お前ならできる!

 大丈夫だ! お前ならできる!

 自分の店を、いつか東京の一等地に出すのが、お前の夢だったんだろ?

 こんなところであきらめんなよ!


 ああ。確かにお前の店は、最近売上げが落ちてるな。でもそれは不景気のせいで、近隣の住宅地に住んでいる人たちが外食を控えているからだろう。お前の料理や店のせいじゃない。

 お前の店はちょっと高級志向だから、そういうのの影響を受けやすいんだ。


 だからこそ、新しい店を出すべきじゃないか?

 こんなベッドタウンの駅近じゃなく、都心の真ん中に店を出せば、金持ちがいっぱいいる。お前の腕なら、すぐに評判は上々さ!

 ほらよ、この物件。

 知り合いの不動産屋から、極秘で入手した情報なんだ。あのターミナル駅から歩いて5分。その割りに家賃も安い。1階で、前の入居者もレストランだったから、内装工事も楽だぜ。


 まだ迷ってるのかよ。

 あのときのお前はどこへ行ったんだ。

 覚えてるよな、中学最後の県大会。俺たち2人、バスケ部のレギュラーだった。決勝で10点差で負けてて、全員がもうダメだって思ってたとき、キャプテンのお前が言ったじゃないか。

 「まだ慌てるような時間じゃない。あきらめたらそこで試合終了だ」。

 感動したぜ、お前にしか言えない名言だよな。それで、そのとおり俺たち逆転したんだ。

 苦しいときこそ、前に出ろ!

 逆転目指そうぜ!


 お前は、これまでよくやったよ。

 怪我でバスケから引退しても、すぐに新しい夢を見つけてさ。

 調理師学校を卒業して、すぐに一流店に雇われて、認められて、あっという間に自分の店を持って。

 俺なんか、親のコネで小さい信用金庫に就職することしかできなかった。

 お前は特別なんだよ。

 店の売上げが下がってるのは、不景気のせいだ。つまり、ほんのちょっとの不運なんだ。そんなことで、これまでの努力をムダにしていいのか?

 これまでの5年間が全部ナシになるんだぞ!

 ナッシング! ゼロ! 水の泡! 

 お前の店が、時間が、努力が!

 それでいいのか!


 ほらよ。

 支店長に特別に掛け合って、2000万円の融資にOKもらってきたぜ。さんざん嫌味を言われて、ボーナスの査定に響くぞって脅されたけどな。

 あとはお前が決断するだけだ。

 お前が、もうあきらめるって言うんだったら、この話はナシ。

 さあ、

 ど

 う

 す

 る

 ?


 ……そうか。

 それでこそ、お前だよな。

 絶対にあきらめない。最終的には、必ず勝利をつかむ。それでこそ俺たちのキャプテンだぜ! 

 ああ、でもさ。

 融資には担保がいるんだよなぁ。

 この事を忘れてたなぁ。

 しまったなぁ。2000万円分の担保なんて、そんな簡単には……えっ? 去年、子供のいない叔父から4DKの一戸建てを相続した?

 そうなのか! 驚きだぜ!

 え? 聞いてねえよ、知らねえよ。初耳だよ。ホントだよ。

 ……知らなかったって言ってんだろ!


 よし。

 契約は全部完了だな。

 2000万、返済期間は5年。

 これでお前の理想の店がつくれるぜ。

 夢の実現に一歩近づいたわけだ。ほんとスゴイよ、お前は。

 俺も見習って、ちょっとは仕事に精を出すか。得意先に挨拶回りでも行ってくるかなぁ。


   ※   ※


 プルルルル。プルルルル。

「あ、ヨシカネ不動産ですか? 高木さんをお願いします。

 ……おう。俺、俺。あの物件、借り手がついたぜ。

 感謝しろよ? 同じビルにヤクザ事務所と宗教団体が入ってる不良物件を片付けてやったんだからな。

 これで、先月の麻雀の負けはナシ。いいな?

 今日もやろうぜ。今度こそ俺が勝つ!

 金? ちゃんと払えるさ。今日の契約で俺は成績トップだ。来月には、たんまりボーナスが入る。

 あ、それと。

 5年後には、4DKの一戸建てを回してやるからな、アハハ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る