重機戦士シュバンツ

吉田夢妙

Mission01_背水

 深い闇に包まれている。

 乱生する植物がこぞって天へ枝葉を伸ばし、それが絡み合ってできた密林という場所。

 そこにずんぐりとした胴体の巨人がたたずんでいる。その体は角ばった炭素繊維でできており、その内側は人工筋肉で編まれていた。それから、3.2mの丸々太った無骨な巨躯の腹の中には人が納められている。

 人型ロボット。それも搭乗型の――。

 この搭乗型ロボットのパイロットをしているのは男。名前はジョナサン・フリーガーという軍人だ。南米、サンタバル共和国陸軍の二等兵が息をひそめていた。

 コクピットの中も真っ暗闇。しばし男は、その中で冷や汗をかきながらあえぐ。永遠とも言えるような長い沈黙の中で、その時を待ちわびていた。巨人の右の手に持っている12.7㎜機関砲の銃口を敵につきつける瞬間を。

 そして、その時は来たる。


『オペレーティングシステム、起動中……』


 コクピット内が明るくなり、ジョナサンの容姿が照らし出される。

 迷彩服に、ヘッドセットというなりをしている――ぼさぼさ頭のガチムチの男。体毛は黒。肌の色はやや褐色。身長は174センチ。包帯で隠す顔の右上部分は――ケロイドになっており、右目は孔と化していた。また、左腕のひじから先を消失しており、右足のすねの中ほどから無くなっていた。

 ジョナサンの見た目は傷痍軍人。戦場を離れなければいけない怪我を負っているというのに、男は深夜の密林という戦場に立っている。


「……ジョナサン」


 ここで、無線が入る。

 ジョナサンは、少し朦朧としていた。応急手当の際に、使った薬(麻酔)がまだ効いているせいだろう。

 ジョナサンは何も答えない。

 ただ、肩で息をしていた。


「ジョナサン」


 呼びかける男は答えぬジョナサンに不安を覚え、何度も繰り返す。


「……聞こえています、副大統領」


 薄ら笑いを浮かべ、ジョナサンは笑う。その笑みは力が入っていなかった。

 そんなジョナサンに、サンタバル共和国の副大統領はそっと声をかけるのであった。強い罪悪感に、後ろ髪を引かれながら。


「君にこんな役目を押し付けるのはどうかしてる。けれども、こうするしか生き延びる方法はない。私は大統領に命令されている。ペルーへ亡命して、海外から正規軍の支援をするように言われている。すべては反乱軍を潰すためだ」


 ジョナサンは何も言わない。

 それでも副大統領は続ける。


「そのためには生き延びなければならない。何としても生き延びなければいけない。この国の自由を守るために……」

「……はい、そうですね」


 ジョナサンの返事はうわごとを言う人のように弱々しいものであった。


「君は深く傷ついている。顔を撃たれ、左腕と右足を消失した。本来であれば、病院のベッドで眠っていなければいけない人間だ」

「副大統領、私はどこの病院へ行けばよろしいでしょうか?」


 引き笑いをするジョナサンの顔には玉のような汗が流れていた。それを左腕でぬぐおうとしたが、無いことに気付かなかった。


「君も知っているだろう? 病院は反乱軍の手の内だ」

「はははは……そうでしたね、投降しないと治療は受けられない」


 静かな引き笑いが、ジョナサンの体に響いた。痛みを感じた男は、狼のように呻くのであった。


「ジョナサン、大丈夫か?」

「……麻酔の効き目が切れてきましたね。そのせいか、先ほど手当したところが疼きます。投降する何て言ったから、サンタ・ムエルテが怒ったのかな? 初志を貫けと」


 サンタ・ムエルテ、死の聖母。

 善人にも悪人にも等しく、救いを与えてくれる存在。ジョナサンの左腕には、彼女はいた。しかし、前の戦闘で首だけになってしまった。頭から下は、どこに転がっているのだろうと考えると、ジョナサンはため息をついた。

