第十章 アゼルパイン城

第55話 殲滅作戦

「話が違うよ。万全な状態が整ってから、殲滅する予定じゃなかったの?」

 アルケア八大都市の一つ、ウンディーネにあるお屋敷の一室で、十五歳くらいの少女が怒鳴った。腰の高さまで伸びた黒色の髪をポニーテールに結い、頭頂部の髪はアホ毛のように跳ねている。そんな容姿の少女、マリアは豪華な置物が並ぶ部屋の中で受話器を握り、怒りを露わにした。

複数の滝から水が豪快に落ちる音が窓に響く中で、この国の首相は冷徹な声を娘に聞かせた。


「もう一度言う。今から聖なる三角錐を抹殺しろ。あいつらは私の親友のラプラスを殺した」

「私情で動くわけにはいきません!」

 冷静な娘の答えに父親は怒りをぶつける。

「それだけじゃない! 今ならラプラスの置き土産が使えるんだ。あいつらが盗んだ槌の中には、発信機が内蔵されている。つまり、今ならあいつらの居場所を特定したうえで襲撃することも可能なんだよ。大丈夫だ。あんな奴ら、お前を含めた四人の精鋭で抹殺できる!」


 いつの間にか自分の聖なる三角錐と相対する戦闘部隊に入れられていることを知り、マリアは慌て、左手を左右に振った。

「ちょっと待って。なんで私をメンバーに入れてあるの? 娘が大切じゃないんですか?」

「お前の絶対的能力を使えば、トールを倒すことも簡単なはずだ。マリアに隊長を命じる。必ずお前は二人一組で行動しろ。いいな? マリア!」

 強引な指令にマリアは溜息を吐き出す。


「はい。それでメンバーの人数は?」


「今回の襲撃部隊のメンバーはマリアを含めて四人。私が認めた精鋭を集めておいた。集合場所はアゼルパイン城近くの広場。最後の一人、遅刻確定の奴は、お前の所縁のある人物で、お前の絶対的能力とも相性が良い。兎に角、三人メンバーが揃い次第、奴らが潜伏しているアゼルパイン城を攻めろ。分かったな?」


「……分かりました」

 そう父親に告げた娘は電話を切る。そうして、目の前にあった机の上に置かれた充電器に受話器をセットすると、彼女は「はぁ」と息を吐き出した。


「全く……」と小声で呟いたマリアは、部屋から出て行った。


 その足で庭にあるヘリポートに向かうと、黒いスーツを着た男たちが縦一列に並び、頭を下げる。

「いってらっしゃいませ。マリアさま」

 そんな挨拶を耳にしたマリアは笑顔で右手を振り、白いヘリコプターに乗り込んだ。




 数分ほどでマリアを乗せたヘリコプターはアゼルパイン城近くにある広大な広場に着陸した。草花が風に揺れる広場に降り立ったマリアは違和感を覚える。

 様々な色の花々がまるで誰かに足跡のように咲いている。不自然な現象を前にして、マリアは首を捻った

「これって……」と呟く彼女は不自然に咲いている花を辿り始めた。


 すると、その先にある丘の上で一人の老人が座り込んでいた。その背の低い老人はマリアの気配に気が付き、背後から迫ろうとしているマリアの方へ体を振り向かせたる。


「お嬢ちゃんがマリアだな? 話は聞いているよ。聖なる三角錐と相対する戦闘部隊の隊長さんだろ? 俺は、策略のカオスと呼ばれているが、親しみやすくカオスって呼んでくれ」

