第27話 VSラプラス・ヘア博士 後編
業火に包まれたラプラスの研究室最上階を、白煙が包み込んでいく。
その中にいたアルケミナは、周囲を見渡し、天まで伸びた炎の柱をジッと見つめた。
「なるほど。炎の柱をここまで伸ばすのは、高度な錬金術。ファイアトカゲは炎を吸収することで活動が活発になる」
「正解です。ただ攻撃力が上がるだけではなく、スピードも上がりますよ。つまり、このフィールドでの戦闘に措いて、ファイアトカゲは無敵ということです。絶対的能力者だとしても、勝つことができる。理解できましたか? なぜあなたたちが勝てないのか?」
「クルスだけの力では勝てないということは分かった」
無表情の銀髪の幼女と顔を合わせたラプラスは鳥肌を立てた。
諦めない幼女の背後に、得体のしれない白い長身女性の影を見たラプラスが、後退りする。
その幼女の瞳に闘志が宿り、神々しい何かが場を支配していく。
何かがおかしいという違和感を覚え、首を横に振ったラプラスが呆れ顔になる。
「諦めたらどうですか? 炎を消すことは不可能ですよ。炎の柱に水を掛けたとしても、炎は消えません。水が沸騰して使い物にならないのがオチです。そこに倒れているお仲間の絶対的能力なら、破壊も容易でしょう。まあ、その女は戦闘不能で動けないし、回復の槌を使う暇を与えませんから、復活して戦闘に加わることはできません」
「炎の柱を消すのは私の役目。回復の槌を使わなくても、クルスなら最後の力を振り絞って、立ち上がる。もしも三十秒以内に動けなかったら、私が倒すだけ」
汗をびっしょりと掻き倒れている助手の前で腰を落とし、熱を帯びた助手の右頬に触れた。呼吸は荒くなり、虚ろになった瞳は、ぼんやりとした幼女の影を映し出す。
そんな姿を観察してから、アルケミナ・エリクシナは顔を上げ、目の前にいる突然変異の権威と対峙する。
それに対して、ラプラスは目の前の幼女から視線を逸らし、彼女に背を向け、一歩を踏み出した。
右手の薬指で空気をポンと叩くと、白い槌が現れ、それを握り締めたまま、自信満々な表情を浮かべた横顔を彼女に向ける。
握られた槌が地面に叩きつけられると、焦げた草が生える地面に魔法陣が刻まれ、透明な壁が生成された。
分断された壁の向こう側から汗を落としたラプラス・ヘアが腕を組み、透明な壁越しに汗まみれの幼女を見た。
「あっちは暑いからね。熱を透さない壁を張って、安全なところから観察しよう」
「なるほど……」と短く答えたアルケミナは顔を上げ、右手の薬指を立て、空気を叩いた。そうやって召喚された水色の槌を銀髪の幼女が振り下ろす。
その動きを安全な場所から見ていたラプラスが失笑した。
「何をやっても無駄ですよ!」
そんな声が響いた間にも、アルケミナとクルスの頬を汗が伝っていく。
猛暑が支配する密室の中、銀髪の幼女の視界が歪み始める。
次第に水分も失われ、幼い体がゆらゆらと左右に揺れた。
すると、地面に刻まれた魔法陣から水の柱が放出されていく。
その高さはラプラスが召喚した炎の柱の二倍程だが、熱で温められたそれは、すぐに蒸発して消えていく。
当然の結果だと納得の表情を受かべたラプラスが頷く。
「無駄ですよ。ほら、これで分かったでしょう? 水を使えば炎の威力が弱まるなんていう常識は通用しないんです!」
自信満々な突然変異の権威を嘲笑うように視線を前方に向けたアルケミナは、荒い息を吐き出す。その手には、いつの間にか全長二メートルほどの大きな槌が握られている。
「……計算通り」
そう呟いた幼女が、身長の倍以上ある大槌を軽く振り回し、消えようとしている水の柱を叩く。
すると、天まで伸びる水柱が白煙へ変化していった。
それからすぐに、白煙は白雲に変わっていき、そこから大量の雫が落ちだした。
いつの間にか、焦げた天井を覆うように、雨雲が発生し、それに触れた火柱の威力が落ちていく。
「なっ、何をしたのですか?」