 左腕の喪失は大きかった。刺青の入れていない右足の喪失も、また。

 そんなジョナサンに副大統領は優しい言葉をかけようとした。


「無理はしなくていい。なんなら――」


 しかし、


「副大統領。そこから先は、あなたは言ってはいけない」


 それを止めるジョナサン。

 副大統領が何かを言おうとしたのだが、ジョナサンは言った。


「私は兵士です。戦うのが仕事ですから」


 こう言われ、副大統領は何も言えなくなってしまった。

 兵士の使命。その言葉の力は強かった。


『オペレーティングシステム起動。搭乗者の照合をお願いします』


 オペレーティングシステムが起動した。ジョナサンは残された右手、その指で、自分を証明するのであった。

 少し時間はかかった。


『――オールグリーン。通常モードへ移行します』


 何とかジョナサンはオペレーティングシステムを起動させる。

 3.2mの巨人の目に赤い光が灯り、頭部が上を向く。頭部についているメインカメラからの映像がコクピットに送られ、視界が開ける。それから、モニターにUIが表示される。主武装である12.7㎜機関砲の残弾数と副武装であるパイルバンカーの情報が。モニターの右上に表示されている地図とレーダーを見たジョナサンは、まるでゲームをしているようだと思うのであった。

 ここでジョナサンは左手を握り、開くという所作を思い浮かべた。

 すると、ロボットはジョナサンが思い描いた動作を再現した。

 左手を握り、ぱっと指を広げる。手を握り、パッと広げる。これを2、3度繰り返す。それから、その場で足踏みをしてちゃんと動くかどうかを確認する。それは、失ってしまった四肢が動くかという確認であった。

 問題なく動くことを確認した後、ジョナサンに笑みがこぼれた。彼は少しばかり嬉しかった。また歩けることに、左手でものを掴むことができることに感動をしていた。


「……すまなかった」


 副大統領が急に謝ってきた。

 何について誤って来たのかを考えると、ジョナサンは息をそっと吐いた。


「いえ、気にしていません。ありがとうございます、副大統領。心配して頂いて」

「同然のことだよ。ここまで来るのに、君は私を庇って傷ついた。君は私の命の恩人だ。だからこそ、心配もするさ」

「そうですね」


 しばし、ジョナサンと副大統領は黙り込む。

 8時間前に民家で休んでいる時、敵の奇襲を受けた。副大統領の目の前に自動小銃を構えた敵が現れ、ジョナサンは副大統領を突き飛ばした。その折に、左腕を。民家から脱出した後、地雷を踏んで右足と右目を失った。

 二人はその時のことを思い出していた。

 密林の中はとてつもなく静かで、死の世界のようであった。その死の世界では、死霊がひしめいている。


「そろそろ追手が来るはずだ」

「そのようですね」


 ジョナサンがレーダーに目をやると赤い点が映っていた。

 それを見て、ため息をつく。


「今は正規軍と反乱軍に別たれてしまっているが、元は1つだった」


 唇をかみしめると、


「……心苦しいがやるしかあるまい」


 ジョナサンが操るロボットは12.7㎜機関砲を構えた。


「しかし、誰がこの内乱を引き起こしたんでしょうね。シュタイナー大佐が反乱軍のリーダーのようですが」


 ジョナサンのつぶやきに、副大統領は大真面目に答える。


「……大統領から聞いた話では、連邦が裏で糸を引いているようだとか。つくづく嫌になるよ。あの国は何でもかんでも口を出さないと気が済まない国だ! ……昔から、あの国のせいで……滅んでしまえばいいのに」


 副大統領は声を荒げ、怒りをあらわにする。

 連邦が掲げた経済改革は連邦に都合の良い者を太らせるだけだった。そのおかげで貧困はさらに加速し、気付けば麻薬カルテル――犯罪組織が国よりも強い力を持ってしまっている。そして、連邦が目の敵にしている麻薬カルテルはこの国では英雄の象徴としてあがめられている節がある。

 世界の警察を称し、正義を押し付ける彼らに辟易していた。それなのに連邦は正義の鉄槌を振りかざす。


「すまない、つい……」

「まだ悪口が言えるだけいい。彼の国にいじめられ、それどころじゃない国もあります。それに核爆弾を落とされた国もあった。それに比べたらマシだ」

「そうだが……」

「あの国は昔から、正義の名のもとに暴力を振りかざす国です。素直に自国の繁栄のためだと言ってしまえばいいのに……まぁ、もともとあそこの連中は、数百年前に俺のご先祖たちを追っ払ってふんぞり返っている連中ですよ。殺して奪うのがあそこの流儀だ」

