたのは、新システムの実証実験に関する話題。

 画面の中のアナウンサーは、アルケア政府と錬金術研究の第一人者たちが多く在籍するフェジアール機関が共同で開発した新システムに関する情報を視聴者に伝えていた。


 そんな情報に聞く耳を立てない一団は、その場で立ち止まり、上空に浮かぶ神殿を見上げた。その空中神殿の柱には、緑色の蔦が巻かれている。

 数秒の時が流れ、彼らの中にいた一人の男が一歩を踏み出す。それからすぐに、残りの八人は男を中心にして輪になった。


 仲間たちに囲まれた白いローブの男は、白色の槌を取り出し、それを叩きつけた。

 魔法陣が地面に刻み込まれると、男たちは一斉に右手を握り、前へ突き出した。

「配置に付きました!」

 魔法陣の中央に立っていた男が声を出すと、すぐに彼らの頭に甘ったるい少年の声が響く。


「ご苦労様です。予定通り、侵略作戦を開始します。住民たちは見つけ次第全員生け捕りにしてください」



 人々に不穏な会話は届かない。間もなくして、巨大モニターで放送されている特別番組は会見の中継に切り替わった。



「私はアルケミナ・エリクシナ。五大錬金術師の一人。早速だが、一時間後に行われるEMETHプロジェクトについての会見を行う」


 画面の中で、白衣姿の長い銀髪の巨乳女性が無表情で、今日行われるプロジェクトに関する会見を開く。

 それを見ていた短い黒髪の男の子は、憧れを胸に抱きながら、目を輝かせた。

「錬金術に変わる新たなチカラかぁ。スゴイな。それがあったら、錬金術の勉強なんてしなくていいんだろうなぁ」

「フゥ。ちゃんと勉強しないとダメだ」

 その男の子の右隣にいたスキンヘッドの男は優しく微笑みながら、フゥの頭を軽く叩いた。

 軽く叱った後フゥの父親は近くにいた住民の男の声を耳にする。

「なんだ? こんな時に故障か?」


 その声に反応した親子は、視線を巨大モニターに向けた。


「このプ……に……人類……に……る……」

 

 画面が揺れ始め、音も途切れるようになった。


「……ザッ……ザッ……ザッ……ザッザッ……」


 やがて、画面に砂嵐が走り始め、音が耳障りなノイズに変わっていく。

 何が起きているのか分からない人々が通信機器を取り出していく中で、フゥは父親の上着の裾を引っ張った。

「つまんないから、あっちに行こうよ。あっちにカッコイイ騎士がいっぱい来てるんだ」

「騎士?」と首を傾げた父親が子供の視線を追いかける。そこに黒い甲冑に身を包む騎士たちがいつの間にか集まっていた。


 なにかがおかしいと人々が思い始めた頃、何も映さなくなった画面から砂嵐とノイズが消えた。

 電波障害が修復されたのだろうと思った人々が、次々と巨大モニターを見る。だが、そこに映し出されたのは、どこかのビルの屋上の景色だった。

 そして、画面に映り込んだお河童頭の少年が、白いタバコを一本咥えた状態で両手を広げながら、人々に甘ったるい声を聴かせた。


「はい。皆様。ご注目ください。僕はスシンフリ様の部下のディーブと申します。今日からこの街は、スシンフリ様のモノになりました。繰り返します。今日からこの街は、スシンフリ様のモノになりました」


 質の悪いイタズラだと思ったフゥの父親の耳に悲鳴が届いたのは、それから数秒後のことだった。


「おかあぁぁぁぁさぁぁあぁぁん」

 突然聞こえてきた誰かの悲鳴に驚き、多くの人々が周囲を見渡す。その声の先では、黒い騎士たちの近くにいた三つ編みの小さな女の子が大声で泣いていた。その傍らで太った女性が頭から血を流して倒れている。

 その女の子は泣きわめきながら、倒れた母親の肩を揺さぶっていた。そんな女の子を、冷酷な瞳で映した黒騎士は、容赦なく女の子の背中を手にしていた長刀で切りつけた。

 女の子が母親の背中の上に倒れた瞬間、広場で悲鳴が響く。


 三人一組になった黒騎士たちが、躊躇いもなく無抵抗な人々を斬りつけている。血を流し次々と倒れていく人々を目の当たりにしたフゥの父親は、咄嗟に息子の目を両手で覆った。

 

 そんな親子の姿を見ていた1人の黒騎士は、ニヤリと笑い、漆黒色の長剣を握って、前へと駆けだした。

「ぐわぁぁ」という悲鳴を近くで聞いたフゥの父親は顔を強張らせる。被害は近くにいた人々にまで及ぶ。次々と人々が手にしていた通信機器が落ちていき、無抵抗な人々の体が地面に転がった。


 一瞬立ち止まってから剣先を親子に向けた黒騎士が怪しく笑う。そうして、長剣が振り下ろされようとした瞬間、何かが騎士が握っている剣の先端を弾いた。弾かれたソレは巨大モニターの壁に命中してしまう。


「動くな。警察だ!」


 親子を守るように立ち塞がった警察官が短銃の銃口を騎士に向ける。黒騎士が周囲を見渡すと、既に現場に集まっていた。その数はここにいるだけで数百人いる。それでも騎士たちはビクともしない。


