第56話 指先だけで

「これから、この中庭でティータイムをする予定だったのです。争いは嫌いなのですが、仕方ないのです」

 そう呟いたルスは、椅子に座り机の上に置かれたティーカップを持ち上げた。

この意外な行動を見て、マリアは驚きを隠せない。


「何をやっている?」

 老人の問いを聞き、ルスは真顔で答えた。

「ヘルメス族の種族性をご存じないですか? 圧倒的な能力差があった場合、ヘルメス族はハンデを設けて敵と対峙するのです。見た所、三人纏めて右手の人差し指を使うだけで十分勝てる相手と判断したのです。この程度の相手なら、紅茶を飲みながらでも勝てるのですよ」

 幼女の宣言は、サニディの逆鱗に触れる。


「ふざけるな!」

 怒りを込めて槌を振り下ろすサニディ。錬金術で召喚された太刀を構え、動こうともしない敵に詰め寄る。


 一方でルスは、敵と視線を合わせることなく、右腕を横に伸ばした。それから、伸ばされた右手の人差し指で、見えない何かに触れる。

 斬りかかる敵の刃は、見えない何かで防がれてしまう。敵の動きが止まった瞬間、ルスは伸ばされた右手人差し指で見えない何かに触れた。


 すると、次の瞬間、ルスの目の前で黒煙が発生。地面が少々揺れ、熱風と衝撃がサニディを襲った。

 太刀と上着が消し飛び、爆風に煽られたサニディの体は、背中から地面へ叩きつけられた。

 一瞬のことで、マリアたちは何が起きたのか分からなかった。

 無傷のルスは、何事もなかったように紅茶を一口飲む。


 襲ってきた敵を横眼で観察して、サニディがまだ生きていることを知ったルスは安堵した。


「人殺しにならなくて、良かったのです。残りの侵入者さん、このお仲間のようになりたくなかったら、私の紅茶を飲んで帰ってほしいのです。お仲間は死なない程度のダメージしか受けていないので、今なら命だけは助かるはずなのです」


 何かがおかしいとカオスは思った。目の前にいるのは、聖なる三角錐と呼ばれる危険な錬金術研究機関のメンバー。彼らは冷酷非情で残虐行為を繰り返していると聞く。しかし、目の前にいるヘルメス族の幼女からは、人を何人も殺してきたような冷たい雰囲気を感じない。それとは真逆の明るい穏やかな平和主義者のような印象だった。


「おい。お前は聖なる三角錐のメンバーだろ? だったら、なんでトドメをささない」

 カオスの疑問を聞き、ルスはクスっと笑った。

「無防備な敵を攻撃することなんてできないのです。良心が痛みます」

「良心だと! お前は残酷行為を繰り返す危険な錬金術研究機関に所属しているんだ。そんなものあるはずがない」

「……偏見なのです」

 ルスはティーカップをソーサーの上に置き、瞳を閉じた。


 もしかしたらとカオスは思った。目の前にいる幼女は脅されて無理矢理危険な錬金術研究を強要されているのではないかと。

 もしかしたら話せば分かる相手ではないのか?

 そう考えに至ったカオスは、一歩ずつヘルメス族の幼女の元へ歩み寄った。


「偏見の含まれる発言をしてすまなかった。お前が悪い奴じゃないってことも分かったから、教えてくれないか? どうして危険な錬金術研究機関に所属しているのか? もしかして脅されているんなら、俺たちが助けることができるかもしれない」


 ルスはカオスの真剣な顔をジッと見てから、溜息を吐く。

「寝言は寝てから言ってほしいのです。私にも勝てない相手が私を助けることなんてできるはずがないのです」


 その幼女の言葉にカチンと来たカオスは怒り、緑色の槌を叩く。すると突風が吹く。この城に潜入した時に出現した花々の花びらが風によって飛ばされた。様々な色の花びらは、風に乗って蛇行していく。

 そして、ルスの周囲を花弁が囲む。


「どうだ! 俺の異能と錬金術の合わせ技は」

 カオスは自信満々に胸を張る。だが、ルスは相変わらずケーキスタンドに左手を伸ばし、お菓子を食べる仕草をして、カオスを全く相手にしない。


「私の周りを風に乗って漂っている花弁。確かこの城の周辺に自生する花弁に毒性の強い花粉を付着させる種類の奴なのですね。確か、花粉を吸いこみ過ぎたら、立ち上がることすらできず、呼吸困難で死亡するらしいのです」