「そう、だな……」


 二人は黙り込む。

 ここでジョナサンはレーダーを確認する。敵はあと200mほどしたらここにやってきそうだった。


「そろそろ、やつらが来ます」

「そうか」


 引き金を引く、その時は近い。

 ジョナサンの体に冷ややかなものがまとわりつく。それは死神の吐息なのだろうか? と考えるとジョナサンはサンタ・ムエルテに祈った。短い間、だったが。


「……終わったら、連絡を入れます。今はどちらへ?」

「もうそろそろ国境に近い。ほんの10分ほどしたら峠を越える」


 峠はない。ジャングルの険しい道をまっすぐ行けば、国境へたどり着く。

 いわゆる比喩表現である。国外へ出て、正規軍を支援するという作戦の第一段階を突破するという意味で副大統領は使用した。


「……了解。戦闘行動に入ります」

「その人型重機だが――人型のロボットに銃を持たせただけだ。あとは簡素な射撃ソフトウェアをインストールしただけに過ぎない。本来の用途は災害救助に使われる搭乗型の人型ロボットだ。誰でも使えるようにBMIを採用されている。だが、君が乗っているものは少し違う。反応速度を上げるために脳にデータを送って一部処理させている。乗った後に、何が起こるかわからない。その反動は大きい」


 ジョナサンは副大統領の説明を聞いて、はにかんだ。


「それでも私はこれで戦わなければいけない」

「なぜ?」

「それは後で――シュバンツで敵を追い払ってから答えます」

「……わかった。幸運を祈る」


 ジョナサンは戦闘モードを起動する。コンソールを叩いて、歯を食いしばる。


『戦闘モード、起動します』


 戦闘モードが起動するとジョナサンの頭に激痛が走った。火花が目の前で散ったようなカクカクの後――ジョナサンが駆る人型重機こと、シュバンツは2足で走り始めた。


「サーモ起動」

『了解、サーマルヴィジョン起動します』


 ジョナサン、押し寄せてくる反乱軍の兵士たちをサーモグラフィで視認する。

 木々に遮られてはいた。しかし、はっきりと熱源を捕らえた。レーダーをチラチラ見ながら、ジョナサンは眉間に深い谷を掘った。


「ざっと――30人ほどか。とっととやろう」


 ジョナサン駆るシュバンツは銃の引き金を引き、人間を1人ずつミンチにしていく。

 日本製の人型重機は12.7㎜機関銃を撃ちながらでも動ける強い足腰を有していた。さらには、茂みや木々の間を滑らかな挙動で障害物や段差を楽々よける。撃ちながらこれをやるものだから、ジョナサンは驚いた。

 機体の各部に備えられているセンサーのおかげで感覚的に動くことができた。このセンサーの情報を脳にフィードバックして、操縦しているからこその芸当であった。通常のBMIではできない。

