Mission07_王様

 空を仰ぐ対空砲火。街を往く、機甲部隊。

 そして、敵の人型機動兵器。

 一つ目の巨人たちは杭を片手に蛮族のように振る舞う。大昔にこの地を侵略する者たちと戦った勇敢な戦士たちのように。

 こうして、ストーンヘッドは解放された。

 ストーンヘッドに昇る朝日は、戦争の爪跡を照らす。




 サウス・ヘイブンの高級ホテルの一室。

 広いトイレに籠る男。雲一つない群青、それにきれいに描かれる日輪。清々しい朝だというのに、ハンニバルは怖い顔をしていた。

 それもそのはず、彼は反乱軍に必ず首を取ると公約した男についてのメールをしたためていたからである。サンタバル共和国の麻薬カルテル『ペイン・オブ・スカー』のゴットファーザーの暗殺作戦の状況についてだ。


『ハンニバルです。ジョージの暗殺作戦についてです。進展がありました。所在がつかめました』


 現在、ようやく所在をつかめた。その旨を文面にして本国の中央情報局に送信する。

 しばらくしてこんな返信が帰って来た。


『了解。よくやった、所在地は?』

『共和国北部、ノースダラム州のコンラッド。険しい山岳地帯に隠れ家があるとのこと。詳しくはこちらを――』


 それから、ハンニバルは隠れ家の資料を添付する。


『送ってくれてありがとう。今、確認する』


 ハンニバルはしばし待つ、不安げな表情をして。

 そわそわしていた。しきりに視線を動かして、天井と床を行ったり来たりを繰り返す。延々とこれを繰り返して4分、ようやく返信が帰って来た。


『読ませてもらった』


 ハンニバルは固唾をのむ。

 そして、震える指先でスクロールを行うのであった。


『そうだな。ここでジョージを片付けられれば、気持ちよく帰国できるだろう』


 ジョージ。それは麻薬カルテル『ペイン・オブ・スカー』のゴットファーザーのコードネームである。

 そいつを始末すればハンニバルは帰国できると。


『と、言うと?』

『ジョージの首をリーダーに贈ってやれ、それで機嫌を取れ』


 ここで、ゴットファーザーを殺してアルブレヒトの機嫌を取るべきだと進言される。

 ハンニバルは片方の口角を釣り上げ、首をかしげた。


『善処します。しかし、それよりもここから退避したいのですが?』


 それよりもここから退避した方がいいとハンニバルはメールを送信する。

 ここはあえて。ハンニバルはしばらく帰国するつもりはなかった。このサンタバル共和国でやりたいことがあった。

 また、隠していることも。

 しかし、ハンニバルのたくらみは向こうに露見していた。そのことは故あって触れないが。


『なぜ?』

『一度は正規軍を追い詰めたものの、反乱軍は勢いを増しており、数か月もしないうちに正規軍に粛清されるでしょう』

『それはアルブレヒトが負けるということか?』

『はい、そうです』

『して、その理由は?』


 ハンニバルはその理由をメールにしたためる。


『敵の兵站と戦術ですね。また、大量生産される人型重機が厄介です』


 人型重機を兵器として使っているからだと。

 これにハンニバル・インダストリーの純粋な兵器としての搭乗型人型ロボットと戦わせてみたものの、負けてしまった。

 そのことは言わなかった――いや、言える訳がなかった。

 ハンニバルの極秘の試みだったため。


『以前、報告があった軌道エレベーターで使用されているアレか?』

『はい。それに射撃の補正ソフトウェアを入れただけなのですが、それがかなり優秀なのです。また、日本製ですから妙に性能が良すぎる。さらには、材料が安く、部品が少なく構造もそこまで難しくない。簡単に作れるということもあり、すぐに生産ができます』

『他には?』

『もともと、共和国東部のイストウィンチェスター州の一帯にあったのですが、生産工場は地上から、空爆不可能な地下400mに移転しました。そこの守りは固く、現地のエージェントでは対応不可ですし、単なる重機を作っている工場なので攻める口実がありません』


