第48話 合流

 ファンショップから出て行ったノアたちの後姿を見送った後、クルス・ホームはハッとした。前方に見える壁にかけられた時計は、約束の時間より三分も過ぎている。

 その瞬間、クルスの顔が青ざめていく。


 そのまま急いでファンショップを飛び出した五大錬金術師の助手は、待ち合わせ場所まで駆けた。

 数分ほどで灰色のシャッターが閉まった店の前に辿り着いたクルスは荒い息を吐き出す。その先では、銀色の髪を腰の高さまで伸ばした幼女が立っていた。

「はぁ。はぁ。先生。ごめんなさい。約束の時間より五分過ぎてしまいました」

 店の前にて待つ幼女、アルケミナにクルスが頭を下げると、銀髪の幼女は無表情のまま呟く。

「遅い」

「こうやって謝っているでしょう」

 クルスは改めてアルケミナに頭を下げる。だがアルケミナは、淡々とした口調でクルスに声を掛けた。


「退屈だった。やっぱり待つのは嫌い」

「だったら、ファンショップまで様子を見に来ればよかったのではありませんか?」

「私は待つよりも足止めされる方が嫌い。クルスを探すためにファンショップに行けば、足止めされる可能性が高い。それに待ち合わせ場所を離れたら、すれ違う可能性も出てきて、それでまた時間が無駄になる。それも嫌い」

「今度は時間に遅れないように気を付けます」

 クルスの真剣な表情に気が付いたアルケミナが首を縦に動かす。


「それが正解。ところで、情報は入手できたのか? 教えてほしい」

「はい。数週間前、ルクリティアルの森でブラフマさんらしき人に会ったという証言と、三日前にシルフでアルカナさんを見たという目撃証言を得ることができました」

「ブラフマらしき人?」

「はい。名前は名乗らなかったようですが、話を聞く限り、エクトプラズムの洞窟で出会ったブラフマさんと容姿が酷似しています」

「待たせて、それだけの情報しか得ることができなかった」

 助手の報告を聞いたアルケミナがポツリと呟く。その声を聴き、クルスは首を縦に動かした。

「ファンショップにいる人々に聞き込みをした結果がこれです。五大錬金術師の行方は、マスコミですら分からないんです。これだけの収穫があっただけでも奇跡ですよ」

「確かにそうだけど、待たせておいて不確かな情報しか得ることができなかったというのが許せない」

「仕方ないでしょう。EMETHシステムの不具合で、五大錬金術師たちを含んだ十万人の被験者たちの身体や精神が著しく変化したのですから。ある者は幼児化。ある者は性転換といった具合に。どんな風に変化したのか分からない状況だから、不確かな情報しかなくて当たり前なんです。ここは一つずつ不確かな情報を検証しましょう。それと、先生に会ってほしい人がいます」


「私に会ってほしい人?」

「はい。先ほど話したルクリティアルの森でブラフマさんらしき人に出会った人です。彼女はブラフマさんらしき人に槌を受け取ったそうなので、それを調べさせてもらったら、先生ならホンモノのブラフマさんから受け取ったモノなのかどうか判別できるのではないかと思いました。この商店街の先にある時計台の前で待ち合わせています」

 そう言いながら、クルスは右の方を指差した。

「それは興味深い話」

「はい。事情はあとで話しますから、できたらその人を仲間にして……」

「その件はひとまず保留にして、時計台に向かう」

 そう告げたアルケミナはクルスと共に歩き出した。




 街の中心部にある茶色い時計台の高さは数十メートルほど。待ち合わせ場所として相応しいその場所には、多くの恋人たちが集まっている。そんな中でクルスが周囲を見渡すと、東の方角で灰色のローブを着用した黒髪セミロングの女が、右手を振った。

