73 この手が届く場所で


 ― ??? ―



 やれやれ。


 俺は、最早五感の全てが消えた世界で、ひとりごちる。


 まったくもって不愉快だ。非常に腹立たしい。

 この腹立たしさの原因は分かっている。だが、それをどうにかする術を、俺は持ち合わせちゃいない。だからこれまで、不干渉を貫いてきたのだ。

 そもそも干渉する事自体が不可能だったしね。


 けれども今、俺がこうしてこの世界にいるのは、完全なるイレギュラー。


 さて、この状況をどうしようか。

 どうにかしないと、また巻き戻ってしまう。

 しかし残念ながら、今、あれを使うべき時ではないのだ。


 ならばどうするか?

 決まっている。


「どうにかするしか、ないよねぇ」


 視界が、回復する。

 温度が、戻ってくる。


 首筋に残る痛みも、身体中の倦怠感も、全ての状況が帰ってきた。


 よくもまぁ、これだけボロボロの身体で動けていたものだ。あれだよね、瀕死になるほどの高熱が治ってすぐ、強大な力にあてられたわけだから、ボロボロじゃない方がおかしいよね。

 平均体温35,6と、ちょっと低めなわけですよ。

 そこで40度超えの熱とか、地獄でしょ。


 よく死ななかったよね!


 しかも運悪く【グレイミー】の暴走とかち合っちゃってさ。災難に次ぐ災難だよまったくもう。


「さぁて、状況は把握しているかな、お嬢さん?」


 悪戯っぽく、それでいて獰猛な笑みを浮かべて、俺は目の前で蹲る少女を見下ろす。

 先程まで『この子』の血をたらふく飲んでいた子だ。

 人のものとは思えない呻き声を漏らしながら、少女はガタガタと震えていた。


 ま、そうだよね。


 『俺』の血を、希釈もせずにあれだけ飲んだのだもの。

 軽く、人2人分は飲んでいたと思うよ? 普通の人間なら吐くね。そもそも人って、成分的に、血液そのものを何リットルも飲むと吐くらしいからね!


 この子の場合は別だけど。何たって、血を生きる糧にする種族だもん。

 どれだけ飲んでも生命力に変換されるし、余分は体内に存在する別空間にストックしておける便利仕様。まぁとどのつまり、吐きはしない。


 なら何故苦しんでいるのか?

 当然だって。


「ただの人間種族が【  】の血を飲んで無事でいられるわけがないっていう話なワケですよ」

「……な、ん……っ?! がふっ!」


 おお、聞き返してきたね。うん、理性は戻ったみたいだ。

 ちなみに、血は吐いていません。苦しくて空気を吐き出しはしたけどね。


「まぁ、俺自身じゃないし、力は弱いけど。これでも。けど弱っているとはいえ分身体だし? 本人もなりかけだからねー。いや、借り物の力でよくぞここまで! って、褒めたいね。できないけど!」

「……っ!」


 吸血族に限らず、俺みたいな【  】の血だとか、髪だとか、もっと言うと唾液や古い角質なんかも、力が宿ってしまっている。

 それを少し摂取するだけなら大丈夫。万能薬の劣化版みたいな物で、意外と便利だ。


 けど中でも血は、力が溶け込みやすい。それを直接、何の処理も施さず、希釈もしないで飲んだら、そりゃあこうなる。


 あれだよ。

 ほら、たけのことか。丁寧に下処理しないと、特に灰汁抜きをしないと、えぐみがえげつないでしょ。あれと同じだよ。多分。


 【  】の力は、言葉で表せないほどに大きい。それを人間が受け止めようなんて、無謀もいいところ。最悪身体が風船見たく膨らんで、ぼんっ!

 彼女はそうならなかったから、一応【  】の力に対する耐性みたいな物があったのだろう。


 風船みたく破裂する瞬間なんて見たくなかったし、うん、結果オーライって事にしておく。

 そうだ、どうせなら処理しておこうか。


 あ、この子自身じゃないよ? この子の中で暴れている、力そのものをさ。


「わー、かなり吸われたね……返してもらうよ。君は身体が頑丈そうだし、力が抜ける倦怠感くらい、大丈夫だよね!」


 身体を痙攣させ、半ば白目を剥いて来ている少女の肩に触れて、奪われた力を吸い上げる。

 ……【  】2人分の力は、本来この程度で済む量じゃないからね? 取り込む事の出来ない猛獣が血管内で暴れているようなものだからね?

 良い子は真似しないように!


 出来ないだろうけど!