 その情報を連邦に送ると、ハンニバルはため息をついた。

 と、報告しつつも自分の“試み”のためにそこはあえて破壊するつもりはなかった。シュバンツという敵に勝つことで、ハンニバル・インダストリーの人型機動兵器の質を高くすることができる。

 人型重機開発では水橋重工に負けていた。

 シェアの多くは水橋重工、あとは日本のロボット製作会社ばかり。ハンニバル・インダストリーで、自分が密かに受け持っているロボット製作部門は悲惨な体。彼らに勝つために、有用性が証明されつつある人型機動兵器を作るためにハンニバルはこの戦場を利用している。


『……確認している立地も微妙な場所にあるうえ、その土地は水橋重工のものだ。さらに日本は大切な同盟国であり、そこを攻撃するのは頂けない』

『同盟国人の保護――という面目は?』

『向こうは人質を取っていないし、反乱軍も日本人に好意的だ。逆に私たちは腫れものに障るような扱いを受けているが……』

『参りましたね』

『まったく――』


 ハンニバルはため息をついた。


『とにかく、頼むぞ。ジョージの首を上げて本国に帰って来い』

『承知しました』

『失敗はするなとは言わないが――こちらでも、何とかする手立ては考えている。お前はやれることをやれ』


 ハンニバルはため息をつく。


『それと、お前の実家の件だが――』


 ギョッとするハンニバル。

 そう、彼らは知っていた。ハンニバルがやっていることを。


『やるにせよ、これは例のウィルスの時のように許可を取って欲しいものだな。やるなら、一つ断りを入れろ。君のお父上から話があったからいいものを……無かったら、君は首が飛ぶ上に監獄送りだ――以上』


 しかし、彼らは見逃していた。国益となるのであれば、別にかまわない。秘密裏に行ってくれるのであれば、とやかく言わない主義であった。また、事が露見した場合、ハンニバルの体内に潜んでいるマイクロマシンが彼の命を刈り取る仕組みになっている。

 新兵器ソドミー・ウィルスを投入した件については、もう揉み消されている。正規軍にいる内通者の手により、無かったことにされている。それでも主要人物には伝わっているが、それは曲解して伝わっている。

 彼らは隠したり、誤魔化したり、有耶無耶にしたりする達人であった。


「やれやれ、困ったものだ……」


 これにて、メールのやり取りは終わる。

 それから、ハンニバルは実家であるハンニバル・インダストリーに電話をかける。

 報告をするためだ。例のフットボーラーこと、試作人型機動兵器マキシマスの開発状況について、それを。


「もしもし、お父さん。……人型機動兵器の開発状況についてですが、おおむね順調です。先の戦闘で得たデータをもとに改良したのを作成中です。ですが、まだいろいろ問題が存在する。それを解決すれば、一歩前進するかと――」


 サンタバルの闇の中で、男は暗躍する。




 ストーンヘッド攻略作戦から2週間。

 正規軍はノースダラム州、ウェスト州を手中に収めようとしていた。

 この2州の奪還が終われば、ほぼ国土の全てを取り戻したことになる。

 それもすぐに終わってしまうだろう。正規軍の力はそれほどまで、強くなっていた。

 残す敵がいるのは共和国中部だけ。エルドラド州にある首都サウス・ヘイブンのみになるのもそう時間はかからないだろう。

 ジョナサンはというと――サース州、ニコロプンテ陸軍基地にいた。

 彼が休養している時に、取り戻したこの国最大の基地。

 その基地には臨時の政府機関、突貫でつくられた大統領の執務室。窓一つなく、薄暗いこの部屋で、ジョナサンは大統領と顔を突き合わせていた。部屋はとても質素で、ものは少ない。よくあるオフィスのデスクに質素なチェア。ただそれだけだった。


