冷凍睡眠

 私は大金持ちだった。

 テレビ放送が開始された当初、ようとして知れなかったこのメディアの先進性に目をつけ、巨額の利益を得たのだ。

 宝石、車、スポーツチーム、ファッションブランド。

 欲しいものはすべて手に入れた。

 しかし、手に入らないものもあった。

「あなたの寿命は、あと1ヶ月です」

「何故だ。金はいくらでも払う。病気を治してくれ」

「無理です。この病気は、フヂノ病。不治の病です。治療法は現代では見つかっていません」

「なんということだ……」

 リムジンに乗って、自宅に戻る。

 テレビをつけると、鮮やかな色彩が目に飛び込んできた。試験的に放映されているカラー放送だ。これからは全てのテレビがカラーになり、やがては映画を追い越す影響力さえ持つ時代が来るだろう。

 しかし、私は、それを見ることができない。

 私は途方にくれた。

「ああ……」

 そのときだ。

 テレビのニュース映像が、ロケットを映し出した。5日後に、人類初の月着陸に向けて出発するロケットだ。

「……待てよ」

 私は、唐突に思い出した。

 本棚に走り、子供のころに読んだ、あの本を探す。

 あった。

 大昔のSF小説。それには、数十年に及ぶ宇宙の旅をするために、主人公が冷凍されて眠りにつ場面が出てくる。

「これだ!」

 私は翌日、すぐに科学者のもとに向かった。

「どうだ?」

「無茶ですよ。前例がありません」

「理論的には可能なはずだ。何千年も前に氷付けにされたマンモスが、現代で発見された事例もあるじゃないか」

「マンモスは、生き返ったわけではありませんよ」

「それでもかまわない。このまま効かない薬と望みのない治療に身を預けるくらいなら、わずかな可能性にかけてみたい」

 科学者は、しぶしぶ承知した。

 私は氷付けにされ、地下の保存庫に眠ることになった。

 フヂノ病の治療法が発見されたら蘇生させてくれと、遺言を残して。

 

 そして。

 私が目を覚ましたのは、1000年後だった。


「いやあ、苦労しましたよ」

 屈託ない笑顔で言う彼は、未来の科学者。1000年後の世界で、私をよみがえらせてくれた人物だ。

「氷付けになった人間をよみがえらせるなんて、世界初の試みでしたからね。凍結した体液。破損した細胞。復元するのは至難の業でした」

「そんなに大変だったのか」

「フヂノ病の特効薬が発見されたのは、もう600年も前のことです。それから幾人もの科学者が、この難題に挑んできました。そして今日、やっとそれが実を結んだのです」

「感謝するよ。いくらお礼を言っても足りないくらいだ」

「なあに。我々科学者は、人類の進歩に寄与することが目的なんです。お礼なんて言われる筋合いはないんですよ」

「それでも言わせてくれ。ありがとう」

 私は彼と、固い握手を交わした。

「では、早速だが。私には時間が無い。すぐにでもフヂノ病の治療をしてくれ」

「残念ですが、それはできません」

 は?

 私は目を丸くした。

「何故だ! 特効薬が見つかったんじゃなかったのか!」

「発見されましたよ。ですが、もう600年も前のことです。そのあいだに、フヂノ病は根絶され、この世から消えて無くなりました。それがもう300年も前のこと」「まさか」

「病気がなくなったので、薬は必要なくなりました。ですから、特効薬の作り方も材料も、すでに忘れ去られてしまったのです」

「どこかに記録があるだろう!」

「ありませんね。この1000年で、地球上に出現した新たな病気は97兆8234億2万7301種類。とてもとても、すでに根絶した病気の記録なんて」

「そんな……!」

 私は激昂した。

「それなら、何故よみがえらせたんだ!」

「あなたの遺言には、期限が設定されていなかったのでね。言ったでしょう? 我々科学者は、人類の進歩に寄与することが目的なんだと。あなたの蘇生実験からは、重要なデータを採集できましたよ」

 ぐらり。

 頭が揺れた。まるで1000年分の齢を一気にとったかのように、私の身体から力が抜けていった。

「あなたは、少し寝過ごしてしまったんですよ。ほんの少しだけね」

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