 木々の折れる音がやみ、しばらく。急な事で動けなかったらしいミリーが、呆然と立ち尽くしていた。

 そこへ少女を背負った俺が現れると、まずミリーが駆け寄って……こなかった。


「……っ」


 とてつもなく驚いたような、怖がっているようにも見える表情で、俺を見つめる。

 宇宙人を見るかのような視線である。

 酷くね?


「スイト様、ご無事でしたか!」

「ああ、俺は大丈夫だ。ケガも自分で治してある。それより、この子だけど」


 俺は簡潔に自分の状態を述べて、草原に気絶した少女を寝かせる。

 表情はげんなりしているが、血色は良い。よすぎるくらいに赤みの差した頬は、血が通っている証拠だと言えよう。

 おう暴れる心配は無さそうである。


「えっと、スイト君?」

「何?」

「……あー。後で聞きたい事が山ほどあるけど、まず1つね。もう大丈夫なの?」

「ああ。大丈夫」


 二重の意味で、答えておく。

 まず1つ。少女の容態だ。元々狂って襲い掛かってきたからな。もう襲ってこないという意味だ。

 もう1つは俺自身。いや、最近何かとトラブルに巻き込まれて倒れているし、聞きたくなるのは当然か。というわけで、そう答えておく。


 実際、身体は軽い。元々体重は軽いらしいけど。


「……むぅ」


 何やら不満げな表情のハルカさん。

 あー、うん。聞きたい事は後で全部聞きます。はい。


「あの、スイト様。何やらバッドステータスが無くなっているようですが」

「ああ、それは、多分俺の血を飲んだからだろ」

「えっ、血?!」


 何でハルカさんが聞くの。


「あの狂った状態じゃ、普通に飲まれるだろ。本能のままに動けば、吸血族なんだから、普通は吸血行動を繰り返すものだろ?」

「いや、前の事例がないから、分からないけど。……よく、無事だったね」

「それはあれだ。ミリーの」

「ミリーちゃんの?

「あの激マズダークマターのおかげ」

「へぇ、げき……えっ。激マズダークマター?!」


 納得しかけたハルカさんが、驚愕に目を見開いた。まぁ、普通はそうなるか。


「ダークというほど黒くはない。クリムゾンか、ブラッディに変えて」

「そこじゃないよ! 激マズとマターはいいの?!」

「ん。……激マズで……マターなのは、間違い、ない」


 徐々に視線をずらしていく辺り、ミリーも食べた事があるのだろうか。俺は丸呑みしたせいで、あまり味は覚えていない。それに元々周囲に血のにおいが漂っていたからか、ニオイも印象が薄いのだ。

