第六章 聖なる三角錐
第28話 集結
アルケア八大都市のひとつ、サラマンダーの夜は蒸し暑く、地面は常に熱気を帯びている。そんな歩道をアルケミナとクルスは、街灯に照らされながら、並んで歩いた。
「先生、聖なる三角錐について、教えてください。先生なら知っているんですよね?」
隣を歩く銀髪の幼女の方を向きながら、クルスが尋ねると、アルケミナが無表情で首を傾げる。
「知らないの? 聖なる三角錐。錬金術研究機関に属しているのなら名前くらいは聞いたことあるはず……」
「それがないから聞いているんです!」
「聖なる三角錐。トールと名乗る人物が代表を務めている少数精鋭の錬金術研究機関。これまで無名だったが、四年前から研究のためだったら何でもやる危険な組織として名が知られるようになった。因みに、四年前に起きたアルケア政府関係者暗殺事件に彼らが関与しているという黒い噂もある」
「だから、アイザック探検団のメンバーを皆殺しにして、絶対的能力を手に入れるなんていう悪行ができたんですね。それだけじゃなくて、政府関係者まで殺すなんて。許せません!」
クルスが身を震わせ正義の怒りを表すと、隣を歩く銀髪の幼女が腑に落ちないような表情になった。
「先生?」と心配になり、その場に立ち止まったクルスは、小さな女の子と顔を合わせ、腰を落とす。
「ラプラスの研究所に潜入した時のことを思い出した。第三ラボに私たちがいることを予め想定していたかのような罠をラプラスの助手が仕掛けていたことが気になる」
「そういえば、そうですね」
「あの睡眠ガスの成分には、私たちの思考を鈍らせる効果も含まれていた。個体差もあるけど、一分間ガスを吸い込み続ければ、行動不能になり、拘束されていたと思われる。この作戦が失敗したら、ガスで私たちをエレベーターまで追い込み、自動的に最上階へ誘導。そして、頃合いを見計らい時限式の転移術式を発動させて、私たちを外部へ追い出そうとした。まあ、それは咄嗟に転移先を変更したから失敗に終わったけど……」
「つまり、ラプラスさんの助手は、相当のキレ者だったということですか?」
「違う。あの作戦を立案したのは、ラプラスの助手ではない。あの人と相対したから分かる。ラプラスの助手には、私たちを窮地に追い込むほどの実力がない」
首を左右に振り、クルスの意見を切り捨てた五大錬金術師は、後方を振り返り、遠ざかっていくラプラスの研究所ビルを瞳に焼き付けた。
「それが誰なのかは分からないが、相手は相当の実力者。あの転移術式の精度は凄まじく、私は転移先を変更するだけで精一杯だった」
「ルス。お前に聞きたいことがある」
サラマンダーにある二階建ての廃ビルの中で、白いローブを着た長身の男が首を傾げた。その人物、トールの目の前には、白いローブを着た小さな子どもがいる。
その子ども、ルス・グースは左手でソーサーの上に置かれたティーカップを支え、右手で持ったティーポットを持ち上げ、茶色い液体を注いでいた。
紅茶の香りが周囲に広がる中で、ルスは視線を目の前に立つトールに向ける。
「何なのですか?」
「ラプラスの研究所での一件だ。なぜ、アルケミナ・エリクシナを排除しなかった? ルス。お前は最上階にある応接室へ転移する術式を施して、あの女を誘導したな?」
「どうやら、第三ラボ封鎖作戦は失敗に終わったようなのですね」
はぐらかすような笑みを浮かべたルスが、ティーポットを近くにあった机の上に置く。
「質問に答えなさい」
「誤解なのですよ。転移先は海の上にしたはずなのですが、どうやら、あの創造の槌の使い手に転移先を変更されたようなのです」
「……そうか」と短く答えるトールに対して、ルスは笑顔で両手を合わせた。
「そういえば、今日は新しいメンバーが来るらしいのですね。いい人だったら、美味しい紅茶をごちそうしたいのです!」
そんな幼女と顔を合わせたトールが苦笑いする。
「ルス。お前の能力を使えば、どんなヤツが来るのか分かるはずだが……」