 しかし、それでもまだ慣れていないのか時折つっかえることがあった。

 それでも、戦闘機動に差し支えない程度で済んでいる。


「なかなかいい足腰をしているな」


 ジョナサンはほんのわずかな間、頬を緩ませる。

 反乱軍の兵士たちも負けじと撃って応戦する。

 シュバンツのボディは強かった。強化カーボンで作成された人型重機は7.62㎜弾をものとはしなかった。

 ボディは、RPGの衝撃に耐えうる強度をほこっている。

 しかし、銃弾でボディをノックされるのは気持ちがいいものではない。

 兵士たちは木々に隠れながら、一つ目の鬼へ射かける。パッと光る銃口をめがけ、撃ち続けていた。

 兵士たちが散らばったこと、木々に隠れて応戦していることを広域レーダーで確認するジョナサン。

 このレーダーは元々、瓦礫に埋まっている生体反応を探知するものであった。

 ジョナサンはそれを悪用していた。


「ものは使いようとはこのことか……うちの大統領はなかなかな人だな」


 反乱軍の兵士たちは散らばり、隠れて戦っているつもりであったが筒抜けであった。

 次々と12.7㎜弾の餌食となる。

 これを食らえば一瞬で体が弾け飛ぶ。人体のそばをかすめれば、体のどこかがもぎ取られる。

 味方の4分の1を失い、反乱軍の兵士たちは打って出ることをを決めた。

 それは無謀な試みではあった。兵士たちの装備は手りゅう弾と東側のベストセラーライフルのAKではどうにもならない。

 そのことなど知らず、闇夜の中で移ろぐ12.7㎜機関砲のマズルフラッシュを追いかけた。

 ジョナサンはレーダーを注視する。散らばっていた赤い点が、少しずつ自分の方へ近づいて行っていることに気付いた。


「こっちに来ているな」


 ここでジョナサンは考える。


「肉弾戦は愚策だ。手のマニュピュレータは強いと聞いているが、地面にぶつけて壊れるのは頂けない」


 ジョナサンは息を吐く。


「少し戦線を下げよう。引きながら戦うのはよろしくはないのだが……」


 反乱軍の兵士たちに追いかけられるシュバンツ。

 引きながら、それでも的確に敵を撃ち貫く。

 ジョナサンは戦闘に夢中で気付いていなかったが半分、敵を倒していた。


「簡素なソフトウェアを入れたと言っていたが、かなり良いものを使っているようだ。よく当たるな」


 こうつぶやいたモニターにかじりつくジョナサンの鼻から血が垂れていた。

 しかし、それにも気づくことはなかった。

 巨体でありながらも、軽やかに動くジョナサンが駆るシュバンツ。するりするりと身をよじり、障害物を軽々超え、さらには暗闇の中でも正確に人を打ち貫く巨人に恐れをなした反乱軍の兵士たちは潰走を始めた。


「HQ! HQ! こちら、スカル04。増援を頼む。現状の戦力では太刀打ちできない!」


 やがて、半数に減った兵士たちは増援を呼ぶのだが、


「こちら、HQ。チームスカル04、悪いが増援は出せない。現状の戦力で対処せよ」


 通らなかった。

 その場の戦力で対処しろと言われてしまい、それを聞かされ逃げ出す者もいた。それにつられる者もいた。

 しかし、最後まで抗う者もまた然り。逃げる者たちの為に残るものもまた存在していた。

 ジョナサンはそんな勇者たちを殲滅した。


「これでしまいか?」


 仕事を終わらせたジョナサンはため息をついた。周囲に敵がいないことを確かめると、目をつぶった。


『戦闘モードを解除します。通常モードへ移行』


 また、頭を割られる様な痛みに耐えるとジョナサンは鼻血が滴っていることに気付いた。右肩で鼻の辺りを拭うと、ジョナサンは副大統領に連絡を入れる。


「副大統領、そちらは?」

「無事に国境を越えたよ」

「了解、それはよかった」


 ジョナサンは疲れた顔をし、堅いコクピットのシートに深く腰掛ける。

 その際に、鼻の奥から滴るものが口の中に落ちて、ジョナサンを不快にさせた。血の混じった唾をすぐにでも吐き捨てたかったが、どうしようもないので気持ち悪いのをぐっと飲み込んだ。


「そういえば、聞いていなかったな」

「何を?」


 副大統領はゆっくりと息を吐いた。国境を越えたことにより、少し安堵していた。声が少し落ち着いていた。


「君が戦う理由だよ」

「それはサウス・ヘイブンに家があるからですよ」ジョナサンは微笑むと、「俺は家に帰る、サウス・ヘイブンで家族が待ってる」

「そうか。君を誘おうと思っていたのだが、そういう訳にはいかないか。それなら、イストウィンチェスター州東部にある人工筋肉の養殖地であるエル湖の北にあるサライアム山に大統領と正規軍の兵士たちが集まっていると聞く」

