Mission02_奇襲

 闇の中、残された瞳で見つめるものは、襲い来るかつての同胞たち。同じカマの飯を食らいあった仲。

 密林にひしめく兵士たち。

 シュバンツと汚い名の彫られた棺桶に入る男は、ためらうことなく引き金を引き続ける。

 自分の生きる道を造るため、首都にいるであろう自分の妻と娘に会いに行くため。




 先の戦闘から5時間後。

 副大統領を国境の外に出すため、ジョナサン・フリーガーという兵士が殿を務めた後のことである。ジョナサンは自分の家に帰るため、ある場所に向かっていた。反乱軍に蹴散らされた正規軍が集結していると言われているサライアム山へ。

 密林を抜け――森へ。

 傷つき、四肢の一部と右目を失ったジョナサンがシュバンツというロボットを駆る。正規軍と合流するため、森の中を一つ目の巨人が歩む。

 時刻は7時なのだが、朝とは思えないくらい暗い。

 現在、森は濃い霧に覆われている。息ができないような濃い霧に。肩を落とした鋼鉄の背中に、それが重くのしかかる。


「こう霧が深いと不安になってくるな」


 鼻をすするジョナサン。

 汗がしたたるジョナサンの顔は強張っていた。敵地にいるという感覚、緊張がそうさせている。


「情報ではサライアム山、エル湖の北だったよな? そのエル湖を今しがた通り過ぎたのだが、ここで本当にあっているのだろうか?」


 ジョナサンはつぶやく。

 不安なのか、自分の声を聞いて安心を得ようとしていた。ごちることで、不安や傷の痛みを少しでも和らげようと。

 さて、副大統領から教えてもらった情報では――イストウィンチェスター州東部、エル湖の北にあるサライアム山に敗走した正規軍が集まっているという。

 ジョナサンはそこへ向かっている。

 つい先ほど、シュバンツのような人型重機に使用される人工筋肉の養殖地であるエル湖の近くまで来た。現在はエル湖から北に4kmほど進んだところであった。

 なるべく道路は避けているが、前が霧でかすんでいるせいか出てしまうことがある。

 カーゴパンツのポケットに地図はあるが右手だけでは取り出せない。衛星とリンクして地図データを取得することができるのだが、その衛星は反乱軍の手中にあり、利用することができない。

 よって、ジョナサンの勘が頼りであった。

 この辺りは麻薬カルテルの一つを撲滅する作戦を決行した際に、少し行ったことがある程度であった。

 土地勘はほぼない。

 しかし、それでもジョナサンは前進する。幻肢と傷の痛みに苛まれながらも。また、先ほどから耐えている尿意にも。


「いてぇなぁ」


 顔を歪ませ、何もかもに我慢し続けるジョナサン。

 そんなジョナサンが道路を横切ろうとした時だった、


「あっ」


 味方の死体を見つけた。

 死体の男は、たどり着けなかった仲間の亡骸だった。

 足を止め、死体を食い入るようにジョナサンは見つめた。その時、少しばかり、何もかもを我慢しているものを忘れて。


「……ここであっているようだな」


 先にしがらみから解放された仲間を見て、ジョナサンは何とも言えない気持ちになる。

 ひょっとしたらと考えると、ぞっとしない。

 ジョナサンは体を震わせる。それにより、膀胱が揺さぶられてズキズキと下腹部が疼いた。それがジョナサンを我に返した。


「とむらってやりたいものだが、そういう訳にはいかないか……急がなければいけない」


 大の字に横たわる遺体。

 血だまりの中に虫が寄って集るそれは、大きな口が開いていた。その口には、はめこまれたドッグタグ。

 この――先に行ってしまった兵士の為に、墓を作り、ドッグタグにある名を墓標に刻む必要があった。熱烈に、ジョナサンはそうしたい気持ちに駆られていた。死んだ兵士の健闘を讃えるため、無念を鎮めるために。