「きみたちは逃げるんだ。仲間が避難誘導している」


 騎士から視線を逸らさずに背後にいる親子に声をかけた警察官に、フゥの父親は頭を下げた。そうして、息子を抱きかかえたまま、その場から逃げる。

 逃げていく人々を追いかけようとする騎士たちの周りを、警察官たちがビッチリと固めていく。


 お河童頭の男がいるビルの屋上にも、ゾロゾロと武装した警察官たちが突入した。

 重そうな盾に長銃を構えた数百の影を目で数えたお河童頭の男は、咥えていたタバコのフィルターを噛む。


「予想以上にお早い到着ですね。偉い。偉い」

 ヘラヘラと笑う男は、素早く取り出した二種類の玉をポンと地面に叩きつけた。すると、周囲を赤と緑の煙が包み込んでいく。その中で雷を走らせたディーブが両手を叩く。


「はい。制圧完了。あの騎士たちを囲んでいる人は、反逆者なんだから、全員逮捕してくださいね」

 煙の消滅と共に、ディーブを囲んでいた警察官の瞳から光が消えた。そうして、彼らはゾロゾロと地上へ降りていく。



「なんだ? こいつら……」

 シルフ広場で多くの人々を襲った騎士たちを確保しようとしている警察官が、息を飲み込んだ。

 三人一組の黒騎士たちが、包囲網の中で三角形を描くように立ち、長刀を一回振るった。

 その間に、騎士たちを円形に囲んだ警察官たちが、次々に銃弾を放っていく。

 それを気にしない騎士たちは、剣を左右に振り回しながら背中合わせで駆けだす。

 放たれた銃弾は、鎧で弾かれ、傷を負わせることすらできない。その間に、次から次へと仲間たちが倒れていく。

 防戦一方の中で、半数の正義の使者たちがわずか三分で失われた。

 

「よし。お前らは、住民たちを見つけ次第、スシンフリ様のところへ連れていけ! 残った相手は俺が狩る!」

 Ⅰと白い文字を背中に刻み込まれた黒騎士が周囲の仲間に向けて叫んだ。

 

 その声を聴いた残りの騎士たちが、自分たちを確保しようしている警察官たちを避けながら、散り散りになっていく。

「ダメだ。こいつらを広場の外に出すな!」

 警察官が周囲の仲間に向けて叫んだ。その声を聞いた正義の使者たちは、命を懸けて、黒騎士たちの前に文字通り立ち塞がる。


 その瞬間、突然、草が生い茂る地面に数百個の魔法陣が刻み込まれた。その上に武装した警察官たちが出現してくのを横目で見ていた警察官が首を縦に振る。


「遠隔筆記術式で援軍が来てくれたんだ。これで形勢逆転だ! みんなでこいつらを捕まえ……」

 仲間を励ますように語り掛ける警察官の背後で銃声が聞こえた。背後を振り返ると、虚ろな目をした仲間が手にしている銃口から白煙が昇っている。自分が撃たれたことを察した警察官は、激痛に襲われ、その場にうつ伏せに倒れた。


 虚ろな目をした警察官たちが「スシンフリ様」と呟きながら、一斉に動き出す。そして、ものの数秒ほどで、騎士たちと相対していた警察官たちは、かつての仲間たちに囲まれた。

 その間に黒騎士たちが広場から逃げていく。


 そのころ、広場にいた人々は警察官に先導され、一生懸命にビルの谷間を走っていた。

「避難所は、もうすぐです。頑張ってください」

 

 先導する警察官に励まされた人々が、次々に右に曲がっていく。その曲がり角の手前で、父親の背中に背負われていたフゥは、空を見上げて、目をパチクリとさせた。

「何? あの黄色いの……」

 息子の声に反応した父親は、立ち止まり上空を見た。そこに浮かぶ雲から、黄色い液体が降っているのが見えた彼は首を傾げる。その液体は、地上に落ちるとすぐに黄色い煙になって消えていく。

「……とにかく逃げるぞ!」

 息子の問いに答えられなかった父親は、すぐに右折した。だが、次の瞬間、彼らは困惑してしまう。


 そこは、先程までいたシルフ広場だった。

 いつの間にか元いた場所に戻ってきていた人々は、状況を理解できずに立ち尽くすことしかできなかった。

 

「この街からは逃げられない」

 どこかでそんな声が聞いたフゥの父親の顔は青ざめた。

 いつの間にか、自分の目の前に現れた黒騎士を前にして、彼は後退りした。

 その間に、近くにいた人々がパニックになり、一目散に逃げていく。


 黒騎士が手にしていた長刀を振るい、鞘に納めた。それと同時に、フゥの父親の体はうつ伏せに倒れていく。

 背負われていたフゥの体は、反動で前へ転がった。


 転んだ状態から体を起き上がらせたフゥは、目の前に広がる光景に恐怖した。

 そんな時、フゥの目の前で、父親が体を小刻みに震わせながら、立ち上がった。

 

 フゥの父親は、両手を前に伸ばし、ゆっくりと、前へ進んでいく。

「……フゥ……大丈夫……だ。俺が……」

 途切れていく父親の声を聴いたフゥは、目を大きく見開いて叫んだ。

「父さん。危ない!」


 フゥの父親の背後にいた黒騎士は、動きが鈍っている獲物を刀で殴った。成す術もなく、男は倒れていく。


 黒騎士たちは、無抵抗な人々を襲っている。

 もはや、ここはフゥが知っている街ではなくなっていた。


 怒りと憤りで胸がいっぱいになったフゥが目の前にいる黒騎士を睨みつけた。


 これがアルケア八大都市、シルフを舞台にした陰謀の始まりだった。


 

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