「そこを目指せと」

「戦わなければそこへギリギリ行けるはずだ」


 行く当てが見つかり、ジョナサンは口角を緩めた。


「ありがとうございます、副大統領」

「君もな、ジョナサン。君の武運を祈っているよ」


 副大統領の通信はこれで終わった。再び、この場所に静けさが取り戻される。

 ジョナサンはサライアム山を目指す。

 闇をかき分け、前へと進むシュバンツ。


「サライアム山だな……ここから40km先か」


 ゆっくりとした歩みではあるが、それは力強いものであった。


「先は長い……だが、急がなければ――」


 ジョナサンがつぶやいた通り、先は長い。そして、今後のことは何もわからなかった。

 けれども、ジョナサンはやるべきことを見つけていた。

 それはサンタバル共和国の首都にある自分の家に帰ることだった。自分の家に帰り、家族と再会することを夢見て、ジョナサンは道なき道を歩き続ける。サライアム山にいるであろう正規軍の兵士たちの元へと。




 場面はジョナサンが思いを馳せる首都のサウス・ヘイブン。

 ジョナサンが副大統領追撃部隊を追っ払ってから11時間後のことである。首相官邸、そのきらびやかな応接間。連邦中央情報局のアンディー・ハンニバルというエージェントと反乱軍のリーダーであるアルブレヒト・シュタイナーが対話をしていた。

 ハンニバルの出で立ちはグレーのスーツ。ネクタイは黒。ツーブロックの金髪の157センチのキツネ目をした白人。顔立ちはかなり整っていた。

 対して、アルブレヒトの格好はオリーブドラブの迷彩服。中途半端に長い金髪に長いひげが特徴的だった。187センチの痩身巨躯の男。その白い肌は日に焼けて赤くなっている。ハンニバルがアルブレヒトと初めて会った時、こう思った。鬼(オーガ)のようだと。


「2024年9月、サンタバル共和国の軍人アルブレヒト・シュタイナー大佐がクーデターを起こした。それから、約3か月……反乱軍は正規軍を破竹の勢いで破った。これは評価できる」


 薄ら笑いを浮かべ、こう言ったハンニバルの態度が気に食わなかった。アルブレヒトは怒りを抑えると、笑顔を作った。


「それはどうも」アルブレヒトはにこやかに、「あなた方のおかげで、我が軍は大統領を一掃することができた。そして、私たちがすえようとしている大統領は清廉潔白だ。前の――麻薬カルテルとグズグズだった男とは違う。しっかりと仕事をしてくれる人だ。安心して欲しい」

「へぇ~そうなのですか?」


 ハンニバルの白々しい態度に、アルブレヒトは一種の感心を覚えた。それから、目の前にいるハンニバルを睨みつける。


「そう言いながら、あんたは知っているはずだ。エージェントさんよ」

「まぁ、それなりには……」


 肩を竦めるハンニバル。


「それなりにではないだろう。あなた方が世界でどんなことをしているのか、私は知っている」

「ほぅ……」ハンニバルは顎をしゃくると、「シュタイナーさん。それについて、お聞かせ願いたいのだが――」


 ハンニバルの動きは緩慢だった。しゃくった顎を元に戻す仕草は、アルブレヒトの背中を撫でた。撫でられた場所は鳥肌となった。連邦という大国におののき、アルブレヒトは何も言わずだんまりしていた。

 何も言わないアルブレヒトに対し、ため息で答えると、


「まぁ、いいでしょう。知らない方があなたのためだ」


 ハンニバルはこう言った。


「もとより知りたくはない」


 そう言うとアルブレヒトは自分の身を守るように腕を組んだ。それから、座る姿勢を正した。これを見たハンニバルはニタァと静かに笑う。


「あなた方――もとい、あなたの麻薬カルテルへの憎悪は凄まじいものがある」


 アルブレヒトは目をつぶる。


「私はあなたのそれを評価している」ハンニバルは言った。「信頼に値する激情だと」


 いいや、目をつぶった訳ではなかった。目を細め、ハンニバルという人物がどのような人間なのかを見極めようとした。


「こちらはペイン・オブ・スカーのゴットファーザーの首さえ手に入れればいい。あなた方への支援はそのついでだ」

 しかし、ハンニバルの全容は掴めていなかった。これまで何度も顔を合わしているが、この表情としている男を理解できないままだ。


「……それでいい。私たちは私たちでやる」

「はい」


 ハンニバルが返事をした後、アルブレヒトは顔をしかめた。この男の手の平で踊らされていることがもどかしくて。


「私は大統領の首を取る」

「私はペイン・オブ・スカーのゴットファーザーの首を取る」


 アルブレヒトは大統領を、ハンニバルは麻薬カルテルの首魁を討つ。そういう取り決めになっている。


「本当は――あの男の首を、私が……」


 しかし、アルブレヒトとしてはそれは不服であった。


「あなたの気持ちはわからなくはありません。あなたのことはよく知っている。だが、あなたはそういう契約をした。政権を転覆させる力を得るために、麻薬カルテルのゴットファーザーの首を差し出した」

