第10話 薬草を採りに森へ

 夜遅く、お手洗いに行こうと思い廊下に出たら、セロンの部屋のドアから明かりが漏れている。消し忘れて寝てしまったらしい。油がもったいないし、危険だ。消しに行こうと思い、サイラスの部屋のドアをそろっと開け、中を見た。

 セロンはまだ起きていて、執務机の前で書類を見ていた。その書類を机に置いて、こちらを振り向く。

「セシィか。夜這いに来たのか? 私は吝かではないぞ」

「そんな訳ない! 明かりを消し忘れたと思って見に来ただけよ」

 ドアを全開にして抗議する。

「夜に騒ぐと、迷惑だぞ」

「こんな夜中まで仕事をしているの?」

「もうすぐ冬がやって来る。隣国のやつらに森を焼かれた。薪を作ってこの町に売っていた村が隣国の兵士の襲撃によって全滅した。そのため薪が不足していて高値になっている。私は領主代理として、ここの領民を凍えさせるわけにはいかない。なるべく借金をしなくていい方法で、薪を手に入れなければならないからな。休んでもいられない」

 セロンらしい。サイラスの命を狙ってなければ、いい人かもしれない。だけど、誘拐犯だし、せこいし、大飯食らいだし、無駄に結婚しようなんて言うような人だし、やっぱり、いい人でもない気がする。

「それじゃ、寝る時はちゃんと明かりを消してね」

 部屋のドアを閉めようと思ったら、

「ちょっと待て」

 引き止められた。

「何?」

「明後日、サイラスは休日だそうだ。セシィにも休暇をやる」

 セロンは、やっぱりいい人かもしれない。サイラスと一緒のお休み。何して過ごそう。とっても楽しみ。

「だから、サイラスと一緒に、森へ薬草採取に行け」

「えっ? それってお仕事なのでは?」

「サイラスと森へ行けるんだぞ。うれしくはないのか? 私が、セシィの護衛をするようにサイラスに頼んでやる。感謝しろ」

 なんだかとっても納得はいかないけれど、サイラスと二人きりで森へ行く。楽しいかもしれない。お弁当は何を持って行こう。

「仕方ないから、行く」

 明日の夕方の買い物は少し奮発してもいいよね。

 

 翌々日になった。サイラスと私の休暇日。二人っきりで森へ行くと思うと気分が高揚する。台所でお昼のお弁当を作っていると、セロンがやって来る。

「私の分も欲しい」

「なぜ? セロンはいつものように勉学所で食べるんでしょう?」

「私も森に行くからだ。勉学所は本日休みとする。孤児院の子どもたちも一緒に森へ行く」

「私は、サイラスと二人きりで森へ行くんじゃなかったの?」

「そんなことは一言も言っていない。サイラスにセシィの護衛を頼むと言っただけだ」

 騙された。休日出勤させられるだけだった。セロンを信用しては駄目だ。今後は騙されないように気を付けよう。

 

 サイラスと一緒に馬に乗って、勉学所へ向かう。セロンとアンドルーは既に家を出ていた。

「はぁ……」

「どうした? セシィ」

 サイラスが心配そうに訊いてくれる。サイラスはやっぱり優しい。せこく騙すセロンとは違う。

「だって、お休みの日まで仕事なのよ。セロンって、酷い雇い主だよね」

「体が辛いか? 今日は休むとセロンに伝えようか?」

「いい。森へ行くって言ったのは私だし。ただね、サイラスと二人きりが良かったかなと思っただけ」

「セロンのことだから、何か考えがあるのだろう。俺は、セシィやセロンやこの地の人に、少しでも役立てることができればうれしいと思う」

 そうかな、セロンの意地悪ではないの?

 

 勉学所に着くと、馬に乗ったセロンが待っていた。

 八歳ぐらいから上の孤児院の子どもたちが、馬車に分乗してしている。

「薪を運んでいた馬車が、廃墟となった村に四台あった。補修してありがたく使わせてもらっている」

 セロンが説明してくれる。

 馬車に乗った子どもたちは、数えてみると八人いた。屋根もない荷物用の一頭立ての馬車だけれど、丁寧に補修されていた。御者をしているのも大きい組の四人の男の子たち。合わせて、子どもたちは十二人いる。

「お弁当を作ってもらったの」

 いつも給食を作っているレアスさんとロザリさんご夫婦が、パンに肉と野菜を挟んだものを作ってくれたらしい。

「俺たち、焼けた森で炭を拾うんだ」

「私たちは、セシィの手伝いで、薬草を摘みに行くの!」

 子どもたちはとても楽しそう。みんなで行くのもいいかなとは思う。でも、サイラスと二人きりになりたかった。

「それでは、出発だ。私は先頭を行く。サイラスは殿を務めてくれ」

 

