第65話 偶像の吟遊詩人

 数千段の螺旋階段を昇りきった先にあったのは、黒色の扉だった。金色の棒が持ち手を握ったクルスは、目の前のドアを引いてみた。重たく分厚いそれを難なく開け、足を踏み入れる。


 床は石ではない別の物質で構成されていることに、挑戦者はすぐに気が付いた。周囲は暗いが、ところどころ光のようなものが見える。


「アイちゃん、アイちゃん、アイちゃん」

 どこかから聞こえた複数の声は、誰かを呼ぶ。その声は次第に大きくなった。それから、数秒後、どこからか軽快な音楽が流れ始め、かわいらしい女の子の声が響く。


「極東の国々を旅していた時のことでした。あの国に根付く文化は素晴らしく、かわいらしく踊っている女の子たちは、輝いていました。その時、思ったんです。私もみんなを笑顔にしたいって」

 同時に、様々な場所から「おおぉぉ」という叫び声も聞こえ始めた。


 周囲が徐々に明るくなり、クルス・ホームは思いがけない状況を目の当たりにした。円形の戦闘場を、数百人の白いローブを羽織る者たちが囲んでいる。彼らの手には、光る棒のようなモノが握られていて、中には両手に複数個装備している者もいる。二十メートルはありそうなほど高い天井には、スポットライトのようなものが取り付けられていた。


 乱戦でも始まるのかとクルスが思ったその時、何者かが目の前に姿を現した。パープル色のリボンがあしらわれた純白のドレスを着ている。その紫色のロングヘア少女の手にはいくつかの槌が握られている。そんな彼女は、クルスのことなど無視して、かわいらしく両手を振りながら、一歩を踏み出す。


「それから、私の苦悩が始まりました。どうすれば、あの娘たちに近づけるのか? 悩み続けた私は、ヘルメス・エメラルドさんが遺した高位錬金術を知りました」


 ドレス姿の少女は、その場に立ち止まり、首を左右に振ってみせる。

「しかし、あの錬金術を私は使いこなせませんでした。その時、私は思いました。私にはアレを使いこなす力がない。だけど、私は諦めません。それなら、私でも使える高位錬金術を開発すればいいだけのこと」


 続けて彼女は、両手に銀色の槌を持ち、振り下ろしながら、一歩ずつ進んでいく。すると、次から次へと魔法陣の上に銀色の鎧が召喚されていった。剣や盾すら装備していないそれは、一歩も動かない。その数は六体ほどで、キレイに二列に並んでいる。


「こうして、私は自動人形召喚術式を完成させました。そして、私、アイリス・フィフティーンはエルメラ守護団序列十五位となったのです」

 明るい音楽が戦闘場に鳴り響き、アイリスは笑顔で体を半回転させ、ようやく挑戦者の彼女と顔を合わせる。


「みんな、ありがとっ。がんばっちゃうからね♪」


 その言葉が合図になっていたのだろうか。召喚された鎧が腕を伸ばす。アイリスは鎧と鎧の間を駆け抜ける。伸ばされた腕に二回触れながら。一気に挑戦者との距離を詰め、右足を伸ばしながら、回転する。


 クルスは咄嗟に距離を取るが、アイリスは左右にリズムに合わせて飛び跳ねる。


「わたしのセカイは――どこだろう――ひとり悩む毎日」


 しっとりとした少女の歌声に反応したのか、 召喚された鎧は、前後左右に歩みを進める。自動的に動く。残った二体の鎧は、中央で舞い続けた。その整列を見ていた数百人の人々は、光る棒を振り回す。


「でもね――見えたよ――みんなのヒカリ――わたしのヒカリ」


 激しくなる音と共に、自動人形たちの動きも速くなる。数百人の声も大きくなった。


「ファイ、ファイ、ファイ」


 その瞬間、クルスは異変に気が付いた。激しく舞っている鎧がオレンジ色に光っているのだ。しかも、先ほどまで見えていた、アイリスと名乗る少女の姿も見えない。まさかと思い、身構えたが時既に遅し。