 覚えていなくて、良かったかも。


「とりあえず、休ませましょう。きちんと狂化状態が解けていると分かるまでは、地下に穴を掘って、そこで看病しましょう」

「いや、ハルカさんの結界だけでいいだろ。な」

「えっ、うーん。そうだね。いいよ」

「……返答からしてそこはかとなく、非常に不安ですが、分かりました。こちらも急いでいますし、馬車の一角を広くしましょうか。そこに結界をお願いします」

「分かった」


 こうして、少女は俺達と一緒に運ばれる事となった。

 ナフィカによると、近くにとある種族の村があるそうなので、そこで一泊する事になりそうだ。


 月明かりが明るいとはいえ、万能ではない。所詮は夜の景色が続いているため、物陰になっている場所はどうしても真っ暗闇になっていた。

 そもそも、月の光は太陽光を反射したもの。当時太陽光の苦手だった吸血族は、月すら見るのが苦痛だったに違いない。

 魔法による月光は、さすがにそこまで再現しないだろうからな。本物の月光より、蛍光灯の明かりに近いものを感じた。


「無性に勉強がしたくなったぞー」

「奇遇だね。僕も」

「あ、私も」

「俺も」


 異世界から召喚されてきた俺達は、全員が同じ感想を抱いた。魔法の明かりもいいけどさ、やっぱり読書とか、機械で出した光青白い光がいいよな。

 しかし俺が作るとイメージが違う。試行錯誤したけど、ダメだった。何がいけないのかも分からないから直しようもない。


 その……、この月光はあの機械的な光によく似ていた。こちらは自然モチーフなのに。何故だ。


「あ、見えてきましたよ」

「わー……! うん、ザ・村! って感じの村だよ、スイト君」

「へぇ? あ、本当だ」


 漫画とかで見た、西洋の小ぢんまりとした村のイメージそのまま。屋根の色は自然に存在するものばかりで、レンガは茶色が目立つものばかり。

 一様に三角屋根だな。


「……ここにいるのは、魔女族。ほとんどの人が、女性。男性は、凄く少ない。……結婚しなくても、魔法で子供が作れる。……出生率は、低いけど」


 ナフィカが更に細かく話してくれた。

 魔女族は人族と魔族の混血がルーツで、妖精族の呪いだか祝福だかで生まれたらしい。

 その名の通り、女性が生まれる率が圧倒的に高く、また男性は、生まれても持って生まれる魔力量が低い事が多いそう。


 とはいえ迫害などはなく、むしろその男性の子供は通常より多くの魔力を持つ事が多いため、モテるそうだ。羨ましいような、別にどうでもいいような。


「男性はみんな、魔力が少ないのか……」

「……そうでも、ない。たまに、凄く魔力持つ子、いる。そして、それが子供に継がれる。……ある時、大魔女が生まれた。この村から」

「へぇ」


 女性が生まれやすく、女性が力を持ちやすい、か。

 この村にいる男性のほとんどは、女性じゃ出来ない力仕事のためにいるそうだ。そのため外から来た者が多く、男性は冒険者のみの時期もあるらしい。


 女性の密度、濃そうだな。


「ようこそいらっしゃいませ~」


 村に着いて第一声は、それだった。

 馬車が止まってすぐ、やや艶っぽい声がして乗り出してみると、そこには背の高い女性が。


 え、あれ? おかしいな。……声、異様に低かった気がするのだが。


「はぁい、こちらは魔女族の村でぇす。アタシの名前はグーラ。一応初めに言っておくけれど、男よ」

「「「えっ」」」


 俺を含めた何名かが、馬車から身を乗り出した。

 肩幅が広い、薄い金髪の人だ。耳が永く尖っており、確かにエルフなのだと分かる。しかし男性だと言われても、イマイチピンとこなかった。


 声と肩幅くらいしか、男性的特徴がないのだ。いや、それで十分かもしれないが。

 まず、服装。怪しい占い師のお姉さんが切るような服を纏っている。余裕のあるたっぷりとした服のため体のラインは出にくいが、くびれはありそうなのだ。

 彼は紫色の宝石を嵌めこんだ杖を持っており、魔法使いである事を匂わせている。


 あと、香水だろうか。不思議な香りが周囲に漂っていた。


「……冒険者?」


 ミリー、じゃない。ナフィカが軽やかに馬車を降り、女性、じゃない。青年に近付く。

 ああ、男性という事は、冒険者である可能性が高いのか。


「ええ。エルフの変わり者グーラとは、アタシの事。戦姫ナフィカの名前も姿も、バッチリ覚えているわ。あ、アタシこの喋り方しか知らないから、変更は受け付けないわよ? 格好については……まぁ、アタシの仲間が譲ってくれないというところかしら?」