 老人の自己紹介の後、マリアは頭を下げ、目を点にした。


「お父様から隊長を命じられました。マリアです。よろしくお願いします。ところで、この足跡のような不自然な花を咲かせたのは……」

「ああ、俺だ。俺の絶対的能力は一歩踏み出すごとに周囲に花を咲かせるという物らしい。能力は常時発動していて、自分の意思ではコントロールできない」


「……そうなんですね」

 マリアはカオスの絶対的能力を知り、腕を組んだ。

「お父様の話では精鋭だっていうのに、そんな能力、使えるのかしら?」

 マリアがブツブツと疑問の声を呟く。すると、その声を聴いたカオスは豪快に笑い出した。

「ハッハッハァッ! 隊長。まあ、心配するな。俺の策略通りに上手くいったら、あんな奴ら一網打尽だ!」

 そんなカオスの元を目指し、花弁を撒き散らし全速力で走る茶髪に黒いサングラスをかけた若い男が駆ける。

 その男は丘の上で話し込む二人に視線を向けると、すぐに立ち止まった。


「おい、お前ら。もしかして、聖なる三角錐襲撃部隊のメンバーか? だったら、俺はお前らの仲間だぜぇ。サニディ・ロックだけど、聞いてないか? お嬢ちゃん」

 一方的に話しかけてくる若い男にマリアは苦笑いしてしまう。

「ということは、あなたが三人目のメンバーということですね? これでメンバーが揃いました!」

「よろしくな。お嬢ちゃん。こんなかわいい子を殺伐とした戦いに巻き込むなんて、お偉いさんも酷いことしやがるぜ」

 明るく笑うサニディが右手を差し出す。その仕草を見て、カオスは咳払いした。

「隊長と呼べ」

「おい、ジイさん。こんなかわいい子が隊長かよ? テンション上がるぜ!」


 嬉しそうにガッツポーズを決めたサニディと顔を合わせたマリアは一瞬不安な表情になった。

「改めまして、マリアです。こちらはカオスさん。策略のカオスとも呼ばれているそうです」


 右手で近くにいる老人をマリアが指すと、サニディは驚き目を見開いた。

「策略のカオスだと! ジイさん、話は聞いてるぜ。ソロの冒険者や錬金術研究者に対して、ダンジョン攻略の策を授ける男だな?」

「ほぉ。ご存知だったか。それはそうと、お前は武道の世界チャンピオンだったな。そんな男が作戦に参加するとは、鬼に金棒だ!」

「こちらこそ、策略のカオスと組んで、政府からの依頼で動くなんて、嬉しいぜ」

 サニディが照れると、カオスはマリアの言葉を思い出し、眉を潜めた。


「はて、確かメンバーは四人のはずだぜ。隊長さん」

「四人目のメンバーは遅れてくるから、先に突入しろとお父様から命令を受けています」

 隊長からそんな説明を聞いたカオスは顎を右手で触れた。

「そういうことかぁ。だったら、早速作戦を立てようか? 情報によると聖なる三角錐のメンバーは七人。その七人全員をこの場にいる三人で相手するのは、リスクが高い。一応敵が隠れていそうな場所は、予め受け取った地図を見て把握しているが、それでも人数不足は否めない」

 唸りながら意見を述べるカオス。サニディ・ロックが同様に首を捻ると、マリアは右手を挙げた。


「それだったら、私の絶対的能力でカバーできるかもしれません。というか、少数精鋭でトールを倒すためには、これしか方法はありません。私のチカラなら仲間を無敵状態にすることができます」

 そんなマリアの発言を聞き、サニディとカオスは驚きの顔になった。

「ホントかよ? それがマジなら、ヤベェな」

「なるほど。それがホントなら、少数精鋭でもトールを倒すことができるかもしれないな。だが、俺は城内に潜入できたら、単独行動する。二手に分かれた方が効率的だからな。隊長はサニディと組んでくれ」

「了解」とサニディと口を揃えたマリアが答える。

 それからすぐに、三人は城を取り囲む壁を乗り越え、敵地に乗り込んだ。



 先頭を走るカオスが道標として残す花々をサニディとマリアが追いかける。

 五分ほど整備すらされず伸びきった緑の草を踏みしめ駆けたカオスは眉をしかめた。

 聖なる三角錐は侵入者のことに気が付いていないらしく、正面の問に辿り着くまで攻撃を仕掛けられることはない。

 スムーズ過ぎる展開をカオスは疑うと、彼らの目に落ち着いた茶色の門が飛び込んできた。

 正面に見えた門の前で立ち止まったカオスが、右手に人差し指を立ててから、門扉に右手を伸ばす。

 すると、門は簡単に開き、水滴が落ちる音が響いた。


 周囲を警戒しながら、三人の襲撃者たちは城内へと足を踏みいれていく。

「やけに静かすぎる」と小声で呟くカオスは、周囲を見渡した。

 すると、右方に見えた中庭の草の上にオシャレな机と椅子が置かれていることに彼は気が付いた。二脚用意された椅子は互いに向き合うように置かれ、片方の椅子には小さな子どもが座っている。

 その机の上にはクッキーが綺麗に並べられた三段形式のケーキスタンドとティーセット。

 ソーサーの上にティーカップを置き、一人の白いローブを纏うヘルメス族の幼女が紅茶を注ぎ、それを机の上に置いた。

 その幼女、ルス・グースは侵入者たちの顔を見て、溜息を吐き、視線を侵入者たちに向けた。

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