「あっ、クルス。こっちだよ♪」

 その女、ノアの右隣にはアソッドの姿もあった。そうして、待ち合わせ相手を見つけたクルスはアルケミナと共に東に向かい歩みを進める。

 そして、二人の女の前で立ち止まったクルスは、右手で相手を指した。

「紹介します。姉のノアとアソッド・パルキルスさんです」

「ああ、この子、クルスと一緒に歩いてた子だ。一緒に来たってことは、道案内してたってわけじゃなかったみたいだね。もしかして、隠し子とか? ダメだよ。こんな小さい子を一人にしたら……」

 ノアが幼い銀髪の女の子の顔を覗き込む。この場にいるのがホンモノのアルケミナ・エリクシナであることを疑っていない姉の近くで、クルス・ホームは慌てて両手を振った。

「違います。この子は……」

「ルナです」と身分を偽るアルケミナと顔を合わせたノアは、疑う素振りを見せず優しく微笑む。

「ルナちゃんね。じゃあ、私はここで失礼しようかな? ここまでアソッドを連れてきたから、クエスト達成ということで、またどこかで会いましょう!」

 そう告げたノアはクルスたちから離れていく。

 その後ろ姿を見送ったアソッドは、息を飲み込み、目の前に現れた銀髪の幼女と視線を合わせるため、両膝を曲げる。


「初めまして。アソッド・パルキルスです。記憶を取り戻す唯一の手掛かりのテルアカ様を探しています。仲間にしてください!」

 アソッドが頭を下げて頼み込む。その右隣に立ったクルスも同じように頭を下げた。

「僕からもお願いします」


 アルケミナはアソッドの顔をジッと見た。そして、何かを感じ取った彼女が頷く。

「記憶を取り戻す手助けをするのが、同行の目的。分かった。アソッド、これからよろしく」

 旅の同行を認めたことに、クルスはホッとした表情になる。

 その一方で、アソッドは二人の関係に違和感を覚えた。

 目の前にいる小さな女の子に、自分を助けようとしている同い年くらいの女は頭が上がらない。

 ルナと名乗る幼女の言動に何かが引っかかる。そう思ったアソッドは、思わず首を捻った。

 そんな彼女を他所に、クルスは安堵の声を出す。


「良かった。足手纏いになるからダメって言うかと思いました」

 無言のままでアソッドの顔をジッと見つめた銀髪の幼女に対して、アソッドは頭を下げる。


「ルナさん。クルスさん。これからよろしくお願いします」

「まず、ルクリティアルの森で出会った錬金術師から受け取った槌を見せてほしい」

 右手を前に出し要求する幼女の無表情な顔を覗き込んだアソッドは薬指を立て、何もない空間を叩いた。すると、茶色い槌と赤色のレンガ模様の槌が飛び出し、地面の上に落ちる。

 その内、赤色のレンガ模様の槌を拾いあげ、触れながら観察を始めたアルケミナは首を縦に動かす。

「間違いない。この術式のクセ、ブラフマ本人のモノで間違いない」

「つまり、ルクリティアルの森でアソッドさんが出会ったのは、ホンモノのブラフマさんだったんですね!」

 アルケミナの隣でクルスが頷くと、彼女は顔を上げる。


「そう。今からルクリティアルの森に行く」

 アルケミナが唐突に目的地を告げ、クルスとアソッドの二人が慌てる。

「先生。今からですか?」

「サンヒートジェルマンとルクリティアルの森は目と鼻の先。今から行けば日が沈むまでに森を抜けることも可能。もちろんブラフマを森の中で探す時間も考慮してあるから大丈夫。最悪の場合は、森の中で野宿すればいいだけの話」

「でも、アソッドさんがブラフマさんに会ったのは、数週間前のことなので、今行っても、いない可能性の方が高いと思いますが……」

「それでも行く。森を抜けた後はシルフに向かう」

 アルケミナの話を聞いた後で、アソッドは右手を高く挙げた。

「ルクリティアルの森でしたら、地図を持っています」

 そう言いながら、アソッドは所持していた茶色い槌をアルケミナに手渡す。それを受け取った小さな女の子は、小さく頷いた。

 そうして、三人は森へ向かって一歩を踏み出した。

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