「その通りだ。俺の絶対的能力は、一歩踏み出すごとに、この地域に咲く植物を咲かせるっていうもの。自らの意志では制御できないが、こうやって錬金術を駆使して、戦うこともできるってことだ。お前の周りには意識を失うほどの花粉が漂っている。つまり、十秒もすれば、お前は動けなくなるってことだな」

 

 カオスの笑い声が庭園に響く。だがしかし、瞳を青く光らせた幼女の体には変化がない。そのことに気が付いたカオスは啞然とした。


「十秒経過なのです。相手が悪かったのですね。聖人七大異能の一つ、毒呪無効。その名の通り、毒や呪いの類を無効化させるのです」

 幼女の発言を聞き、カオスは開いた顎が塞がらなかった。目の前に立ち塞がるのは、世界で数少ない聖人と呼ばれる存在。


 なぜ聖人が危険な錬金術研究機関に属しているのかという疑問が、カオスの頭を埋め尽くしていく。

「でも、花粉を飛ばされたら、紅茶がマズくなるのですよ」


 襲撃者のことなど眼中にないルスは、席を立ちあがり、風の流れを読んで、右手人差し指で風に乗る一枚の花弁に触れてみせた。すると、ルスの周りに漂っていた花弁が風と共に一瞬で凍り付いた。空中に浮かぶ凍った花弁は、そのまま地面に叩きつけられてしまう。


 直後、電流を帯びた石が数十個ルスの周りに浮かび上がった。よく見ると、瞬殺したはずのサニディが立ち上がっていた。しかし、痛みが全身に響いている彼は、動くことすらできない。

 そのハングリー精神にルスは感心する。


「スゴイのです。あの攻撃を受けて立ち上がることができるとは思わなかったのです。見た所錬金術を使用した形跡がないので、絶対的能力といったところなのですね?」


 敵の分析を聞きながら、サニディは振るえる右手を前に伸ばし、自身の右手を握った。

 すると、ルスの周りに浮かぶ電流を帯びた石が同じ石にぶつかっていき、同時に爆発した。その衝撃で、ケーキスタンドやティーセットが置かれた机が消滅した。


 灼熱が庭園の芝生を焼く。黒煙が消えていき、サニディはこれほどの威力なら敵もダメージを負っているはずだと思った。

 だが、その期待は大きく裏切られてしまう。黒煙が消え浮かび上がったのは、無傷の聖人の姿。


「なるほどなのです。一定以上の衝撃を与えることで破裂する雷石を自在に操る絶対的能力のようなのですね。でも、この能力が決定打になるとは思えないのです」


 直後、サニディの目の前に二個の雷石が出現した。一方の青く輝く瞳のルスは右手の人差し指を前に突き出し、その指を曲げる。すると、雷石はぶつかり、破裂した。至近距離で衝撃を受けたサニディは、一矢報いることすらできず、その場に倒れ込む。


 一瞬の出来事を見て、カオスは驚愕した。

「コイツ、さっきのサニディの絶対的能力と同じことをしやがった!」

 もはや勝てる気がしない。襲撃者の顔は絶望の色で染まった。


 この一分間で、二人の強者の絶対的能力者が絶望の淵に叩きつけられた。

 二人に同伴しているマリアは、二人の仲間が倒されるところを指を咥えて見ることしかできなかった。

 カオスは戦意喪失状態に陥り、サニディは気絶している。この場に残されているのは自分のみ。

 自分の絶対的能力を使用したとしても、防戦一方状態になり、数分後には自分達が撃破されているだろう。


 そう考えたマリアには打つ手がない。そんな時、ルスは瞳を閉じ、意外な言葉を呟く。


「三分後、トールの寿命が尽きるのです。その遺体を持って帰れば問題ないはずなのですよ。無益な戦いはイヤなのです」

「何を言っているんだ?」

 戦意喪失状態のカオスが、碧眼の幼女に尋ねる。

「聖人七大異能の一つ、未来視を使ってあなたたちの未来を見たのです。それによると、あなたたちはトールの遺体を回収して、この城から……」


 言葉を遮り、どこから銃弾が飛んでくる。それさえも見切っていたルスは、錬金術で鋼鉄の盾を生成し、攻撃を防ぐ。


「テルアカ。邪魔しないでほしいのです。今、争いなんてやらなくていいって説明しているところだったのですよ」

 白い仮面を顔に装着した長身の黒いスーツ姿の男が颯爽とルスの前に現れた。

「師匠」

 マリアが呟き、男の仮面に隠された顔を見る。その人物こそ、五大錬金術師の一人で、マリアの父が招集した最後のメンバー、テルアカだった。

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