 しかし、ジョナサンは急がなければいけなかった。

 何事にも、ひょっと――ということがある。

 集結地点を敵に襲撃されている可能性があった。そうなる前に、何としても集結地点にたどり着かなければならない。


「すまない」


 謝るジョナサン。足元で空を仰ぐ兵士に、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。彼を連れて帰りたいとも考えていた。

 どうしても果たさなければならない目的があった。

 サライアム山にいる味方と合流するという目的。それを果たさなければならなかった。

 何よりも、サウス・ヘイブンにある家に帰るという一念があった。家にいるであろう妻と子たちに会うため、ここで立ち止まっている訳にはいかない。

 そう言う訳で、彼をここに置いて行かざるを得なかった。

 ジョナサンは歩き出す。細心の注意を払い、前へと進む。霧は非常に深かったが、それでも。

 サライアム山のふもとへと――歩き出す。

 目的地はすぐそこだ。




 サライアム山は、標高3882mの山。

 とある探検家がこの山を見て言った。日本の富士山に形がよく似ているなと。しかし、富士山とは違い休火山ではない。時折、火を吹いて地面を揺らすその度に、人は困らせられるのであった。

 霧が晴れていれば、この山の頂きが良く見えるはずなのだが見えない。

 日が高く昇っても、霧が晴れない。

 どこにあるかはわからないが、ここに正規軍の兵士たちが集っている。

 ジョナサンはシュバンツの機能を駆使して、その場所を突き止めようとしている。

 災害時の人命救助に使用される高性能なレーダーやセンサー類を起動しているのだが、集結地点は見当たらず。

 火山が近くにあり、磁場の影響のせいかと思いきや、そうではない。シュバンツは磁場の影響がある場所でも正常にレーダーやセンサーが動作する。この状況下であれば、シュバンツから半径100mの範囲にいる人間の反応を捕捉することができる。

 ただ、見つからないだけであった。


「さて、ここのどこにいるのやら」


 シュバンツは険しい山道を行く。

 ジョナサンはモニタの右端を気にする。そこには燃料系のゲージが表示されており、アラートが表示されていた。

 シュバンツのエネルギーはそろそろ切れようとしている。


「動けるのはあと3時間程か」


 ジョナサンはこもった息を吐く。

 シュバンツが止まってしまうのは、左腕と右足のないジョナサンにとって死活問題であった。シュバンツが動けなくなるとジョナサンは動けなくなってしまう。当然のことながら、戦うこともままならない。

 早急に正規軍の味方と合流する必要があった。


「早くしないといかん」


 ジョナサンは先を急ぐのであった。

 少し歩くペースを上げ、進んでいく。

 サライアム山を登ろうという人はいない。ここは神聖な山となっている。元々ここは先住民たちがあがめていた山だった。

 入植者たちはこの山に登ろうとしたのだが、先住民たちがこぞって話す“たたり”のせいで誰も登ることができなかった。

 そもそもが火山ということもあるが――それ以来、山を登ろうという人はいない。

 そういうこともあり、この山は観光資源にならなかった。また、登山可能な大きな山は周辺諸国にいっぱいあった。そういうこともあって、山に挑む人間はいない。

 ジョナサンがいるところは禁足地ではないが、それでも危険な場所には変わりなかった。

 深い崖や谷などの自然。

 道中、姿を見せる危険な動物たち。

 ジョナサンはふと、木の上にいるピューマを見つけた。

 生身であれば獣の歯牙にかかって死んでいるだろう。シュバンツのおかげでジョナサンは安全に進むことができている。


「……やれ、こいつに乗っていなかったらどうなっていたことやら」


 シュバンツを睨みつけるピューマを横目に進んでいく。

 だが、脅威はこれだけではなかった。

 そこは開けた場所だった。森を抜けた先の荒れ地にて、レーダーにはっきりと人間の反応が引っかかる。

 ジョナサンに緊張が走った。

 反応があった方へ――もやがかかる視界にうっすらと人影を見る。人影が人であること、群れになっていること、さらに銃を持っていることを認識すると、ジョナサンは目を細めた。敵か味方か何とか判別するため。