 音もなく目の前に現れたアイリスは、素早く蹴りを入れた。突然のことで対処できないクルスの体は、後方へ飛ばされた。

 挑戦者の背後に配置された鎧は、拳を前に突きだす。あと少しでぶつかり、攻撃を受けてしまう。そう察知した五大錬金術師の助手は、後方の鎧の腕を掴んだ。殴りを受けるより先に、鎧は消失してしまう。


 なんとか攻撃を防ぐことができたと安堵した矢先、クルスは予測不能な光景を目撃してしまう。先ほど破壊したはずの踊る鎧は、何事もなかったように、修復され、拳を打った。

 力強い一撃に耐え、もう一度、鎧を壊そうと腕を伸ばす。だが、その手は通じない。アイリスが回転しながらクルスとの距離を詰め、隙のない回転蹴りで腹部を攻撃。


「長い旅で――見つけた――輝く星々――だけど――それは遠くて……」


 歌いながら、蹴り技を決め続けるアイリスにクルスは防戦一方だった。

 そもそも敵の数が多すぎると彼は思う。アイリス・フィフティーンという歌って踊る錬金術師。踊る鎧人形が六体。人形は絶対的能力で壊せるが、すぐに修復されてしまう。そして、周囲を囲む数百人の者たち。その正体は分からないが、彼らの応援はアイリスたちに力を与えているに違いない。そう考えながら、全身を使って一撃一撃を防ぐ。


「起きないキセキ――いばらの道――限界の壁――壊したい」


 アイリスは攻撃を止め、体をくるりと回転させた。鎧人形はいつの間にか左右に分かれ、集まっていた。三角形のような形の編成のそれぞれの角に、一体ずつ。

 アイリスが加わった左側の集団は、見事な四角形の整列となり、対角線に向かって一斉に歩みを進める。同時に、クルスの周囲を三体の鎧人形が囲んだ。三角形の中央に位置する座標に立たされた巨乳少女を目指し、動く人形は拳を交錯させる。それが直撃するより先に、蹴りを一回転させ、鎧の拳を払う。


「いくよ♪」


 小声でアイリスが呟き、クルスの前から姿を消した。周囲を見渡すと、空中に六つの魔法陣が出現しているのが分かった。

 それからおよそ一秒で、アイリスはクルスの目の前に姿を晒す。

 その右手には紫色に光る棒状の剣が握られていた。クルスの周りを六体の鎧が囲み、もはや逃げることはできない。鎧は一歩ずつクルスとの距離を詰めていく。


「わたしのセカイは――どこだろう――ひとり悩む毎日」


 そう歌い出した直後、鎧は一斉に拳に力を込めながら走る。一方のアイリスは、クルスの腹に棒剣を向けた。縦に振ったそれは、挑戦者の腹に食い込む。その後、嵐のように六体の鎧が迫った。殴る蹴るといった技を次々に仕掛けていく人形を前にして、クルスは彼らの攻撃を受け流していく。


「でもね――見えたよ――みんなのヒカリ――わたしのヒカリ」


 右手を振り上げながら、剣を回転させ、十字架を作るように斬りかかる。見たことない剣術は、ヘリスのものとは違う。

 身に纏っていた青いTシャツが切り刻まれ、大きな胸が露わになっていく。


 そのあと続けて、素早く剣を左手に持ち替え、同じ動きで自分よりも大きな胸の谷間に十文字の傷口を刻ませた。

 傷口から赤い血が垂れ、痛みが体を貫く。思わず歯を食いしばり、アイリスの剣の動きを目で追いながら、体を後ろに飛ばす。

 だが、その背後から強い衝撃が加わり、体が前方に倒れていった。大きく目を見開き、背後を振り返ると、鎧姿の人形がいる。


 おそらく、あの人形に背後から殴られたのだろうと推測しながら、倒れそうになる体を止めるため、足に力を込めた。

 その間に、アイリスはクルスの眼前に飛び、彼女の右肩に触れた。



「なっ」

 顔を上に向けたクルスの顔に驚愕の文字が刻まれる。見えたのは二十メートル先の天井にぶら下がっているはずの黒いスポットライトの数々。

 不意に浮かんだ体が物凄い速さで落ちていく。

 空気を切り裂き、格闘娘の長い後ろ髪と大きな胸が激しく上下左右に揺れる。


 あの一瞬で天井スレスレの上空二十メートルの高さまで飛ばされた。

 理解できても、このままでは地上に叩きつけられてしまう。


「うわぁぁぁああああっ!!」

 