 私が捕らわれていた時はまだ燃えていた森だけれど、今は火が消えている。緑の森は半分ぐらい残っていて、残り半分は木が焼けた灰だけが残されている。

「雨が降ったので森の半分は焼け残った。神の温情かもしれない」

 セロンは空を見上げる。サイラスも辛そうに空を見た。

「灰の下に蒸し焼きになった炭がある。炎が出ないので暖房には向かないが、安定した温度が出せるので、料理人には人気が高い。炭を集めて他の領地のレストランや貴族に売る。その金で薪を買い付け、この町に卸す。これで、今年は乗り切れるはずだ。来年は売る物がなくなるので、焼けた森の半分に作物を植える。そして、残り半分には木を植えて森を再生する」

 セロンが私たちに説明する。

 炭を拾うため、みんなを連れてきたのね。

「半分の子は焼けた場所で炭を拾う。残り半分は、薬草採取を手伝って貰う。セシィは、薬草の種類や採取方法を教えてやってくれ。サイラスは護衛を頼む。昼には一旦集まって、みんなで昼飯にしよう」

 手短に指示すると、セロンは二台の馬車に乗った子どもたちを連れて、焼けた森の方へ行った。

残りの二台の馬車には、三人の女の子と一人の男の子が乗っていた。御者をしているのは、十四歳と十三歳だという体格のいい男の子二人。

 サイラスが馬を焼け残った森へと進める。二台の馬車が続く。

 

 昼なお暗い森の中に入り、蔦の絡まる木が続く中を慎重に進んでいく。子どもたちを連れているので、私の責任は重い。

 近くの村には薬師がいなかったらしく、薬草は採取されずに残っていた。まるで宝の山のような豊かな森。焼けてしまった半分が本当にもったいない。

「これは、解毒作用がある薬草よ。葉をちぎると白い液が出るの。かぶれる場合があるから気を付けて。土を掘って根から引くの。やってみて」

 実際に根を引いて見せる。子どもたちが真似をする。みんなすぐに馴れて、薬草を傷めずに採取できるようになった。

「これは、実の油がお腹の調子を整えるの。鞘ごと蔓から外してね」

 木に絡まった蔦に成る実は、そのまま食べると毒になる。だから、子どもが手の届く場所にも採られてしまうことなくたくさん実っていた。子どもたちは丁寧に鞘を外していく。

「これは、傷薬になるの。葉も根も使えるから、これも根から引いて」

 多くの薬草が採れた。これならたくさんの薬ができそう。アンドルーも喜んでくれる。

 見る見るうちにみんなの籠がいっぱいになった。

「そろそろ昼だ。一旦外に出よう」

 枯れ木を集めていたサイラスが、枯れ木の束を担ぎながら言う。そういえばお腹が空いた。子どもたちも嬉しそうに頷いた。


 森を出た外には草原が広がっている。綺麗な川のほとりでセロンと子どもたちが待っていた。馬車に繋いであった馬を放して、草を食べさせ水を飲ませる。

 セロンが馬車に積んでいた大きな布を広げた。

「これって、カーテンじゃないの?」

「旧領主邸の物置にあった。古すぎて売れなかったから、こうして使っている。質はいいからな」

 廃物の有効利用は素晴らしいです。せこいけど。子どもたちが川で手を洗ってから、カーテンに座ってお弁当を広げる。大きめの石に腰かけているサイラスとセロンに、私が作ったお弁当を渡す。

「肉が、私のものよりサイラスの方が大きい」

「気のせいよ。同じ大きさに切ったもの。文句を言うなら、食べなくてもいい。子どもたちに分けるから」

「いや、食う」

 早! セロンはあっという間に食べ終えた。サイラスが苦笑いしている。セロンはまるで子どもみたいだ。

「セロンって、何歳なの?」

「二十三歳」

 えっ! アンドルーさんよりは上かと思っていたけれど、サイラスよりは若いと思っていた。


 午後も順調に採取が進み、日が高いうちに、馬車がいっぱいになった。

 みんなで採取は楽しかった。でも、サイラスと二人きりになりたかった。

 私を乗せたサイラスの馬と薬草を積んだ馬車は、診療所に急ぐ。他は勉学所に帰って行った。

 診療所で出迎えてくれたアンドルーが、薬草の量を見てびっくりしている。

「すごい量だ。これだけあれば、いい薬がたくさん作れそうだ」

「でしょう? 村に薬師がいなかったらしく、誰も採っていなかったの。こんなにいっぱい採れてとっても楽しかったわ」

「よかったね。セシィ」

 アンドルーは本当に喜でんいて、私の頭を撫ぜた。父が生きていた頃のことを思い出す。一緒に森に入って薬草を採取した。上手に採れた時は、アンドルーと同じように頭を撫ぜてくれた。

 サイラスと馬車の御者をしていた子が素早く薬草を降ろす。玄関先には薬草の小山ができた。

 

 空になった馬車は勉学所へ帰って行く。

 日持ちする薬草と、早く処理をしなければいけない薬草を分けて、時間を置くと薬効が無くなっていくものを先に処理する。力仕事はサイラスが手伝ってくれた。

 こうして、私の長い休日は終わった。って、これは休日なの?

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