「……そう」


 ナフィカは目を伏せて、頷いた。

 エルフ同士、何か思うところがあったのだろう。何とも言えない表情のまま、すたすたと歩き出してしまった。……どこに行こうというのか。


 あ、顔を真っ赤にして戻ってきた。


「ああ、そうそう。アタシ、一応依頼を受けていたのよ。ねぇ、この馬車にハルカって子はいるかしら? その子に言伝を預かっているの」

「私? 何かな」

「貴方のお兄さん、ここにいるわよ」

「!」


 美しく整った顔に笑みを浮かべたグーラ。

 彼はハルカさんの目の輝きを視界に納めると、俺達へ背を向けた。


「案内してあげる。馬車は……」

「あ、収納できます」

「あらそう? じゃ、ビードちゃんを預ければすぐ行けるわね。ついてらっしゃい」


 俺達が全員降りた後、まず宿屋のような場所に寄ってから、ハルカさんのお兄さんの元へと向かう。フユ先輩、元気だろうか。元気だろうな。

 常闇の結界内を調査していた勇者一行。その中の1名が結界内に残って、俺達と合流する事になったわけだが、ハルカさんのお兄さんで確定したな。

 ハルカさんはきっと、彼と一緒に観光気分を堪能するのだろう。


 状況によっては、少しくらいの観光はしてもいいと思うし。

 どちらにしろこの村で補給をしなきゃいけないから、その時間は兄妹2人きりにしてやろうか。


 ……それにしても、グーラさん、後ろ姿まで女性的である。

 性格まで女性的と言うわけではないようなので、オネエさんと呼ぶのは失礼だな。


 うん、グーラさんでいいや。


 それより、魔女族の村である。

 かなり濃い人物の登場ですっかり忘れていたが、魔女族の村はとても煌びやかな場所だ。ネオンにも似た色鮮やかな光が道を照らし、月よりずっと明るい光で溢れていた。

 なんでも魔女族は人族の血が濃く、闇に目が利かないのだとか。村が出来た時から、夜の渋谷程度には明るかったとのこと。


 その姿は限り無く人に近いが、身体の一部にイレズミのような不思議な文様が浮かび上がるらしい。

 また、瞳に簡易の魔法陣が浮かんでいるため、中には一目で魔女族だと分かる人もいるのだとか。


 魔眼と呼ばれるそれは、一部の愛好家にコレクションされているらしい。

 固有魔法が刻まれた、天然の魔法媒体だとか。大昔は10以上の村や集落があったそうだが、その一部の愛好家による大量虐殺で、一時期1つの村しか残らない事態にもなったらしい。

 その村も今は無く、代わりに散り散りになった子孫は隠れ潜むように暮らしたようだ。


 数を減らした彼女達は、最終的に常闇の結界へ辿り着いたという。

 太陽関係なく移住してきたようだな。元が人族だと、太陽の光は学に生活の一部となるだろうし。


 さて、そんな魔女族の村だが、村の中央へ向かうと段々人が増えていった。食料の調達は魔法でどうとでもなるためだろう。新鮮な野菜や魚、肉なんかも売られている。

 ただ、大部分は結界内の特産だ。図鑑でも見た事がないものが大量に並べられている。

 もちろん、植物、肉、どれをとっても。


「地元品を多く取り扱う市場に来たみたい、だよね」

「そうだなー。後で美味しそうな物を食べるぞー」

「「乗った!」」


 ハルカさんが素直に感想を述べると、マキナが八百屋らしき店を見て呟く。それに賛同したのはハルカさんとマキアで、ミリーもどことなくそわそわしていた。

 ……馬車に乗っている時間が長かったし、途中に町とか無かったからな。

 ここで少し休憩しよう、そうしよう。


「あ、ここよ」


 しばらく歩いた先、村の中心地は広場になっていた。円い噴水が設置され、清らかな水が湧き出ている。人もそこそこおり、魔女族と冒険者が同じくらいいて、賑わっていた。

 カフェは特に賑わっている。ふわふわ浮かぶトレイが、ティーポットやケーキなどを運んでおり、客がいなくなったテーブルも布巾が自分から拭きに行っている。


 うわ、ファンタジー。


 この世界って、変に文明的な所が多かったけど、ここはザ・ファンタジーって感じがする!


 何だろう、こう、わくわくするな。

 って、そうじゃない。


 大通りの一角に、大きな建物があった。魔法による建築は見た目が小さくなりがちなのだが、そこは大きかった。

 縦3階建ての、横に薬200メートルくらい。だろうか。見た目は学校みたいである。

 屋根はやはり三角屋根だが、三角部分が大小つ。屋根裏部分を含めれば4階建てという事になる。


 看板には『ホテル・魔女の館』とあり、寝泊りできる場所である事が窺えた。


「お兄ちゃん!」


 ハルカさんが軽い足取りで走り始めた。

 見ると、入口に見覚えのある黒髪が。


 刈り上げショートの黒い髪。きりっとした美しい黒の瞳。タツキと同じく、制服にマントを合わせた姿。背が高く、整った容姿だと、ちょっとダサいはずのマントが綺麗に見えた。

 というか、青いマントに独自にアレンジを加えているらしい。美しい刺繍とさりげなく縫いとめられた小さな宝石が、グレードを引き上げていた。


 彼は呆然と夜の空を眺めていたが、ハルカさんの声に反応し、一気に振り向く。


「ハルカ! ……ぅっ!」


 鈍い音と共に、感動の再会を果たす2人。

 ……感動、だよな? フユ先輩の涙は、感動から来ているって事でいいよな? 決してハルカさんの抱きついた位置が物凄く悪かったとか、そういうのじゃないよな?!