 巨乳少女の悲鳴は、周囲の歓声で掻き消されてしまう。

 その間、クルスの真下で、鎧が前後左右に分かれるように散り散りになり、右腕を天に向け伸ばしていた。

 その中央には、剣を天に掲げるアイリスの姿もある。

 

 地上まで残り四メートル。周囲から力強い声が響く。その声に耳を傾けていたアイリスは、上空から落ちてくる挑戦者に剣先を向け、大きく半円を描くように動かした。

 

 その斬撃がクルスの体と重なる瞬間、クルスは体を右に傾けた。飛ばされた斬撃が壁を粉々に砕く間に、五大錬金術師の助手が咄嗟に右手を伸ばす。

 剣先と右掌が重ね、それを握った瞬間、敵の武器は一瞬で消えてしまう。


 それから、両足で地上に着地してから、彼女は素早く戦闘場の中央まで走り、茶色い槌を叩く。


 ドンという音が軽快な音楽を壊し、厚く巨大な壁が床からせり上がっていく。それを見たアイリスは、壁の向こう側に消えた。壁で分断された鎧人形の数は三体。 

 自動的に動くそれらが、一斉にクルスへ向かい、飛び掛かる。その瞬間を待っていたクルスは、再び槌を振り下ろした。召喚された壁に人形が激突。天井まで届きそうな壁の前で転び、彼らは閉じ込められた。


 間もなくして、アイリスがクルスの前に姿を現す。ドレス姿の彼女は、狭くなった空間を見渡す。音楽すら聞こえない静かな場所が出来上がったことを知る少女が消える。数秒ほどで挑戦者の前に戻ってきたアイリスは、壁を強く叩いてみせた。


「考えたね。蓄積印壁の槌で場を分断させ、戦力を下げるなんて。おまけに声援を届きにくくした。でも、こんな単純な作戦は、通用しない♪」

 余裕そうな顔で右手の人差し指で円を描くように壁をなぞる。すると、分断された壁に大きな魔法陣が浮かび上がった。そのあとで、彼女はクルスに耳打ちする。

「壁越しでも私の声が届くようにしたよ」

 そう囁き、アイリスは体を一回転させる。


「みんな、歌って♪」


 その声に反応したのか、至る所から歌声が届き始める。


「わたしのセカイは――ここだよ――だから大丈夫」


 アイリスの体をオレンジ色の強い光が覆う。そのまま、スキップで移動した彼女は、壁を殴った。すると、分断されていた巨大な壁が音を立て、崩れていった。崩壊していく壁を前にいる挑戦者に向かい、アイリスは飛び掛かる。


「みんな、ありがとっ♪」


 そう呼びかけながら、力強い拳で挑戦者を殴る。だが、それをクルスは受け止める。

「こんなところで負けるわけにはいきません!」

 力強い叫びと共に、アイリスの腹に蹴りを打ち込む。そのまま、彼女の体を前方に投げ飛ばし、自らも飛び上がる。そうして、床に落ちていくアイリスを蹴り落した。


「わたしのセカイは――ここだよ――だから大丈夫」


 渾身の一撃が直撃したはずのアイリスの歌声が聞こえる。


「新しい――世界の景色――みんなのヒカリ――わたしのヒカリ」


 いつの間にかアイリスは、戦闘場の中央に立っていて、そのまま頭を下げる。


「みんな、ありがとっ♪」


 にこやかな笑顔で魅了させる彼女は、クルスの右手と自分の手を繋ぎ、そのまま戦闘場から去った。

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