「あいつら――」


 霧のせいで見づらかったが、ジョナサンは何とかどこの兵士か視認した。


「反乱軍の兵士か。それも8人いる」


 何やら話し合っている8人の反乱軍の兵士たち。その肩には反乱軍の象徴である星を抱くヘビがあった。

 どうやら連中は正規軍が集結している地点を探しているようだ。


「ちょっかいは出さない方がいいな」


 向こうはこちらに気付いていないようで、一つ目の巨人を視認していなかった。

 ジョナサンはその場から離れる。

 何もせず、そっと。

 兵士がいるということは、集結している場所がすぐそこにあるかもしれない。

 そう考えると少し気が楽になったが、すぐさま不安に駆られる。ひょっとしたら、集結地点を見つけられているかもしれないと考え、焦燥感を募らせるジョナサン。そっと、その場から離れる時、はやる気持ちが出ないように細心の注意を払う。

 兵士たちが集結地点を探索するその場から――森へと戻る。安全に離れることができると、そっと息を吐いた。


「さて、どこにあるのやら」


 ジョナサンはつぶやく。

 シュバンツが歩く姿は肩を落とした敗残兵のようだった。

 霧に紛れる大きな敗残兵は道なき道を行く。荒れ地からサライアム山の森へと足を踏み入れる。




 霧の中を歩くのは苦行であった。

 山は険しく道が悪い。あれから1時間が経ったというのに霧は濃いまま。


「全然晴れないな……それはそれで都合がいい」


 おまけに――。


「そろそろシュバンツが動かなくなってしまうぞ」


 シュバンツはあと1時間ほどで止まりかねない状態に陥っていた。


「山登りがきつかったらしい」


 シュバンツの元となった人型重機は、マッターホルンを走破している。その山と比べ、サライアム山はたいしたことはない。

 だが、ジョナサンが乗っている人型重機は戦闘用に改造したシュバンツだ。

 人型重機に戦闘用のシステムと武器を持たせているだけとはいえ、元とはだいぶかけ離れている。


「岩盤破砕用パイルバンカーが重いのからかね?」


 ジョナサンは頭を振った。

 確かにパイルバンカーは重い。しかし、重いのはそれだけではない。追加した装甲やウェポンラック、武器がかさばって重量が増している。


「ただの重機に戦闘ソフトウェアや装甲を無理やりマウントしてるせいだな。そのせいで電力消費が激しいのだろうな」


 それもある。戦闘モードの電力消費量はかなり激しい。一度の戦闘で一気に20パーセントも電力を持って行かれる。

 ため息をつく、ジョナサン。


「一応、ものの試しにリコンとやらを撃って上から確認してみるか」


 シュバンツの肩からリコンを飛ばす。空から、集結地点を探すために。

 飛ばしたのは地形調査用のもの、軍用のものではないが性能はそれにひけを取らない。

 しかし、良い性能を持っていても、役に立たたなければ意味がない。霧が深いせいで、上からは何もわからなかった。


「……上からならと思ったが、ダメだったか」


 ジョナサンは薄ら口を開けた。


「このままではよろしくないな」


 ため息をついた後、ジョナサンはしばらく霧の森の中を歩く。

 見つからないことにイライラしながら。また、ずっと我慢している尿意に締め付けられながら。

 当てもなくほっつき歩いているせいか途中、崖に出てしまう。


「崖かよ……参ったな。このまま沿って歩くか……」


 崖を沿って歩き続けて、30分ほど。

 前よりも霧が少し薄くなったが、崖の下がどうなっているのかはわからない。そこから落ちたら、どうなるかはわかるのだが……。そこでまた、リコンを飛ばして確認を行うと、崖下がアスファルトの路面になっていた。

 ジョナサンはしばらく、崖のふちを歩くことにした。

 ひょっとしたら、正規軍の兵士に会えるかもしれない。その一念で。それと同じ確率で反乱軍の兵士に出くわすかもしれなかったが。

 道なりに歩いていると、またしてもシュバンツが人の反応を捕らえる。

 距離は崖下20メートル、3両の戦車と兵士たちを崖の上から発見するジョナサン。望遠レンズを使って、敵か味方か確かめる。

 以前よりも霧が薄いからか、判別がしやすかった。


「まいったな……また、敵なのか」


 星を抱くヘビ、それは反乱軍の象徴であった。そのマークがゆっくりと道なりを進んでいた。大小問わず、それらがいくつも連なっている。

 連なり、崖下にある道路を道なりに進んでいた。


「こちらには――気付いていないようだな」


 向こうはこちらに気付いていない状態だが、


「ん? あれは――」


 不意に正規軍の一団の姿を見た。兵士の方にあるのはサンタバルの国旗と、Fの形をした翼のマーク。これが正規軍の象徴である。

 彼らが、反乱軍の反対側に。

 正規軍は歩兵だけ。彼らが戦車3両と鉢合わせをするのは非常にまずい。

 彼らを助けなければならないという使命に駆られるジョナサン。思考し、短い時間でどうするかを決める。

 シュバンツはこの戦闘で完全に停止してしまうだろう。

 しかし、それでも良かった。近くに味方がいる。銃声を聞けばこっちに来るだろうと。


「……戦うしかないか」


 ジョナサンは腹を決める。


『戦闘モード、起動します』


 戦闘モードを起動した。

 2度目の接続は強い痛みを伴った。


「おおおおおお、っくぅぅぅぅぅ……がはぁ!」


 気絶しそうになったが、何とかジョナサンは持ち直す。

 目を見開き、歯を食いばる。鼻からは血が滴り落ちる。ジョナサンの凄まじい形相から戦闘が始まる。

 まず、一人……体を撃ち貫いた。


「まずは1人だ!」


 銃声を聞いて、身構える兵士たち。止まる戦車。

 2人目を撃った後、動きながら、次々と撃ち続ける。

 向こうも負けじと応戦する。小さなマズルフラッシュが点滅し、戦車の砲塔がゆっくりとシュバンツの方へと向いた。それから、狙いを定めるとけたたましい咆哮を上げ、100㎜が放たれた。それはシュバンツが歩いていた崖をやすやすと崩した。