「ふふふ。不必要な能力の使用は控えているのですよ」
「なるほど」と研究機関代表が呟くと、闇の中から二つの白い影が浮かび上がった。
その内の一人の少年はもう一人の巨乳女の右肩から手を離し、ルスの元へ歩み寄った。
「ルスお姉様。メランコリアを連れてきました!」
「ご苦労様なのです!」と小さな女の子が優しく微笑みかける。
すると、白いローブのフードの部分を切り取り、ウサギの耳を飛び出させた巨乳の女、メランコリアが、スキップをしながら、トールへ近づいた。
「トール、新人まだ来てないの?」と首を傾げながら距離を詰めてくるメランコリアに対して、トールは瞳を閉じる。
「もうすぐ来る」という答えがトールの口から飛び出してから、数秒の沈黙が流れ、新たな白い影が廃ビルの中へ足を踏み入れた。
マエストロ・ルークことパラキルススドライの怪人が、肩に黒猫を乗せたルクシオンと名乗る女と共に、足音を響かせる。
今にも壊れそうな建物は天井まで吹き抜けになっていて、幾つもの蝋燭の上で小さな炎が揺れていた。
金髪の素顔を晒すマエストロが周囲を見渡すと、白いローブを纏った四人の影がまとまって見えた。
そんな中で、巨乳のうさ耳女が右隣のトールにグイグイと詰め寄る。
「トール。新入りが一人いるようね。結構なハンサムよ。惚れそうね」
「メランコリア。まだ新入りと決まったわけではない。彼が我々に必要な人材かをこれから判断しなければならない」
メランコリアと名乗る女がトールの背後へと回り込む。
そして、彼女は大きな胸を押し当てるようにして、トールに抱き着いた。
「ねえ。トール。あの男が試験に合格しなかったら、ルクシオンをお仕置きするのよね? お仕置きは私にやらせて♪」
メランコリア・ラビの体がトール・アンに密着すると、トールは無表情になり、言葉を告げた。
「いいだろう」
トールの言葉を聞き、メランコリアは喜び、思わずトールの体を抱きしめる。
そして数秒後、ウサギの耳を生やした女はボスから離れ、右手をまっすぐ立て、仲間を指した。
「ルクシオン。私のことをデブと呼んだね。許さないから!」
「システムの突然変異で痩せただけの人には言われたくないよ」
一触即発な重たい空気が廃ビルの中に流れ、二人は互いの顔を睨み付ける。
すると、その間に白いローブを着た小さな子供が立った。
「喧嘩をやめるのです」
「ルス。大人の喧嘩に首を突っ込むな!」
舌打ちしたルクシオンが小さな子供の頭を狙い、右拳を振り下ろした。
だが、その攻撃は子供に届かない。
「いきなり殴るなんて、酷いのです」
いつの間にか、背後から子供の声を聴いたルクシオンが振り返ると、そこには自分が殴ろうとした子供が佇んでいる。
振り下ろそうとした拳が止まるのと同時に、もう一人の白いローブを着た少年がルスの元へ歩み寄った。
「ルスお姉様を傷つけたら許しません」
ルス・グースと同じ声質の少年は、右手に持った水色の短銃の銃口をメランコリアに向ける。
一部始終を見ながら、「ふぅ」と息を吐き出したトールは、二つの白い仮面を持ち、両手を広げた。
その仮面をマエストロに渡し、もう片方をラスと呼ばれた少年に与える。
「そろそろ試験を始める。マエストロ。お前はこの廃墟でラスと戦ってもらう。殺人以外なら何をしてもいい。自分が持っている仮面が破壊されたら負けだ。俺たちはラスとマエストロを残し、建物の外に避難しよう」
右手の薬指を立て、銀色の槌を召喚してから建物の床を叩く。
すると、建物中に魔法陣がいくつも出現した。
「戦闘の模様は、建物中の魔法陣に記録される。私たちは防犯システムによって映し出された映像を外で見物する。ということで、避難を開始しよう。ガチンコバトルに巻き込まれて怪我をしたら元も子もないからね。玄関に仕掛けた花火が打ち上がったら、戦闘開始だ」
簡単な説明のあと、トールたちは、ぞろぞろと廃ビル内外に向かい歩き出した。
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