「ジョナサン君、連日忙しいとは思う。けれども、君にしか頼めないことがある」


 ジョナサンの向かいには大統領がいた。


「それは直属の命令――ということでしょうか?」

「まぁ、そうなるかな」


 大統領からの直属の命令を受けるジョナサン。

 ここで、ジョナサンは二人きりにされていることが気になった。普通であれば相棒のメディックがいるはずなのだが。


「メディックがいないようですが――」


 そう、今日はいなかった。


「彼女は衛生兵だ。オペレータじゃないからね。それと、この任務は君にしかさせたくはないんだ。私の中で、君が一番信用できる人だからね」

「はぁ」ジョナサンは、眉間のしわを深く掘った。

「大統領、任務の内容というのは?」

「簡単な話だよ。とある人物を発見し、安全が保障された場所に連れていくという任務」


 とある人物の保護という任務。

 たったそれだけなのだが、ジョナサンは何か――キナ臭さを感じ取っていた。単純すぎる説明に含みを感じられた。


「とある人物というのは?」


 大統領は難しい顔をした。


「会えばわかる――という言葉を君に贈りたい。しかし、それでは君は動かない。どうしたものかな……」


 大統領は困ったようにはにかむと、しばし考える。

 これから、ジョナサンが連れてくるであろう重要人について。


「この国の第二のリーダー。もしくはこの国の裏の権力者……選挙の時に、彼にたくさん支援してもらった」


 何となくではあったが、ジョナサンは大統領が自分に何をさせようとしているのかわかった。

 あと、これから会う人のことについて察しがついた。


「ひょっとして――」


 ジョナサンの顔は強張っていた。


「それ以上は言わないでくれ」

「なぜ?」

「誰が聞いているかわからない」


 ジョナサンはだんまりを決め込む。いいや、違う。これはとてもショッキングなことであった。何かあるとは思っていたが、かつての敵とつながりを持っているとは知らなかった。


「清廉潔白ではないにしろ、まさか――」


 それ以上は言わなかったが、ジョナサンはものすごく不服な顔をしていた。


「失望したかい?」

「……正直に言います、かなり衝撃的でした」ジョナサンはそっと息を吐くと、「あなたという人を知らなかったら、反乱軍に追われる前だったら――ためらわずに裏切っていましたよ」


 まさかであった。

 大統領がこの国最大の犯罪組織と繋がっているとは思わなかった。


「そうか」

「何か理由があるのでしょう?」

「まぁね」


 大統領は考える。

 それから、ジョナサンに思いのたけを話す。自分がどうして、この国で一番巨大な麻薬カルテルとつながりを持っていたのかについて。


「これまでは根絶やしにするという方法を取っていたけど、それでは変わらないということに気付いたんだ。だから、悪に寄り添うことにした。悪を取り込んで、少しずつ善に変えていく――その方法でないとこの国は貧困のままだ」

「貧困でも幸せに生きる術はあります。勉強さえすれば何とでもなる。スラム出身のいとこはそれで社長になって、日本からやってくる観光客相手に商売をしている」

「そういうケースもある。けれども、多すぎるんだ。貧困から抜け出すために、悪に堕ちる人々の数が――だからこそ、じっくりと腰を据えて彼らとは向き合わなければいけないんだ」


 大統領の表情を見て、ジョナサンは難しい顔をした。しばらく何も言わずにいた。

 大統領はジョナサンに麻薬カルテル『ペイン・オブ・スカー』のゴットファーサーをここ、ニコロプンテ陸軍基地に連れてくるように通達するのであった。悪いとは思いつつ、けれどもそれは顔に出さず。

 このことを知っていたから敵は反乱を起こしたのかもしれないと考えると、ジョナサンの意の辺りがムカムカした。そんな状態だというのにも関わらず、出撃する前に食事を取るのだが、当然のことながら、食べ物がのどを通らなかった。




 勅命を受けた主人公はニコロプンテ陸軍基地から、ノースダラム州コンラッドへと向かう。

 ニコロプンテからコンラッドまではヘリで5時間ほど。そこからジョナサンはシュバンツを駆り、コンラッドの山岳地帯の指定されたポイントへと向かう。


「一人きりというのは気が楽だが、さびしいものだな」


 ジョナサンはあくびをこいた。

 荒れた山岳地帯。コンラッドの山々はカロライナー高原以上に荒れており、足場が悪く見るべきものは何もない。

 見渡す限り、灰色が広がっている。

 山の尾根から、谷の底まで。

 ここには水はなく、日差しはどこぞの砂漠並みに強い。斜めに傾き、日が沈もうとしていてもそれは変わらず。

 そこは、まさに死の世界。

 それがジョナサンの視界の端から端へ、広がっていた。

 そこを黙々と歩き続ける。

 シュバンツでなかったら、ジョナサンは早々倒れているだろう。

 ……シュバンツで歩き続けて、かれこれ3時間余り。

 代わり映えのしない風景を堪能し、それに飽きが来た頃合い。ジョナサンは山の谷あいに差し掛かっていた。


「おっ、なんだ?」


 シュバンツのレーダーに複数の赤い点を確認した。

 どうやらわんさか人がこちらにやって来ている。


「俺を取り囲んでいるな」


 嫌な感じがしたジョナサンは戦闘モードを起動させる。

 指定された地点へはまだもう少しあった。敵かと思い、ジョナサンは緊張する。

 環境追従迷彩で身を隠しているとはいえ、それは完全ではない。動体認識センサーを持ちいれば、たやすくシュバンツの姿を見つけられる。

 立膝をつき、ジョナサンはシュバンツを制止させる。12.7㎜機関砲を構え、息をひそめる。

 見極めるためである。

 敵か味方か……はたまた敵の敵か。

 しばらく待つと30名ほどの武装集団に囲まれた。

 ドイツ製の自動小銃に、山岳地帯で有効な迷彩服。左肩には三本傷と麻の葉っぱのエンブレム。反乱軍ではないらしい。その連中はシュバンツに有効な重火器類は持っていない。が、油断はできない。


「これまた……物々しい連中だなぁ」


 囲まれると、リーダーらしき人間が拡声器を用い、大声を上げた。シュバンツから降りてくるようにと指示され、ジョナサンは言われた通りにする。

 シュバンツから降りると、リーダーらしき男へ大統領の勅書を渡す。

 ジョナサンの手からそれを乱暴にひったくると、リーダーは勅書を検閲する。ライトをつけて、入念に。

 それが本物であることがわかると、リーダーは笑顔になった。


「あんたがジョナサンか? 話は聞いているぞ」

「そいつはどーも」ジョナサンは息を吐くと、「でも、俺はあんたらを知らん」

「別に知らなくてもいいさ、俺らはしがいない傭兵だからさ」


 見た所、この30人の男たちはかつて戦っていた麻薬カルテルのチンピラどもではない。過酷な訓練を経たガチガチの兵士たち。

 ジョナサンは降りる前のレーダーの状況を思い出す。シュバンツを囲む、赤い点の動きを。


「PMCなのか?」


 その動き方と正規軍の精鋭特殊部隊であるレッド・クーガーの動き方はよく似ていた。カルテルの兵隊たちはこんな動きはしない。出来ないことをジョナサンは知っている。かつて、ケルテルのチンピラどもと戦っていたから。


「ちょっと違うが、そんな所だよ」リーダーは言った。「でも、生粋の軍人とは違う」

「……よくわからんな」

「はっはっはっ……」リーダーはカラカラ笑うと、「人生、わからないことだらけさ」

「……違いない」


 はにかみ、同意するジョナサンにリーダーは布を取り出した。


「それはそうと、目隠しをしていいか?」


 ジョナサンの笑顔がすぐに真顔となった。


「そういうきまりがあるのか?」

「そうだ。協力してもらっても?」


 嫌ではあった。が、


「そういう決まりがあるなら仕方がない」


 ジョナサンはしぶしぶ了承する。

 リーダーに背中を叩かれた後、ジョナサンは目隠しされた。

 取れぬように、しっかりと。

 目隠しがあまりにもきついので、施される時にジョナサンは緩めるように言った。しかし、リーダーに我慢しろと一蹴されてしまった。それから何も見えない状態でタンカに乗せられた後、ジョナサンはこんなことが気になった。


「それはそうと、俺のシュバンツはどうなる?」


 自分の足の心配をするジョナサン。


「それについては問題ない。こちらに優秀なハッカーがいる。そいつに遠隔操作してもらう。気にしなくていい」


 リーダーがそう言った後、ジョナサンは紐でタンカに縛り付けられる。それを聞いてギョッとしたジョナサン。そんなジョナサンに、リーダーはぶっきらぼうに「安心しろ」と言った。しかし、初対面の者を信用はできない。

 ましてや、命に係わる場面であれば。出発前に大統領に、反乱軍のバックに連邦がついていることを知らされていた。

 そこからしゃべることなく、山道を1時間。

 古代エジプトのミイラのように雁字搦めにされているジョナサンは、大統領に保護するように言われている人物の隠れ家へと到着する。

 その間、ジョナサンは気が気でなかった。

 後方のシュバンツの足音を聞くたび、ジョナサンは冷や冷やしていた。タンカという酷いゆりかごを堪能することなかった。


「ここでいいか、タンカから降ろせ。目隠しを取ってやれ」


 シュバンツの足音が止まり、タンカの拘束を外されたジョナサン。

 目隠しを自分で取った時、そこは隠れ家のガレージ。

 そのガレージから、リーダーの案内の元、隠れ家にそぐわないくらい広い部屋へと連れて行かれる。

 この広い部屋は質素だった。小さな丸テーブルに意匠の凝った椅子が二つ。

 たった、それだけ。

 高い酒。金ぴかの装飾のついた拳銃やらライフル。はたまた、美女が数人いると思っていたが、ジョナサンの想像は大いに外れた。

 背中で手を組む、壮年の男だけ……。

 167センチの、口髭のたくましい細身の男。右の額から顎までまっすぐ伸びている一本線。その傷跡にジョナサンは惹かれた。また、目の前にいる男の写真写りが非常に悪いことに気が付くと、ジョナサンは薄ら口を開けた。


「あなたは?」

「私の――ことか?」

「はい」


 壮年の男はニヤリとした。


「そうだなぁ、映画的に言うとゴットファーザーと呼ばれる。まぁ、だいたいはドン・メルキオルと呼ばれているよ」


 ジョナサンの表情が強張った。

 “ドン・メルキオル”を聞いて、とある名前が甦った。


「あなたは何という麻薬カルテルのドンで?」


 知っていたが、ジョナサンは聞かすにはいられなかった。

 壮年の男の名は、ネイハム・ジェイコブ・メルキオル。かつて行われていた麻薬戦争で首魁とされていた人物であった。ジョナサンのかつての敵が、こんな男だとは知らなかった。寄れた白いシャツに黒いスラックス。穴の開いた鼠色の靴下にサンダル……。顔の傷が無かったら、一見、そこら辺にいる気さくなおじさんにしか見えない。


「ペイン・オブ・スカーだ」


 確信を得て、ジョナサンは頭を抱えた。

 大統領と関係があったのは、この国最大の麻薬カルテルだった。そう、ドン・メルキオルと大統領はつながりがあった。

 ジョナサンが、あまりの衝撃に惚けていると――。


「どうした?」

「いえ、何でもありません……」


 ジョナサンの狼狽する姿を見て、ドン・メルキオルは微笑んだ。


「うろたえるのもわからなくはない。私は君のかつての敵だからな」


 ジョナサンは麻薬カルテル「ペイン・オブ・スカー」のゴットファーザーと対面していた。

 それが信じられなかった。


「こんなことって……」


 会うことが無いと思っていたのだが、まさか――こんなことがあるとは思わなかった。


「人生何があるかはわからんよ」


 ドン・メルキオルは言う。

 浅黒い肌に浮かび上がる不気味なほどに白い歯。それはとても並びが良かった。それが目についた。


「しがいない貧農が、成り上がって――こうしてカルテルのドンをやっているのだから」


 それからドン・メルキオルは、傭兵たちにこの場から去るように目配せした。

 ジョナサンをここに連れてきたリーダーは、足早にここから立ち去るのであった。


「本当は別の仕事に就きたかったのだが、そういう訳にはいかなかった」

「でも、あんたは――」


 二人きりになり、ジョナサンの口が少しばかり悪くなった。


「そうだ、まぎれもなく私はこの国で一番大きい麻薬カルテルの経営者だ。その事実は変えられない」


 ドン・メルキオルは深いため息をついた。

 それから、ジョナサンにこんな話を始めるのであった。


「200年、この国は連邦によって虐められてきた」


 しょっぱな、ジョナサンはこの男が何を言っているのか分らなかった。

 急に始まった昔話に何かと思ったが、ジョナサンも頑張ってついて行く。


「200年というのは大げさでは?」

「そうではない。見た所、君もそうだろう。この国の先住民の血を引いてはいないか?」

「そうですが――」

「なら、200年だ。私も君も侵略者に襲われて悔し涙を流した者たちの子孫だ」


「俺はその侵略者の血も流れているぞ」


 面倒な老人だと思ったが、ジョナサンは話についていく。


「侵略者にこの土地を占拠された後、我々の時代がやって来た。この土地は我々の手にゆだねられると思ったのだが、そうではなかった」

「連邦の介入」

「そうだ、それだ」


 ドン・メルキオルはジョナサンに人差し指を向ける。


「昔は良かった」

「老人はみなそう言います。自己肯定のため、過去を美化する」


 ドン・メルキオルは困ったように笑った。



「まぁ、そうせくことはない。若人よ」

 ジョナサンは話を終わらせたかった。

 さっさとドン・メルキオルをここから連れ出したかった。

 しかし、ドン・メルキオルはジョナサンの都合など介もせず、話を続ける。

 付き合う方も付き合う方であったが、ドン・メルキオルには話をつき合わせる強制力を持っていた。ジョナサンはそれに抗うことができなかった。


「連邦は無理やり、私たちに都合の良いものを押し付けた」


 それでも、ジョナサンはイライラしていた。

 老人の話につき合っていられるほど、暇ではない。こうしている間に仲間たちが――と考えると、気が気でなかった。また、それ以上にサウス・ヘイブンに残している音信不通の家族たちのことが気がかりであった。


「60年代は冷戦による左翼ゲリラの掃討、80年代からは麻薬戦争。そこから先は麻薬戦争と並行して、テロリストとの戦い。自分たちがしたクソがこの国にあると言って、それを片付けに来た。自由の国の民衆を守るためという名目でこの国に介入してきた」

「そのせいで、国は貧困と汚職にあえぎ、学と金のない自分たちはやむを得ず麻薬畑を耕すしかなかった」

「そして、その畑すらも連邦に焼き払われた」


 ジョナサンがこう言うと、ドン・メルキオルの顔に無数のしわが刻まれた。

 連邦に焼き払われた、田畑を思い出して。それが他の畑に飛び火して、大火となったことを思い出していた。


「だから、われらは武器を持たなければいけなかった」と、語るゴットファーザー。

「あんたらが武器を持ったから、こちらも武器で応えなくちゃならなくなった」


 だらだらした、長い話――。


「さっきから、あんたは何を話したいんだ?」


 ここでジョナサンはキレる。


「私たちが護るために武器を持たざるを得なかった。そういうことを君に話したかった」


 ジョナサンは唸る。

 ここからさっさと出なければならない。長話をしている暇はなかった。


「この話はどれくらいするつもりだ? 俺はあなたを大統領の元に連れて帰るという任務中だ。それをさっさと終わらせたい。意地悪なサムおじさんの話はそれくらいにしときましょうぜ、おじいさん」


 ドン・メルキオルは肩をすくめ、茶目っ気たっぷり笑った。

 ジョナサンはカチンときた。暴力を振るいたい衝動に駆られるが、拳を思い切り握ってそれをかみ殺す。


「まだまだ話したりないんだが……」

「もう十分だよ、さっさとあなたを連れて帰る」


 ドン・メルキオルがため息をついたその時、リーダーが血相を抱えて現れた。


「ドン! ヘリです! 変な形をしたヘリがこちらに!」


 変な形と聞いて、ジョナサンはそれが何なのかを理解した。


「そいつは連邦の手先だ! 俺のシュバンツはどこだ!?」

「こっちだ!」


 ヘリがやってきたことを知らされると、ジョナサンは人型重機に乗って応戦する。

 これから、夜の戦いが始まる。

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