 プルプル震えつつも、フユ先輩は笑顔のままハルカさんの頭を撫でた。


「久しぶり。元気だったみたいだな」

「うん! もちろん!」

「君達も」


 完璧とも思えるキラキラスマイルを披露し、彼は俺達へと視線を移す。

 僅かに感じる哀愁は、無視しておく。彼の、兄としてのプライドに敬意を評して。


 俺も妹のタックルをよく受けるからさ……。


 とそんな事を考えていると、フユ先輩と目が合う。


「「……」」


 そのまましばし見詰め合う事30秒。


「初めて見た時から、君とは気が合いそうだと思っていた」

「奇遇ですね、俺もです」


 俺達は、硬い握手を交わした。


「じゃ、アタシはそろそろ行くわね」

「あ、言伝ありがとうございました、グーラさん」

「いいわよ、そのくらい。その代わり、今度会ったら付き合いなさいよ。ノンアルコールの美味しいお店、知っているから」

「喜んで」


 多くのファンを虜にする笑顔を浮かべて、フユ先輩は手を振った。

 グーラさん、か。そういえば、きちんと名前を知っている冒険者って今のところかなり少ない。ルディを合わせても片手で事足りるのだ。


 ギルドマスターの名前くらいは、今度覚えよう。


「お兄ちゃん、再会の喜びは後にしよう。今は情報をお願い」

「ああ、分かった。念話でもうすぐ着くと聞いていたから、広い部屋を取ってある。もちろん男女別だが、会議用の部屋もあったから、それを借りた。こっちへ」


 あぁ、ハルカさんが念話を送っていたのか。

 どうりでタイミングピッタリに、グーラさんが待っていたわけだ。


 俺達はフユ先輩に付いて、4階に上がる。やはりというか、階層まで見た目どおりではなかったらしい。階段は更に上へ続いていたし、エレベーターまで付いている。何回まであるのだろう?

 そしてフユ先輩が借りたのは、複数のグループが一気に泊まる事が出来る部屋。冒険者の多いこの村では複数のグループが同じ依頼を受けることも多く、その親睦を深めるのと、作戦会議のための大部屋が一緒になった部屋だそうだ。


 ちなみに、冒険者ギルドに加入している冒険者が、あるも者をリーダーとして結成する集団の事をクランと言う。クラン所属者はそれなりの恩恵が与えられるようだ。

 たとえば、クラン単位で使える共通の倉庫を使用できるとか。同じく共通の金庫が使えるとか。


 当然、クランメンバーが無断で中身を引き出せば罪に問われ、クランそのものの質が下がる。集団生活のデメリットはあるが、それなりの利もあるという事だな。


 俺やルディはソロなので、そういった恩恵もデメリットも無い。

 複数人で組まれたパーティーメンバーがいないと受けられない依頼は、ソロでは受けられない。そもそもソロで出来るような難易度ではないという事だからな。


 さて。


「じゃ、情報交換を始めようか」

「「「おー!」」」


 部屋は床がフローリング、壁は石造りのようで、クリーム色の壁紙が綺麗に張られている。床はテーブルなど重いものがある位置を中心にカーペットが敷かれており、そこそこいい部屋だ。

 ただ、冒険者向けのため、カーペットは安めの、緑色のもの。壁などにも装飾は無く、ただ泊まれればいいという感じの殺風景がある。本当、必要最低限といった様子なのだ。普通の客相手では失礼に当たりそうな雰囲気とも言う。


