六文銭

 とある老人の葬式が行われていた。

 家族だけでの、ささやかな式。

 未亡人となった老婆は、歯の抜けた口で念仏を唱え、夫の入った棺に向かって手を合わせた。

 懐から、小さな薄い板状のものを取り出して、棺に入れる。

「あれ?」

 子供が言った。

「おばあちゃん、なんでお金を入れたの?」

「あれはな。三途の川の渡し賃じゃ。あれがないと、閻魔様のところへ行けずに、死後の世界でさまよってしまうんじゃよ」

「はあ?」

 子供は笑う。

「何言ってんの? 死後の世界なんか、あるわけないじゃん。ここは宇宙ステーションだよ?」

 彼らがいるのは、小さな部屋だった。

 『箱』と言い換えても良い。

 強化プラスチックと金属でつくられた箱を、いくつもいくつも連ねることによって造られた、巨大な人工天体。それが宇宙ステーション。大きさは日本の北海道くらいで、1万人がそこで生活していた。

 空気、水、食料。

 かつて大自然の恵みだったものはすべて、人間が自分の力でつくりだし、管理している。

「この科学の時代に迷信はやめてよね」

 試験管から生まれ保育器に育てられた“宇宙人こども”は、老いさらばえた人間のなれの果てを、無邪気な瞳で見下した。

 だが老婆は怒りもせず、ただ念仏を唱え続けるだけだった。

「なんまんだぶ、なんまんだぶ」


   ※   ※


 循環サイクルセンター。

 この宇宙ステーションの心臓部である。

 汚れた水から汚物を取り除き、二酸化炭素から酸素をつくって送り出し、また有機物から食料を合成。そうやって循環させることで、この宇宙の真ん中に浮かんだ小さな生活空間の維持をしている。建築や修理の材料となる合成材も、ここでつくられている。

 10階建てのビルほどの大きさがあるタンク。

 果てしない広さに、それが見渡す限り並んでいる。

 宇宙ステーションの実に3分の一を占める空間だが、いま、そこにいる人間はたった2人だった。

「先輩、言われた作業は終わりました」

「おう、新人。初めての仕事にしてはよくやってるな」

 ほとんどの行程は自動化されているため、それで充分なのだ。

「よし、メシにするか……おっと」

 エレベーターのブザーが鳴る。

「なんだ、遅れてた荷物が今ごろ届きやがった」

 2人は、荷物をチェックした。

 箱に入った荷物は申告どおりの状態で、問題なし。簡単な検査をしてから、折りたたんでコンテナに入れる。

「このコンテナはどこへ?」

「食料タンク行きだな……ちょっと待て」

 先輩が、箱の底から何かを拾い上げた。

 それは、小さな薄い板状のものだった。

「やめだ。それは、合成材タンクへ持って行け」

「え? 何故です?」

「これを見ろ」

「お、電子金貨ですね」

「これが入っている『荷物』は、食料タンクには送るな。それが、暗黙のルールなんだよ」

 先輩の強い視線。

 新人は一度コンテナの『中身』に目を落とし、それでも納得しなかった。

「でも!」

「言いたいことは分かる。人間の身体は食べたもので出来ている。人間の材料としていちばん最適なのは……もちろん、『コレ』だ。構成物質が一緒だからな。でも、それを受け入れられない奴もいるんだ」

「それで、電子金貨を……」

「もらっておけ。俺と折半だ。そのかわり検査で異常があったことにして、食料タンクには送らない」

「けど、ここは宇宙ステーションですよ」

 新人は言った。

「こんだけ巨大な施設でも1万人が暮らすのが限界なんですよ! もう人口はギリギリなんだ。空気も、水も、食料も、いちばん効率の良い循環方法をとらなけりゃならないんだ!」 

 あらんかぎりの声で叫ぶ。

「だって、もう、地球は消滅してるんだから!」

 だが、それが響くには、宇宙ステーションは広すぎた。こだまもせずに、声はどこかへ消えていった。

「わかるよ」

 先輩は言う。

「だけどな。地球がなくなっても、人間がいなくなったわけじゃない。だから、どんな理由があっても、人間の尊厳は守らなけりゃならないと思うんだ」

 そしてコンテナの基盤を操作する。

 コンテナは自動で、合成材タンクへ向かっていった。

 先輩は、それに向かって手を合わせた。

「なんまんだぶ、なんまんだぶ」

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