「戦車が3両、兵士が20名か……これでやれるか不安だな。しかし、それでも戦わなければならん。ここで俺が食い止めないとみんな死んじまう」


 シュバンツが手にしている12.7㎜機関砲が火を吹く。時折、弾丸が戦車の装甲に当たるも有効なダメージにはなっていない。

 移動しながら、ジョナサンは10人の歩兵を狙い撃ちする。

 10人は何とかミンチにした。


「うぉ!?」


 シュバンツのそばを戦車の弾丸がかすめる。

 空気を引き裂くその音はシュバンツの装甲を震わせた。ジョナサンはションベンを漏らしていたが、それを気にする間はなかった。


「冷や冷やするな、戦車の弾が飛んで来るたび……100㎜にはこれでもさすがに耐えられん」


 途中、何発も戦車から100㎜砲弾が飛んで来るが、下から上の攻撃は当たりづらい。

 また――。


「霧のおかげか、相手の照準があっていない」


 ましてや霧がかかっているので敵は自分の姿をなかなか視認できずにいた。しかし、それでも敵は自分へ的確に射かけてくる。

それを何とかかいくぐり、シュバンツは戦車の真下へ。


「膝をやりそうだが、やるしかないか」


 ひとまず、崖下にスモークグレネードを落とす。急に張られた煙幕に、反乱軍の兵士たちは慄いた。

 煙幕が張られたことを確認すると、シュバンツは背中のウェポンラックからパイルバンカーを取り出す。

 左腕にそれを装備すると、崖から飛び降りるシュバンツ。

 10メートル真下にある戦車に飛び掛かり、パイルバンカーを撃ちこんだ。爆音が轟いた後、戦車は沈黙した。


「……腹にきやがる。一機、撃墜!」


膝のマニュピュレータを壊しかけるが、戦車一両を破壊する。

 分厚い岩盤を相手にするパイルバンカーに戦車の装甲を砕けない訳がなかった。また、貫いた先から放たれた衝撃で戦車の中はミンチ状態になっていた。

 当然のことながら、パイルバンカーの先にはべっとりと血が付いている。


「砲塔さえ、こちらに向かなければ!」


 すかさず2両目の破壊に取り掛かるジョナサン。

 2両目に近づき、無理やり戦車の砲を持つと、パイルバンカーを撃ちこんだ。


「よし、これで2両目!」


 続いて3両目。

 3両目はすぐに主人公に主砲を向けて撃ってくるが、それをバランスを崩しながらもかろうじて回避。

 その時に、めまいがして意識が飛びそうになる。


「あ~クソッ!」


 怒鳴り散らかした後、なんとか持ち直して、すかさず3両目にパイルバンカーを撃ち込む。

 パイルバンカーの威力は凄まじい。そのせいで左腕が吹き飛んだ。


「……これで戦車は最後か」


 銃で撃ってくる反乱軍の兵士たち。手りゅう弾を投げてきたり、自動小銃の弾でシュバンツの装甲をノックしたりするのだが、まったく動じず。

 近くにいたやつらを、シュバンツは12.7㎜弾をばら撒いて殲滅する。


「悪いな、お前らを生かす訳にはいかん」


 その最中、弾が切れ残りの兵士たちを格闘戦で殲滅する。


「……これで終いか」


 何とか敵を殲滅した時、もうすでにエネルギーの残量は5パーセントを切っていた。あと20分ほどしか、シュバンツは持ちそうになかった。


「クソッ、あと19分か……短いな」


 操縦桿に思い切り拳をぶつける。


『戦闘モード終了、通常モードへ移行します』


「ああああああああああああ!? うわぁああああああ! ぐぅうううううう!」


 鼻血を流しながら、苦しみ喘ぐジョナサン。もう限界に達していた。視界はかすみ、頭は朦朧としている。

 それでも片腕がもげたシュバンツは前に進む。

 よろけながらも、前へと進む。足の関節が完全にやられていた。左腕はない。

 肩をすかした鋼鉄の背中が、足を引きづりながらも前へ進む。


「先へ進まないと……俺は帰るんだ」


 帰りたい家があった。

 そのためにジョナサンは無理やり前へと進む。




 集結地点への道半ば――シュバンツは止まってしまった。


「あ~クソ! 動かなくなっちまった」


 動けなくなり途方に暮れていたジョナサン。だが、ジョナサンと同じように集結地点を目指す者たちがいた。

 シュバンツが止まり、10分後。様子を見に来た正規軍の者たちにシュバンツの中から、ジョナサンが引きづり出される。

 敵と判断されたのか、ジョナサンは銃口を突きつけられた。

 そして、ジョナサンは叫ぶ。


「俺は、ジョナサン・フリーガー! 二等兵だ。正規軍の兵士……副大統領を国境の外へ出すという任務に就いていた。本当だ!」


 あえぐように叫ぶ男は取り押さえられ、体をまさぐられる。

 そして、命令書が取り出された。

 隊長を務めている男により、それが本物であることを確かめられる。無事に味方であることが証明された後、尿臭い傷痍軍人は集結地点までタンカで運ばれることになった。その間、隊長が礼を言ったり、誤ったりすることは一切なかった。