驚きを隠せず、呆然としたラプラスの疑問の声を聴いたアルケミナが首を縦に動かした。
「この世界に存在する物質は全て錬金術によって成り立っているというのは周知の事実。即ち錬金術で召喚した物質を変化させることも可能」
「しかし、それは机上の空論と聞きますが……」
「万物を創造する創造の槌を用いれば可能」
手にしていた創造の槌を見せつけられたラプラスは、燃えた草の上に腰を落とした。
「はぁ、はぁ、はぁ」
全身が雨に濡れ、熱を帯びた助手の体が冷えていく。やがて、その体は這うように動き出した。
虚ろな瞳に自分の身長ほどまで小さくなったファイアトカゲを映し出し、フラフラな動きで距離を詰める。
炎で活発化するトカゲの動きは鈍くなっていくのを目の当たりにしたラプラス・ヘアは呆然とその場に立ち尽くした。
絶対的能力者をも凌駕すると謳っていた高位錬金術は敗れ、打つ手もない。
その間にも、ファイアトカゲの力が弱まっていく。
「はぁ。はぁ。はぁ」
荒く息を吐く長髪の女性が最後の力を振り絞って右腕を伸ばし、小さく成っていくトカゲを掴む。
それと同時に、トカゲを握っていたクルスは、意識を手放し、その場に倒れ込んだ。
うつ伏せに倒れた五大錬金術師の助手の手から抜け出したファイアトカゲが、ラプラスに向かい這っていく。その間に分断された壁が解除されていき、突然変異の権威は両手を上に上げた。
「降参です」と負けを認めた博士に対して、アルケミナは首を傾げた。
「敵地に絶対的能力者を派遣して何をやっているのかを教えて?」
「分かっていることでしょう。絶対的能力者を隣国に与え、戦争を激化させる」
「絶対的能力者を戦争に利用するなんて許せない」
そんな正論を銀髪の幼女から聞いたラプラスが「フッ」と笑う。
そして、自身の右腕を這い、右肩に乗ったファイアトカゲを見つめてから、彼は銀髪の幼女に背を向けた。
「ということは、いずれまた対立することになりますね。その時を楽しみにしています」
その直後、ラプラスの体が白い光に包まれ、その場から姿を消した。
「空間転移術式」と呟いた銀髪の幼女は、うつ伏せに倒れている助手に視線を移し、「はぁ」と息を吐き、その場に座り込んだ。
汗で張り付いた助手の前髪に幼女が右手で触れると、クルスの瞳がうっすらと開く。
「先生?」と唇を動かした巨乳少女は、ふらふらな体を起き上がらせた。
助手の眼前に小さなアルケミナの姿が飛び込んできて、目を丸くしたクルスは、彼女に尋ねた。
「先生。ラプラスさんは……」
「逃げられた」
「逃げられたって、追いかけなくていいんですか?」
驚きを隠せない助手に対し、アルケミナは真顔になる。
「構わない。まだラプラスの自白しか証拠がないから。聖なる三角錐との癒着の証拠のボイスレコーダーは、トールに壊された。だから、匿名で関係機関に送り付けることもできない。それに、ここは無理な追跡をするより、疲労困憊な助手に回復術式を施す方が最適。機会が合ったら、次こそラプラスの悪事を暴いて、専門家に対して告発する」
「そうなんですね。それで、次はどこに行くんですか?」
そんな助手の疑問の声を聴いたアルケミナは首を縦に動かす。
「サンヒートジェルマンで情報収集する。あそこには五大錬金術師のファンが多く集まる大きな店があるから、そこに行けば残りの五大錬金術師に関する情報が手に入る可能性が高い」
「分かりました」と元気に答える助手を、アルケミナがジッと見つめ、右手薬指で空気を叩いてみせた。すると、黒い槌が地面に落ち、黒色の水筒が召喚される。
それを助手に渡したアルケミナ・エリクシナの中で疑念が渦巻き出した。
そんなことを知らない助手のクルスは、乾ききった喉を潤すため、水筒の中に入っていた水を飲みほしていた。
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