 しかしテーブルとイスさえあれば、今の俺達はそんな事を気にしない。メモ用紙と筆記用具は準備万端である。

 俺達はしばらく、フユ先輩の話に耳を傾けた。

 彼の説明をまとめると、こうである。



・ 吸血族は、そのほとんどが既に狂化状態にある。

・ 吸血族の領域には結界が張られ、双方通行不可である。

・ 吸血族の領域内には、永血族のものを含め幾つかの集落が存在している。

・ 結界中心部である城内がどうなっているのかは不明である。



 こんな感じだ。


「ちなみに、これはごく最近、というか2日前くらいかな? 吸血族の城……長いな。例の城の周囲にも、吸血族領域を区切る結界と同系統の結界が張られたみたいだ」

「双方通行不可、かぁ。誰が、いつ、どうやって、何のために張ったのかな?」

「それも分からない。ハルカは結界魔法が得意らしいし、どうにかならないかな」

「見てみないとどうにも。それに、その結界が吸血族の放出を抑えているなら、結界を壊さずに穴を開ける方法が無いと。そっちは得意じゃないよ」


 風船に穴を開けると、破裂する。結界にもこの原理が当てはまるのだ。初めから一部に穴を開けることを前提としてれば違うだろうが。


 不用意に穴を開けようとすれば、風船が割れるように結界全体が消える。

 それは、狂った状態の吸血族達を野放しにする事なので、絶対にしてはならない。

 何にせよ結界を見てみない事には、どのようなタイプなのか分からないが。


 ……『前回』では、吸血族の騒動が起きていた。もうその時期にさしかかっているため、なるべく早期の解決が望ましい。


「じゃ、明日辺り行ってみるか。その結界に」

「そだね。お兄ちゃんも行くよね? ね?」

「ああ、行くよ。勇者一行として来たが、これからはハルカ達と一緒にいる。ずっとだ」

「! やったぁ!」

「そうしなくても、タツキがこっちに張り付いているからなー。何にせよ同じ結果になりそうだぞー」


 今はいないタツキの事を思い浮かべれば、全員が納得したように頷く。

 たしかに、面白いくらい俺にべったりだからな、あいつ。

 監視の名目でこちらにいても、全く問題ない。


 むしろ連絡係としてこちらにいた方が良いのではないだろうか。

 よほどの事が無い限り、俺とハルカさんは一緒に行動するだろうし。俺とハルカさんの位置を常に把握できる奴がいないと、あいつもいちいち城に確認しなきゃならなくなる。


 まぁ、そもそも、タツキが人族領に帰りたがるかどうかという問題はあるのだが。


「スイト君。今考えても仕方無い問題だと思うよ、それ」

「この世界はある程度平和だからなー。勇者の一人や二人、人族領から消えても問題無しだぞー?」

「たしかに勇者の一人や二人、いなくても人族領に変わりは……って、いや問題あるだろ?!」


 実際勇者がいなくても、一ヶ月近く人族領は平常運転だったのだ。元々情報の流出が無かったというのもあるだろうが、たしかに勇者がいなくても大丈夫なのだろう。


 とはいえ、それとこれとは話が別だ。

 勇者の召喚は確実に行われており、それを知っている人間がいるのだから。


 世界を救う勇者が、いなくなっちゃダメでしょ。


「さぁ、今日はもう遅い。男女で部屋を分けて……女子の比率が多いから、男子はここで寝ようか」

「そんな変わらないぞー?」

「さっき見たけど、1つの部屋につきベッドは2つ。ここはそんな寝室が3つある部屋なんだ。フィオル様が1つのベッドを使うのは確定として、だったら女の子一人にベッド一つの方が良いでしょ」


 有無を言わせぬ微笑に、おそらくマキアと一緒に寝るつもりだったのだろうマキナが不服そうに身を引いた。引かざるを得なかった。

 ハルカさんがの目が、これでもかと輝いていたためである。

 なら俺達男の子組はどうするのかと思えば、すぐに答えが返ってくる。


「君達、寝袋はあるかい?」


 真剣な面持ちで聞かれて、俺はルディへと目配せした。


「簡易ベッド――という名の敷布団の厚みを増したバージョン――なら、ルディのポシェットに5組分」

「あ、そういえば、イユさんが入れてくれましたね」


 ふかふかのもふもふな寝心地にうっとり君。が、正式名称らしい。

 あいつのネーミングセンスはどうなっているのやら。

 ただし、かなり的を射た名前である事は保障する。

 コタツで丸まる猫の気分になれるぞ、あれ。


「いいな」


 テーブルやらをどけて、広いスペースを確保した俺達。イユ特製の簡易ベッドを敷き、いつでも入れる、という状態にしておいた。

 するとそこへ、ミリーがとことこと近付いてきたのだ。

 彼女はひどくじとっとした視線を、俺達へと向けてきた。


「ベッドの寝心地が悪かったら取りに来い、ミリー」

「んっ」


 大人しくこくんと頷いて、彼女はナフィカと共に去っていった。

 ……。


 ところで。


「最初から、視線が痛いよ、ハルカさん」

「うん。後で話があるから、来てね? じゃないと、ずっと視線は痛いままになるでしょう」

「占い風でまとめたねー」


 俺は溜め息を吐きつつもそう返すと、ハルカさんは真剣な眼差しを更に強めた。


「時間指定するね。今からきっかり30分後。村はずれに見えた大きな看板のところまで来て」


 こちらはこちらで有無を言わせない、凛々しい顔つきだ。

 最後に更に眼力を強めて、何でも無いように他の人達と会話を始めるハルカさん。


 しかし俺の脳裏では、幽霊も真っ青になるほど恐ろしい声が響いていた。


 声音はとても、とても優しい。

 なのに、何だろう、この、身体の芯から冷えていく感覚は。


 まぁ……ね。彼女なら、気付くとは思っていたけどね。



『―― 何で今、ここにいるのか。その理由を……聞かせて、ね?




 ――  アスター 』


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