「……一時はどうなることかと思ったが、ようやくついたな」


 ジョナサンは身動きが取れない状態になってしまったが、味方部隊に運ばれ、集結地点に無事に到着した。

 ジョナサンの体を見て味方から、労われる。心配そうな顔が自分の覗き込んでいるのを見て、心地よかった。

 それからすぐにジョナサンは医療テントに運ばれ、服をはぎ取られた。その後、適切な治療を受け、尿臭いカーゴパンツを取り換えられた後、ジョナサンは地べたに転がり、目をつぶる。仮眠を取った後、お隣さんがジョナサン以上に酷い状態であることを見ると天井を向き、ぼんやりとしていた。

 眠ることは出来なかった。所狭しと並べられている傷ついた仲間が唸る声が耳にこびりつき。それをうるさいと言える気力はなかった。

 ボーっとしていると、迷彩服を着たでっぷりとした男がジョナサンの呆けた顔をのぞきにやって来た。


「ジョナサン・フリーガー君だね?」


 身長180センチのネイティブ・アメリカン。がっしりしたモヒカンの男。

 その顔には見覚えがあった。


「はい」


 この男を目の前にし、ジョナサンはギョッとした。慌てて体を起こそうとしたが、男の大きな手のひらで制止される。

 それもそのはず、この男はサンタバル共和国の元首。

 言わずと知れた、大統領であった。


「すみません、シュバンツは壊れてしまいました」

「それは別に気にする必要はないよ。あと10機ほど残っているから」


 ジョナサンは唇をかみしめる。


「副大統領は無事にペルーへ行かれました」


 大統領に副大統領の国外逃亡が無事に終了したことを報告するジョナサン。

 そんなジョナサンへ大統領は微笑むと、


「そうかい。彼を守ってくれてありがとう。フリーガー君」


 労うのであった。


「いえ……」


 大統領に労われ、ジョナサンはまんざらではなかった。大統領は照れているジョナサンを見て、あることが気になった。


「君はそのまま、アーサーと一緒に行かなかったんだね?」

「はい」ばつの悪い顔をするジョナサン。

「責めるつもりはないよ。ただ、聞きたい。ここへ戻って来たのはなぜだい?」

「サウス・ヘイブンに家族がいるんです。家に帰るためです」

「そうか」大統領は頷くと、「なるほど、それはいい理由だ。私も家に帰りたい」


 ジョナサンと大統領は笑い合う。

 大統領はジョナサンに好感を抱いていた。単純な動機であったが、それでもなお一生懸命に戦う男が。


「これからよろしく頼む、ジョナサン君」大統領は笑顔でジョナサンに右手を差し出すと、「あっ、すまない……君をファーストネームで呼んでも?」

「構いません」ジョナサンは微笑み、その手を握った。「こちらこそよろしくお願いします、大統領」

「私のことはディミトリー……ティミーでいい」

「よろしく、ティミーさん」


 ほっとしたせいか、


「あ――」


 ジョナサンの鼻から血が流れ、急に倒れた。


「ん? どうした? ……フリーガー君、フリーガー君!?」


 それから白目をむいて、泡を吹き、ガクガク全身をけいれんさせるジョナサン。


「まずい! あのシステムのせいか……早急にメディックを呼ばないと。メディック! メディーック!」


 新型のBMIは脳みそに直接データを流すものだ。その負担はかなりの者である。後遺症は予期していたが、こんな形で出るとは思わなかった。


「大統領! どうされました?」


 近くにいたマスクと手術着を召している女性――衛生兵があわただしい様子の大統領へ駆け寄ってきた。

 大統領は駆け寄ってきた衛生兵に、慌てふためく顔を向けた。


「メディック、ジョナサン君が急に――彼を助けてやってくれないか?」

「わかりました。物資は不足していますが、何とかしてみます」

「よろしく頼んだ」


 メディックは大統領と場所を代わり、泡を吹いているジョナサンを救うべく処置を行う。

 大統領はその様子を不安げな面持ちで見守るのであった。

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