「そう、だな……」

「ゴットファーザーの首は、私が必ずあなたの前に持ってきます。何度も繰り返して申し訳ない、そういう契約になっている」


 アルブレヒトは憎き国家の敵の首を自分で刎ねることができない悔しさを噛みしめる。ハンニバルはしおらしい顔をして、アルブレヒトをまじまじと見つめていた。


「……頼む。あなた方なら、私はこの国から麻薬カルテルを撲滅することができると信じている」

「はい、是非とも……」

「なるべく早く頼む。あなた方なら、それくらいは簡単にできるはずだろう」


 肩を落とすアルブレヒトを、ハンニバルは哂う。




 会談を終えた後、ハンニバルはサウス・ヘイブンの高級ホテルに戻る。運転手つきの黒塗りの高級車で帰った後、ハンニバルはグレースーツからガウンに着替えると、トイレへと向かった。

 ホテルの部屋は雅で贅が尽くされている。高級家具や性能のいい機器によって彩られている。それらにはかつて盗聴器が仕込まれていたが、ハンニバルはそれに排除を行った。それでも盗聴器は次々部屋のどこそこに増えていく。

 ハンニバルは連邦の本部への定期連絡をトイレの中でこっそり連絡を行っている。

 黙々と手のひらにあるスマートフォンでメールを打ち込むハンニバル。

 その内容はこうだ。


『ハンニバルです。申し訳ありませんが、トイレの中で簡潔に。現状は特に変わっておりません。ゴーストが現在情報収集にあたっておりますが、有用な情報は今のところはありません。反乱軍のリーダーの機嫌についてですが、今のところは良いようです』


 それから、数分後のことである。


『今しがた、報告が入ったのだが――先ほど、シュタイナーと話をしたそうだな? その時に何か話をしていなかったか?』


 返信が帰って来た。


『何を?』

『たった今、情報が上がって来た。副大統領の追撃が失敗したらしい』


 その文面を見て、ハンニバルはさらに目を細めた。


『と、言うと?』

『まだ詳細は聞いていないが、昨晩に逃げる副大統領を30人で追いかけていたら、大きな銃を持った一つ目の巨人に襲われたらしい。それで命からがら逃がしてしまったのだとか。そのせいで副大統領はペルーに行ってしまったよ』


 ハンニバルは首をかしげると、こんなメールを打った。


『副大統領はどういたしましょうか?』

『捨てておけ。私たちの目的は麻薬カルテル、ペイン・オブ・スカーの排除だ。サンタバルの革命を助けるのが目的ではない』


「……ですね」


 微笑んだ後、ハンニバルは少し考える。

 メールに出ていた、一つ目の巨人の正体について。


『一つ目の巨人――もしかして、あれではないでしょうか?』

『あれと言うのは何だ?』

『この国はロボット産業がさかんです。日本の人型重機を製作している会社――水橋重工の工場が多くある。ひょっとしたら、連中――ドワーフに銃を持たせて戦わせたのかもしれません』

『日本製の人型重機を使ってか? ……その可能性はあるな。調べておいてくれ』

『承知しました』


 これにて、報告は終了する。

 報告を終えたハンニバルは頭を伏せって、肩を震わせていた。小さな嗚咽、声を殺して笑っていた。


「ようやく僕にもチャンスが巡って来たのかもしれないな」


 そうつぶやいた後、ハンニバルは衛星携帯電話を取り出し、別の場所へ連絡を入れる。

 その顔は先ほどとはうって変わって、真面目な顔をしていた。あの人を食ったような男はどこにもなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます